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noteを使った日本語授業(雑談の授業)

【はじめに】

この記事は2021年7月に開催された「日本語教師ゆるゆるパドック」にてご紹介した「noteを使った日本語の授業」についてまとめたものです。

私は都内の日本語学校で日本語を教えています。
在籍している学生の多くは中国から来ている留学生で、日本語学校を経て日本の大学院や大学を目指す学生が大多数を占めています。ほとんどの学生が来日前から日本語や専門知識を勉強してきています。

私たちは、進学に必要な日本語を教えることもしていますが、進学後・就職後に日本語で日本の人たちとやりとりがスムーズにできるようになるというのを目標に授業をしています。

【noteを使う授業の背景】

私がnoteを使うのは「雑談の授業」の一環です。雑談の授業というのは一般的な会話の授業とは少し違い「会話の表現を学ぶ」のではなく、「コミュニケーションを自発的に、スムーズにできる脳にする」ための授業です。

この授業を「おしゃべり倶楽部」と名付けて毎年アレンジを重ねて実施しています。授業中は話すことを中心にしていますが、書くことでも「おしゃべり」しましょう、という両方のアウトプットを使った授業です。
話すことと書くことを互いにリンクしながら進めていきます。
そして、書く活動にnoteを取り入れています。

この授業で言う「雑談」とは
・情報の伝達や課題達成のためではないコミュニケーション
・相手とのやりとりや関係を円滑におこなうためのコミュニケーション
を指します。

多くの人が「雑談」と聞いて思い浮かべる「ユーモアのある気軽な会話」ということではありません。

【なぜ「雑談の授業」をしているか】

「おしゃべり倶楽部」に参加する学習者の特徴として
 ・語彙・文法の知識はあるのに「使い慣れていない」
 ・自分の専門分野、好きなものについては「一方的に話せる」
 ・相手の話を「ただ見つめて、聞いているだけ」
 ・初対面、一対一になると「無言になってしまう」

といった学習者が目立ちます。
もともとの性格から「初めて会った人と話すのは母語でも苦手だ」という人ももちろんいます。「まだまだ日本語に自信がない」という人もいます。さらに、ここへ至るまでの学習方法なども一因かもしれません。

ただ、一つ言えるのはどの学習者でも雑談能力を持っているということです。自分がそれに気づかなかったり、雑談の有効性を認識していないだけ、ということが多いのです。
「おしゃべり倶楽部」ではその考え方を少しずつ溶かしていって「おしゃべりしやすくする脳」を鍛えています。詳しい授業内容は割愛しますが、授業で身に付けることを2つご紹介します。

【「おしゃべり倶楽部」で身に付けること】

①アウトプットのためのインプット
「世の中のものに無駄なものは一つもない」という思考で色々なものを吸収する姿勢を作ります。そして情報をキャッチするアンテナをひろげられるようにします。そうすると、誰かが自分の興味のない話をしていても、その中から興味のタネや面白さをキャッチすることができるようになります。
相手の話を興味を持って聞けるようになっていきます。

②アウトプットすることで、自分の世界が拡がることを知る
学習者の中には「話すこと(話題)がない」とか「書くことがない」と言う人が多いです。しかし、気づいていないだけで頭の中に話題はたくさんあるはず。これまでの人生の体験、昨日食べたもの、どんなつまらないものでも話題になります。
多くの人がそれを話題だと思っていないだけなんです。授業ではそれらをアウトプットすることで、興味を持ってもらえたり、貴重な情報として受け取ってもらえることがある、というのを体験してもらいます。
それを続けていくことで、今まで口に出さなかった些細なことをおしゃべりしたり、書いたりできるようになっていきます。
更にそれが人付き合いをする上での大切なポイントになり、結果的に自分の世界が広がっていく、ということを知ってもらいます。

