あままこ(天原誠)

天原誠と申します。はてなでも色々やってたり。http://amamako.hatebl…

あままこ(天原誠)

天原誠と申します。はてなでも色々やってたり。http://amamako.hateblo.jp/ メールアドレスはamamakoあっとdarakeru.com Bluesky https://bsky.app/profile/darakeru.com

最近の記事

  • 固定された記事

超てんちゃんの配信ライブ「インターネット・天使の詩」を観てきたよ!

※この記事は『NEEDY GIRL OVERDOSE』 の超てんちゃんがもし配信カバーライブを行ったら……という妄想を元に書かれた架空のライブレポです。実際はこんなライブ開かれてないのでご注意を。というか実際こんなライブ開く女の子がいたらマジガチ恋するわ。 あと、ちょっとネタバレも含んでます。 前書き 先日、デビューから1ヶ月の短期間でフォロワー数100万人に到達し、その後練馬の遊園地でゲリラ配信を行ってネットの話題をほぼ独占した超絶最かわてんし、通称超てんちゃん。そん

    • 「個人の幸福論」を持つことの重要さと難しさ

      今日はこんな本を読みました。 この本は、映画監督の押井守氏が、自分がYouTubeにおいてどんな配信者の配信を見ているか紹介し、そこからYouTubeというメディアの特性や、表現者の心構えなんかを語る本です。 まず最初に、押井氏が紹介する配信者を見ていて思ったのは「いや、全然趣味が合わないな」ということです。僕は、押井氏が監督した作品は結構好きで、それこそ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 なんかは、どんなアニメを見るに際しても、まず基準として参照するぐらい

      • 地元でサブカルチャーのはなしを聞く

        今日、静岡の「健康文化交流館『来・て・こ」』というカルチャーセンターで、TVODという批評ユニットの、トークショーを聞きに行きました。 イベントの概要このイベントは、『ポスト・サブカル焼け跡派』 という著書を執筆した2人が、当時の様々な曲をかけながら、日本のサブカルチャー文化史を紹介していくイベントで、今日は1980年代についてのイベントということで 「テクノポリス」YMO 「Signal」Phew 「ノット・サティスファイド」アナーキー 「なんてったってアイドル

        • ガザについて、ぼくが思うこと

          上記の署名活動に、自分も署名した。 「当事者に寄り添う」ことはできないしかし、こういう声明に署名することに対し、何も不安を感じないかといえば、それは嘘になる。 僕は、今回の事件で、亡くなったり傷ついたり人質となったりしている、イスラエル・パレスチナ双方の人々に対して、悲しく思うし、彼ら・彼女がなぜ犠牲にならねばならないのかと、憤りもする。しかし、その悲しみ・憤りは、実際に現地で肉親や友人がそのような目にあっている人の悲しみ・憤りとは比べ物にならないぐらい浅いものだ。 そ

        • 固定された記事

        超てんちゃんの配信ライブ「インターネット・天使の詩」を観てきたよ!

        マガジン

        • 東浩紀の福島氏への誹謗中傷を非難する
          2本
        • NEEDY GIRL OVERDOSE感想まとめ
          9本

        記事

          東浩紀の福島氏への誹謗中傷を非難する

          上記の記事への反論として「東浩紀・石戸諭・三浦瑠麗らによる福島瑞穂氏への誹謗中傷を非難する」という記事をはてなブログに書きました。

          東浩紀の福島氏への誹謗中傷を非難する

          お伊勢参り行ってきました

          先週末、伊勢神宮とかそこら辺を見てきました。 旅程としては、まず宇治山田駅を見たあと 外宮へと行き、 伊勢うどんを食べたあと 伊勢河崎商人館というところで伊勢商人の展示とか色々見て 内宮へ行くという感じでした。 お伊勢参りについて もともとそんな神道が宗教としてあんまり好きではないサヨクなので、行ってなにか敬虔な気持ちになったりはしなかったんですが、まあ普通に森林の中を歩いて癒やされたりしました。 日本最初の紙幣について 興味深かったのが、商人館で見た「日本

          お伊勢参り行ってきました

          趣味者階級の自由と独立

          というわけで、上坂すみれのライブツアー「超・革命伝説」に行ってきました。 上坂すみれのライブに参戦するのは、2019年の「ノーフューチャーダイアリー」埼玉公演 以来だったわけですが、いつもどおり、変なグッズ(ウォッカ瓶を模したペンライトとか) を買ったりしながらライブを待ち、そしてライブが始まると全力で盛り上がりました。 そう、いつも通り。 御存知の通り、2019年から世界は大きく変わりました。その世界の変わりようは、特に上坂すみれ氏が好きな界隈を直撃しているわけで

          趣味者階級の自由と独立

          「メタバース」という、沢山ある選択肢の一つ

          『メタバース進化論』という本を読みました。この本は、今流行のメタバース、簡単に言うとVR機器を用いて、アバターで人々とコミュニケーションできるサービスについて、今実際にどういうサービスがあり、そこで人々はどういう活動をしているか。そして、そこからメタバースにはどんな可能性があるかということを論じている本です。 せいぜいVRChatで恋愛とかが行われているらしいという情報しか知らなかった僕からすると、知らないことが沢山ありましたし、また、メタバースというのは、今人々が対面やイ

