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長い長い片想いの終わりに:中編


 新しい消しゴムに好きな人の名前を書いて、使い切ると恋が叶う。中学生の頃一時期流行ったそんなジンクスを純粋に信じて、消しゴムの端に小さく名前を書いた。はやく使い切りたくて、わざとノートに落書きしては、無駄に丁寧に消していた。あの消しゴム、どうなったんだっけ。確か半分ほど使った頃に失くしてしまって、結局使い切れなかったような。子供ながら、いっちょ前に恋占いなんかもやってみちゃったりして。毎朝放送される情報番組の占いコーナーでは、真っ先に恋愛運をチェックした。良さげな結果が出たらわかりやすく喜んで、悪い結果が出たらちょっと落ち込んだ。



 成人を迎えたあなたに少しでもはやく追いつきたくて、置いて行かれたくなくて、少しずつでいいから女の子として意識してほしかった。子供扱いされないためにはどうすればいいか考えた。結果、イメチェンをはかって、髪を切った。前髪が思ったより短くなってしまい、落ち込んだ。クラスメイトの男の子に、こけしみたいとからかわれ、さらに落ち込んだ。かわいくなりたかったのに。失敗。切り過ぎた前髪を抑えながら俯く私に少し笑って、似合ってるよと微笑んだ。ぽんぽんと頭を撫でて、本当だよとまた微笑んだ。それだけで、切り過ぎた前髪なんてどうでもよくなった。



 周りの友達が何人かメイクをし始めたのに影響され、少しずつ美容にも気を遣うようになった。久しぶりに夕飯にお呼ばれし、家にお邪魔することになった日、30分かけて覚えたてのメイクをした。きれいになったな。大人っぽくなったな。そんな言葉を期待して頑張った。さすが女同士。おばさんとお姉ちゃんはすぐに気づいて褒めてくれた。なのに肝心のあなたは一向に気づいてくれない。見向きもしない。お兄ちゃんと二人テレビゲームに夢中。お膳立てを手伝いながら不貞腐れる私に、ようやく気付いたあなた。まじまじと顔を見て、微笑んだ。

「洒落っ気づいてんなぁ!」

からかうように、顔を覗き込んでくる。

「好きな奴でもできたか?恋か?おぉ?」

あんたじゃ!と声を大にして言いたい。言ってしまいたい。誰のために頑張ったと思ってるの。そういうところだぞ本当。どうせ、思春期の妹がおしゃれに気を遣い始めたくらいにしか思ってない。いつまでたっても子供扱い。まったく、どれだけ練習したと思ってるのよ。女心を微塵もわかってない。一通りからかって満足したのか、ジト目で睨む私を笑って、また微笑んだ。

「かわいいかわいい。」

納得いかない気持ちとは裏腹に、大きな手に触れられ撫でられた頭は熱を持ち、口元がにやけるのを必死に抑える。深い意味はなくても、期待した反応ではなくても、好きな人に言われるかわいいはどんな形であれやっぱり嬉しかった。他の誰に言われるより、嬉しかった。



 受験で切羽詰まっているとき、根詰めすぎるなと肩の力を抜いてくれたのもあなただった。漠然とした不安が常に付きまとい、やらなきゃと思えば思うほど集中できなくて、何のために勉強しているのかわからなくなった冬。思うようにいかない模試の結果にイラつく毎日。母に呼ばれ、玄関先に顔を出すと、寒そうに鼻先を赤らめたあなたが立っていた。自分が受験生だったときに合格祈願をしたという神社でお守りを買ってきてくれた。試験の前にわざとこれを一回床に落とせと言うあなたに、意味が分からなくて首を傾げた。

「身代わりにこれが落ちてくれるから、そうすれば絶対受かる。俺もそれでぎりぎり合格したから。経験者からのアドバイス!」

なんだその訳の分からんアドバイス。全く参考にならん。満面の笑みで小袋を差し出すあなたに、苦笑いしながらそれを受け取った。

「女の子だからピンクにした!」

袋を開けてから、再度苦笑い。色どうこうの前に、もっと他に、問題が。パッケージに記された、健康長寿守りの文字。お守りの意味知らないのかな。何も考えず適当に買ったのだろうか。この人やっぱりちょっと、いや、正真正銘アホだ。でももっとアホなのは、その訳分からんアドバイスに和み、励まされ、長寿祈願のお守りを肌身離さず持ち歩いている私。助けてくれるのは、いつもあなただった。



 いつからだろう。あなたと手を繋ぐのが恥ずかしくなったのは。その胸に飛び込み抱き着きにいけなくなったのは。一人の男性として、異性として強く意識し始め、恥じらいを覚え、きれいになりたいと思った。一人の女の子として見てほしかった。一足どころか、二足も三足も先を行くあなたに追いつきたくて、追いかけて、空回りして落ち込んで。でも、そんな日々が嫌いじゃなかったの。純粋に恋を楽しめていた。切なさよりも楽しさが勝っていた。このときはまだ。あなたがあの子を連れて来るまでは。





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