【どうしてnoteなのか?】

上で挙げたポイントを身に付けるための一つの手段として、noteを取り入れています。noteの魅力は色々ありますが、この授業での大きなポイントは3つです。

ポイント①:自分で決めたことを自由に書けること
学習者はこれまでに作文や論文を書くための授業は受けてきています。ただしこれらはテーマが決められていますし、書き方のルールもあります。自分が選んだわけではないテーマに沿って書くことがほとんどです。
それに対してnoteに書く時は、全て自由です。もちろんSNS上のリテラシー、ルールは守ってもらいますが、授業の中では基本的には「何を書いてもいい」ことにしています。自分の好きなアニメの話を思いっきり語ってもいいし、恋人の愚痴を日本語で書いてみるのもいいです。
そうやって「勉強している言語」から少し離れて「道具としての言語」「表現するための言語」という捉え方にシフトチェンジしていくのも活動の目的です。

ポイント②:誰かに読まれるものを書くこと
noteは誰でも見ることができる、オープンなSNSです。自分が書いたものが見知らぬ誰かに読まれる、という意識を持ちながら書くという行為は、学習者の日本語をグンとレベルアップさせます。
実際に、言葉選びや文法の間違いなど、いつも以上に気を付けながら、見直している学生が多いです。構成や内容も、わかりやすく読みやすく書いている、という印象があります。

ポイント③:他の人が書いたものが読めること
これがnoteの活動の隠れたメリットだと思います。自分と同世代の人たちはどんなことを考え、どんなことを書いているのか、どんな表現を使っているのか、を手軽に読むことができる。生きた日本語に触れられる手段です。noteは携帯でも簡単に読めるので、空いた時間や電車の中などでも読めるというのも、今の学習者に合っていると思います。

その他のポイントとしては・広告が入らない
・見やすい
・シンプルで操作が簡単
といった点も挙げられます。

【実際の導入例】

実際に授業でどのようにnoteを導入したかをご紹介します。

①noteとは何かを紹介する
noteは簡単にいえばblogのSNSですが、今は世界全体としてテキストベースのblogは下火で、過去にblogを書いていた経験がある学習者(10~20代)は少ないようです。
noteは日本ではシェアが広がりつつあるということ(これについても授業で話し合ってみました)、広告収入システムがないので広告のために無理やり記事を書いている人がいないこと。つまり比較的質の高い記事が多いことを紹介します。
もちろん無料で登録、利用できるということを伝えます。

②noteで得られるものを紹介する
どうしてこの授業でnoteを使いたいかを伝えます。具体的には上記で述べたように、書くことや読むことで得られるものについて話します。そして最大の目的である「日本語を使って自由に表現する楽しさを知ってほしい」
「自分が楽しく書いた記事に【いいね!】やコメントがもらえたら、うれしいじゃない?」ということを話します。

そしてもう一つ、私がnoteを使う大きな目論見の一つとして「noteを自分のポートフォリオにする」というのがあります。
彼らがこの先進学や就職をして、新たな出会いがあった時に、自分が書き溜めたnoteをお互いに紹介し合う場面があるかもしれません。その時に相手が自分の趣味やキャラクターを知ってくれる手段となるかもしれません。だからこそ、些細な事でも、短い文でもいいから、たくさん書いていくといい、ということを話します。

因みにこの「ポートフォリオとしてのSNS」のアイデアは、ヒラサワエイコ先生の山の学校での取り組みとして「学習者の成果物をSNS上で披露する」活動からヒントをいただきました。山の学校の皆さんは成果物がそのまま就職や仕事に直結していましたが、もしかするnoteでも将来そういうことがおこるかもしれませんね。

③noteに登録させる
一般的なSNSと同じで、メールアドレスを入力して送られてきたフォーマットに最低限の情報を入力すれば登録できます。こうした登録は学習者の方が手早い!登録用のURLを教えると各自ササっと登録して、自分のユーザーネームなんかもすぐに作っていました。

④noteの記事を読む
最初のnoteでの活動は、1週間かけて「自分が面白いと思った記事を3~5つ見つけて、1つを授業で紹介する」というのをします
意図としては、noteの世界にどんな記事があるのかを見てもらうため。そして読む楽しさを知ってもらうための課題です。どんな文体で書かれていて、どんな表現が使われているかも見るように言います。

