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長い長い片想いの終わりに:前編


「妹ができたみたいだ。」

照れくさそうに、ちょっと嬉しそうに、あなたはそう言ったね。私はあなたのことお兄ちゃんだなんて思ったことはなかったよ。出会ってから今まで一度だって。そう思おうとしてもできなかったよ。

「俺四人兄弟の末っ子だからさ、昔から家だといつも子供扱いで。だから下に兄弟欲しかったんだよね。」

お兄ちゃんと呼ぶと嬉しそうにするあなたを、私はたかにいと呼んだ。貴裕くんって呼ぶよりそのほうが嬉しそうだったから。望み通り妹を演じて、兄として慕うふりをしながら、いつだって恋をしていた。いつもこっそりときめいていた。妹としてじゃなく、一人の女の子として。私は妹じゃなくて、あなたの恋人になりたかったです。


・・・


 初めて出会った日のことは、全く覚えていません。それもそのはず。でも、あなたははっきり覚えていると言っていた。当時私0歳、たかにい6歳。一人っ子の私、四人兄弟の末っ子のあなた。生まれたばかりの私を抱かせてもらったとき、指を握る力が強いことに、泣き声が大きいことに、こんなに小さいのにしっかり生きていることに感動した。懐かしそうにそう呟いたあなたを、私は覚えています。6つ歳の離れた私たちは、家が向かい同士。家族ぐるみのお付き合い。菜摘、たかにいと呼び合う仲。共働きだった両親に代わって面倒を見てもらうこともしょっちゅうで、第二の実家と呼べるほど、居心地の良い空間。5人目の兄弟のように可愛がってもらっていた。みんなが帰って来るまで家で待たせてもらい、放課後に遊んでもらうのが日課になっていた。両親の帰りが遅い日はそのまま夕飯も一緒に食べさせてもらったり。一人リビングで食べる夕飯より何倍も美味しかったし、温かくて、暖かかった。子供の頃、忙しい両親と過ごす時間が取りにくい寂しさをあまり感じずに済んだのは、きっとみんながその分一緒にいてくれたからだろう。上の3人は私が小学校に上がる頃には既に学生で、大きなお兄ちゃんお姉ちゃんというイメージだった。でも、あなたは違った。優しいお兄ちゃんであることに違いはないけれど、それだけではない。物心ついた頃からずっと好きだった。初恋の人。そしてこれが、長い長い片想いの始まり。



 私がまだ小学校に上がる前、補助輪なしで自転車に乗れるようになるまで、あなたは公園での練習に快く付き合ってくれた。誕生日に買ってもらった自転車とヘルメットを片手に、辺りが暗くなるまで何度も、転んでは立ち上がりを繰り返した。一度腕を擦りむいてしまってから、恐怖心を克服できずに泣きじゃくる私の涙を拭いて、根気強く励まし続けてくれた。

「菜摘が自転車乗れるようになったら、一緒に駄菓子屋まで行こうな。」

隣町の駄菓子屋は、子供の足で歩いて行くには少し遠い。自転車に乗れるようになったら連れていってくれる約束をしていた。私がめげそうになるとそう言って背中を撫でる。その言葉を信じてペダルをこぎ続けた。一度コツを掴めてからは早かった。すごいな、えらいぞ、頑張ったな。まだ少しおぼつかないものの、一人で公園を一周して戻ってきた私に、いくつも褒め言葉をくれるあなたに飛びついて喜んだ。後日約束通り、少ないおこずかいを握りしめ、駄菓子屋までサイクリング。隣町までの短い距離でも、子供だった私にとっては充分冒険だった。私に合わせてスピードを落とすあなたに、置いて行かれないよう必死について行った。その背中を追いかけた。店先の古びたベンチに並んで座って食べたラムネは、驚くほど美味しかった。ラムネが大好物になった。



 私が新品のランドセルを背負う頃、あなたは新品の制服に身を包んだ。二人ともまだ体が小さくて、ランドセルも制服も明らかにオーバーサイズ。背負うというよりランドセルに背負われている私。ぶかぶかの制服をぎこちなく着こなすあなた。お互いに見せ合って笑い合った。漢字を習い始めたばかりの私に、うちの苗字は全国にちょっとしかいない珍しい苗字なんだと自慢げに教えてくれた。画数の多い難しい漢字に苦戦しながら、授業中ノートの隅にこっそり練習した。
このときはまだ恋の切なさなんて知らなかった。いつ会っても甘やかしてくれるあなたに、甘やかされるまま甘えていた。ハートのヘアゴムで髪を結んでもらえば、かわいいじゃんと褒めてくれた。嬉しくて、それ以来お姉ちゃんに会うとヘアゴム片手に結んでとねだった。バレンタインにチョコを作って渡せば、美味しそうに完食してくれた。甘いもの苦手なくせに。テストで高得点を取れば、天才だ!と頭を撫でて大げさに褒めてくれた。俺は勉強できないからなと呟くあなたに毎回、できないんじゃなくてしないんでしょ!とおばさんが言う。その度、そうとも言う、と笑って誤魔化すあなた。定番と化したやり取りに、みんなで笑った。



 自他共に認めるアホ。そして鈍感。超が付くほど優しいお人好し。人の良さが滲み出すぎているほど滲み出ている人。会って数秒で誰もが、この人絶対いい人だなと確信するくらい。結婚したら確実に尻に敷かれるタイプ。勉強ができない代わりと言うべきか、スポーツは万能。身体能力だけで生きてきたような男だからな、と一番上のお兄ちゃんが言っていた。あながち間違いではないと思ってしまうほど、運動会や体育祭では毎年大活躍。その度少しずつファンが増えていることに本人はたぶん気づいていない。黄色い歓声を浴びながら、リレーでアンカーを2人抜きしてゴールテープを切ったあなたを、複雑な気持ちで見守った。その歓声の多くを占めるのが女の子だったから。自分のポテンシャルを全く把握していない。あなたの優しさに癒され、助けられ、惹かれる人がたくさんいることを、全くもってわかっていない。自分の魅力を理解していない。たかにいは地味にモテる。その気になれば彼女の一人や二人、きっとすぐにできてしまう。それを自覚していないが故に、何度ハラハラしたことか。同世代の女の子たちに話しかけられているのをたまに見かける度、落ち着かなかった。






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