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形がないものを伝えるのは、困難だ。【ミスチルが教えてくれたこと #2】

心の中のHERO、Mr.Childrenの描いてきたfantasyについて、そして数あるシーソーゲームをyouthful daysから繰り返す私の終わりなき旅に送られたGIFTについて、ふと書き綴ってみることにしてから早3週間。

全然2回目を書いていなかったので、(1ヶ月経つ前に)そろそろ書かねば。

ということで前回テーマにした「Tomorrow never knows」とともに、ミスチルの二大巨頭ともいえる「名もなき詩」について今回は語ろうと思います。ちなみに前回の内容はこちら。

※以下、引用部分はMr.Children「名もなき詩」(作詞:桜井和寿)歌詞より引用。

自分らしさは、知らぬ間に檻となる

知らぬ間に築いてた自分らしさの檻の中で
もがいてるなら 僕だってそうなんだ

ちょっとぐらいの汚れ物なら残さずに全部食べてやる的なカッコいい部分はすっ飛ばしていきなりサビにやってまいりましたが。

自分らしさを持つことは必要なことですし、自分らしくあることは大切にするべきことです。

でも「自分らしくあること」にこだわりすぎるとそれは、「知らぬ間に築いてしまう檻」にもなってしまうのかもしれない。

たとえばマーケティングやブランディングの世界で考えれば、自分(たち)の思う「自分らしさ」にこだわりすぎると、独りよがりなメッセージを発するばかりになり、「ユーザーとの間に檻を築いてしまう」ことに。

一度檻を築いてしまうと、その企業・ブランド・サービス・商品に対する世間の見る目は冷たいものです。そうなってからの軌道修正には、相当な負荷を覚悟しなければなりません。

一見「自分らしさ」を追い求めることはあたりまえのこと、良いことでしかないように思えますが、行き過ぎるとそれは「檻」となって自らの首を絞める場合もある…ということも理解したうえで、自分らしさのご利用は計画的に。

プライドは、捨てることからはじまる。

街の風に吹かれて唄いながら
妙なプライドは捨ててしまえばいい そこからはじまるさ

この曲イチオシの「愛はきっと奪うでも与えるでもなく…」で始まるこの前の部分ではなく、あえてこちら。

プライドは捨ててしまえばいい。で終わるのではなく、「そこからはじまるさ」って歌うところがさすがMr.Children。

プライドを捨てるのは始まりに過ぎません。ということは、自分のちっぽけなプライド、妙なプライドを捨てられていないのであれば、まだ何も始まってすらいないのかもしれません。

なにか自分のプライドが邪魔をして一歩を踏み出せない時には、思い出したいフレーズです。

足元を、ごらんよ。

絶望 失望 何をくすぶってんだ
愛 自由 希望 夢 足元をごらんよきっと転がってるさ

愛、自由、希望、夢。

大人になるにしたがって見落としがちなものは、目の前に見えていなくとも、足元に転がっている。

ビジネス、自分のキャリア、人生。なにかに迷ってくすぶってしまいそうな時には「足元をごらんよきっと転がってるさ」という桜井和寿の歌声を思い出しましょう。

私たちの足元に転がっているものは、意外と多いことに気づけるかもしれません。

形のないものを伝えるのは、いつも困難だ。

愛情ってゆう形のないもの
伝えるのはいつも困難だね

だから、この名もなき詩を捧ぐ。

っていう「名もなき詩」。なにそれカッコイイ。

愛情に限らず、形のないものは伝えるのがいつも困難です。それはなにかへの夢であったり、物語であったり、ときに願いや想いかもしれません。

自分が、自分たちが伝えたい形のないものを伝えることの困難さ。これを本当の意味で理解できているかどうかは、たとえば経営やマーケティングにおいて発するメッセージの質を左右するポイントとなり得ます。

言いたいことはすぐに分かってもらえないし、伝えたいことは簡単には伝わらない。

そのことを本当に理解していれば、「伝えたいことをきちんと伝える」ために、相手のことを深く理解し、伝え方をどう工夫するかを徹底的に考えることは、当然必要なこととして受け止められるはずです。

形のないものを伝えるのはいつも困難だ。アーティストであるミスチルは「だから、名もなき詩を捧ぐ」ことにしました。

さて、アーティストでもなく、名もなき詩を紡ぐ才もない私たちは、どうしましょうか。

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