記事の探し方は、キーワードやハッシュタグでの検索方法と、noteの「おすすめ」「トップページ」に表示される人気の記事を手当たり次第読んでみる方法とを紹介します。
面白い記事を見つけたら、URLをPadletに貼らせます。それをお互いが読んだり、コメントをつけたりしていました。

そして授業では一つ記事を選んで紹介をしてもらいました。
・どんな記事か
・どんな人が書いていると思うか
・自分はなぜこの記事を紹介したいのか
を中心に紹介をしてもらいます。

この活動が非常に面白く、選ぶ人個人の趣味や考えていることが見えてきます。記事の紹介を中心に、相手への興味が広がったり、共通の趣味について盛り上がる姿も目にすることができました。

前回の活動の時にちょうど映画「エヴァンゲリオン」が公開された直後で、エヴァンゲリオン好きの学生は作品について書かれた考察や感想を片っ端から読んだ、と興奮していました。
自分が好きな作品について、多くの人が深く熱く語っているのが嬉しかったそうです。その上で「観たことがない人でもわかるあらすじ説明」の記事を紹介してくれました。
別の学生は、日本の大学院を卒業して就活をして、ちょうど内定をもらった、という留学生の記事を見つけて紹介してくれました。その学生もこれから大学院に入り日本で働くつもりでいるので、非常に参考になった、と言っていました。そして「自分たち以外にも日本語を勉強している人でnoteをやっている人がいる」ということに驚いていました。

⑤記事を書く
ここでようやく記事を書く段階です。

この段階で書く前にSNS上のルール、リテラシーについて確認をします。
・著作権
・他人を中傷したり、気分を害する内容は書かない
そして多くの人に読んでもらえるように「ハッシュタグ」を付けるように言っておきます。

何を書くかについては、基本的には学生に決めてもらいます。テーマが必要であれば、学生同士話し合ってテーマを決めてもらい、テーマを使わずに自由に書きたい人は自由に書く、という方法でした。
また、教室での「話す」活動の延長を記事に書くこともありました。

⑥書いた記事についてコメントする
書いた記事はPadlet(またはGoogle Classroom)にURLを投稿し、お互いに読めるようにします。
あらかじめコメントやコメントへの返事の練習もしていますので、クラスメートの記事を読んだらコメントをつけるようにと言ってありましたが、3か月ではなかなか定着しません。
というのも、クラスメートだと毎日顔を合わせている仲なので、わざわざnoteに書かなくても、直接話せばいいや、というのもあったかもしれません。

更に授業内では、それぞれの記事について質問をしたり、感想を言う時間を設けました。このやりとりが次の記事を書くのに活かされます。
ここまでが一連の流れです。

【noteを使ってみて気付いたこと】

①学習者は雄弁である
まずは内容です。
自由で豊かな発想を発揮する人もいれば、静かに何かを掘り下げて考える人もいます。
こちらが知らなかったことを教えてもらえたり、気付かされたり
読み物として純粋に興味深く、面白いものばかりです。
書いた本人を知らなくても、楽しみながら読めます。

②文章力、表現力が上がった
学生の中に「読まれることを意識して書く」という意識が生まれたのがわかりました。
文法や文章の正確さがかなりあやふやだった学生が、あの手この手で一生懸命言葉を駆使して、わかりやすく書こうとしていました。
その結果、今までよりも格段に相手に伝わる日本語を書くようになりました。
学生を知る先生からも同じような評価をもらっています。

また、日本語教師ではない日本人に読んでもらい、感想をもらったことがありますが、日本語の表現が気になった(或いはは理解できなかった)と言った人はいませんでした。

③話題が豊富になった
noteの記事を何度か書いていくうちに、アウトプットのためのインプットが増えていきます。
「記事を書くために情報を探して(選んで)インプットする」ことはもちろんですが、反対に「これも記事のネタになるかもしれない」という発想で
今まではなかった「ニュースを見る習慣」が生まれたり、普段何気なく目にしているものをジッと見つめて、それについて考えたり調べてみる、という新たなインプットをしている学生が増えました。

