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太陽の側の島に行ってみたい

amairo

こんなニュースを見ました。

インドネシア・スラウェシ島の山間部に住むトラジャの人々には、3年ごとにミイラ化した親族の遺体を掘り出し、死者の魂をあがめるため、遺体を清めて生前に好んでいた服で着飾る風習があるそうです。

私たちは時に、わたしたちの健康や繁栄を祈ってくれるようお願いしながら、彼ら(親族の遺体)と会話することさえある。

 その「マネネ(Manene)」という儀式では、親族の遺体が8月の収穫期の前後に掘り起こされるということで先日ニュースに写真が紹介されていました。

祖母や大叔母など数人の遺体を掘り出し、子どもたちや孫たちがしなびてミイラ化した遺体を拝む。パンガラ村の一族の遺体は掘り起こされて天日で干された後、服を着せられる。この儀式のためにごちそうも振る舞われ、豚1頭がつぶされた。遺体はミイラにするために防腐措置を施され、数か月が経過した後に「ランブソロ(Rambu Solo)」と呼ばれる盛大な葬儀が数日間にわたって営まれると、死者の魂は解放されて不滅となる。

このニュースを見たのは、ちょうど高山羽根子さんの「太陽の側の島」を読んだタイミングでした。

「太陽の側の島」は、南洋の島に派兵された夫と日本の妻との手紙のやり取りで綴られる短編小説。

そこで描かれている島の人々の死生観と風習がトラジャの人々と似通っている気がしました。モデルになっているのかもしれません。
偶然、その物語に浸ったタイミングだったので、トラジャの人々の写真のリアリティにとても惹きつけられました。

そして、改めて「太陽の側の島」の異質感と安定感が混ざり合ったような世界観の描き方は凄いと思いました。そこに妙なリアリティを感じます。

実際、トラジャの人々は普段どのように暮らし、何を話しているのでしょうか。死生観が違うと、生き方にどんな違いを生み出すのでしょうかね。

学生の時、「観光人類学」という、人類学を身近に感じられる分野に触れた事がありました。
たしか、観光化(産業社会の人々の移動とまなざし)は土着の文化をいかに変容させるかというのがテーマだったでしょうか。
山下晋司さんをはじめインドネシアの研究もいくつかありました。また読んでみようかな。
トラジャの文化について多様な角度から知ってみたいです。

お読みいただきありがとうございます。

ちなみに「太陽の側の島」は『オブジェクタム』に掲載されています。また、北九州文学館のサイトでは無料公開されています。
https://www.kitakyushucity-bungakukan.jp/?attachment_id=2338







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