          「メタバース」という、沢山ある選択肢の一つ

          「私ときどきレッサーパンダ」という「この社会に生きる子どものための物語」

          というわけで、ディズニープラスで「私ときどきレッサーパンダ」を見ました。 最初、まあいつものディズニー作品みたいな感じかな。『ズートピア』ぐらい興味深い部分があればまあいいかな、ぐらいに思っていたんですが、見てみると、結構挑戦的な話でびっくりしました。 今までのディズニー作品と結構違うという点については、Webメディアでも以下の記事で触れられているのですが この記事では、この映画が一体どういう立ち位置から、何に対して「挑戦状」をたたきつけているように見えたか、僕の考察を

          「私ときどきレッサーパンダ」という「この社会に生きる子どものための物語」

          「そっちこそどうなんだ主義」について

          先日、Twitterのタイムラインを眺めてたら、「漫画の些細な女性差別かもしれない描写を批判している人は、映画監督のセクハラとかウクライナの戦争での性暴力とかにもきちんと反対の声を上げてるんですよね?」というツイートをしている人がいました。 これは、典型的な「そっちこそどうなんだ主義(Whataboutism)」という間違いと言えます。 そっちこそどうなんだ主義の何が間違っているか なんでこれが間違っているかといえば、まず 他に重大な社会問題が起きているからといって、

          「そっちこそどうなんだ主義」について

          東京は「東京らしいこと」から抜け出せるか

          東京の地方とは違う所を書き出して、「東京らしいこと」をしたいなぁと書いている記事なんだけど、僕なんかは逆に、いまだにこういう感じの場所であるなら、正直もう「東京」という場所に魅力は感じないなと思ってしまいました。 というのも、上記の記事でシロクマ先生が書き出している いろいろな地方の物が買える 専門店が多い イベントが多い 最先端のものがある 雰囲気のある町並みが残っている といった内容の全て、今までの「東京らしいこと」の模倣でしかないように思えることだからなん

          東京は「東京らしいこと」から抜け出せるか

          原神をプレイしています

          最近周央サンゴちゃんの配信 をきっかけに原神をプレイし始めました。 基本プレイ無料にもかかわらずなかなか面白くて、最近は自分で原神やるか、YouTubeでンゴちゃんやリゼ様の配信 を見たりしています。 というわけで今回は原神について 戦闘システム 育成システム 世界観 ストーリー キャラクター といったからレビューしていこうかなと思います。 ちなみにいま現在の自分の進行度としては、瑠月編が終わったところです。 戦闘システム:最初はガチャプレイでOKで、

          原神をプレイしています

          「身の丈に合った教養」のむずかしさについて

          突然だけど、僕は教養というものにすごいコンプレックスを抱えている人間です。 具体的に言うと、他人が自分の知らない学問とか文化・趣味の話を披露していると、その語られていることを自分が知らないことが、すごく悔しくなってしまうのですね。その他人が年下だったりするとなおさら。 特にきついのが、別に知識をひけらかすとかではなく、純粋に屈託のない態度で「これ面白いよねー」とか語られるとき。 「君たちこれも知らないの?」みたいな、端からこっちを馬鹿にした態度で語られれば、ムカつくけど

          「身の丈に合った教養」のむずかしさについて

          僕が好きだった2人の女の子

          オタクというものは異性の非実在キャラクターに執着を抱くものということが、一昔前まではよく言われてました。「俺の嫁」とか、そんな言葉が流行っていた頃です。 で、自分がどうだったかなーということを考えると、まあ毎クールごとに「この子可愛いなー」と思うことはあれど、本気で「好きだ、この子を幸せにしたい」と思うようなキャラクターは2人しかいなかった気がします。 その女の子とは、まず一人目は『新世紀エヴァンゲリオン』の惣流・アスカ・ラングレー であり、二人目は、『ヨイコノミライ』

          僕が好きだった2人の女の子

          上海・外灘の夜景

          上海・外灘の夜景

          「魂」を持つから、僕らは人を嫌いになり、そして好きになるんじゃないか

          おそらくこれらツイートの念頭にあるのは、キズナアイの引退だけでなく、最近起こったVTuberのアレやコレ、それこそ『NEEDY GIRL OVERDOSE』が戯画化したような炎上騒動なんだろうと思う。 ああいう光景を見たら、そりゃ良識ある大人なら、「こんな風に人間のメンタルヘルスに負荷を掛ける仕組みは良くないんじゃないか」と思うでしょう。そして「生身の人間はインターネットやめろ!」と叫び、生身の人間が消費の対象にならないキャラクターシステムの方がより良いんじゃないかと、当然

          「魂」を持つから、僕らは人を嫌いになり、そして好きになるんじゃないか