また、これに関しては学生自身からも「なんでも面白く感じるようになった」とか「色々調べる癖がついた」というような感想も出ています。

④学生自身が楽しんで参加している
はじめて記事を書く段階で、多くの学生が「私が書いても、大丈夫ですか??(日本語的に)」と心配します。
多くの不特定多数の人に読まれるということで日本語的にも、内容的にも心不安があったようです。なにより「自分の記事なんて誰も読んでくれないんじゃないか」という気持ちもあるようです。

そこで、最初の記事を書いた後で、一度、私の方で仕掛けをします。
自分の働いている日本語学校の先生、SNS上にいらっしゃる日本語の先生方、そして日本語教育に関係のない人たち・・・家族や友人などにも読んでもらい、「いいね」やコメントをいただきます。
そうすることで驚きと嬉しさが湧いてきます。
「次は何を書こう?」という気持ちも高まってくるようです。

そして学校でも直接感想や意見をもらっていくうちに、自信も出てきて、気が付いたら楽しんでいた!!
というのが学生から実際に出た言葉です。

【最後に】

ヒラサワエイコ先生が主催されている「VOICE プロジェクト」では
日本語学習者が書いたnoteを多くの日本人に読んでもらおう!という主旨の活動をされています。
この活動は非常に魅力的で、ぜひ多くの方が参加するプロジェクトになるといいなと思っています。

自分の授業活動を通して、彼らの「せっかく書いたからには読んでほしい」という気持ちと「自分たちと同じように日本語を勉強している人が書いたものを読んでみたい」という気持ちを強く感じました。
おそらくその先にある「交流」という新たな繋がりにも発展していくと思います。

生きた日本語を使って、生きた人たちと交流することこそSNS(note)を使う醍醐味だと思っています。
この時代にせっかく日本語学習をしているのですから、使わない手はありません。

そして、これらの学習は軌道に乗りさえすれば、一人でも続けていけます。
いつのまにか「学習という意識」がはずれて、趣味や習慣になっていきます。

彼らの中から、そういった人が出てくるといいなと思っています。

【 Q and A 】

ゆるパドで頂いたご質問と答えをいくつかご紹介します。
Q:テストや評価はどうやってしているのか?
A:「おしゃべり倶楽部」は評価対象外の授業としておこなっています。
(他の授業でテストや評価をしています)

学生にもこの授業で評価はしないと伝えていますが、
ここでの取り組み(上手に日本語を使う、ではなく勇気を出して日本語を使う)が将来に影響する可能性がある、というのは伝えています。

Q:他のSNSも使えるか?
A:noteを使うにあたり、他のSNSの使用も検討しましたが今回の授業目的にはnoteが一番使いやすいと判断しました。

twitter:一度に投稿できる文字数が少ないので表現するのが難しい。
また、タイムラインが流れてしまうため、お互いの投稿を確認しにくい。Facebook:既に使用している場合、知人・友人などからも見えてしまうため
書きたいことを自由に書けない可能性がある。

但し、授業目的やクラス形態によって相性のいいSNSは違いますので
それぞれに合わせて選ぶのがいいと思います。

Q:パソコンや携帯等での日本語入力の指導はしているか?
A:一切していません。
初めての授業の時に念のため指導の準備はしていましたが、どの学生も問題なく日本語の入力ができていたので指導はしませんでした。(中~上級、日本に2年弱住んでいる学生)
別の授業で、まだ日本に入国していない初級の学生を教えていますが、彼らも学校の授業で日本語入力を教えることなく、自分で入力ができています。

Q:一般の日本人が読んで理解できる文章を書けるか不安。
A:学生には「投稿する前に、心配な人は日本語をチェックする」と伝えていますが事前にチェックを希望する学生はほとんどいません。
また、読んでも理解できない表現などがあれば、学生にコッソリ伝えて修正させるようにしています。

Q:プライベートレッスンではどのようにnoteを使わせたらいいか。
A:基本的には学校での授業と同じように進めていいと思います。
お互いに読み合う仲間がいない場合は、先生がSNSを活用したり他の学習者さんに呼びかけて読んでもらえるようにするなどすると、持続すると思います。

【実際の学習者のnote記事】

それぞれマガジン形式になっており、その中に記事が集約されています。




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