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【短編小説】毎日違う人(第2話)

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次の日は昨日と打って変わって,
冴えない感じのサラリーマンだった。
年齢は30歳くらいだろうか。
部屋を見ると,妻帯者ではないことがわかる。
殺風景な部屋で,彼女もいないようだ。
そういえば毎朝,身体にあわせて
すぐに意識が変わるのが自分でも不思議だ。
(あちゃー,これじゃ,モテないだろうな。
でも激動の1日だった昨日と違って,
平穏な日を過ごせそう…)

もうすっかり男の意識になった僕は,
鏡に向かってネクタイを結びながら思った。
しかし,ダサいネクタイしか
タンスに入っていない。
その中でもいちばんマシなものを選んだ。
(これじゃ,彼女もできないだろうな…)
僕はまた本能のおもむくままに,
会社へと急いだ。

「おはようございます,鈴木係長」
席に着こうとすると,
若い女性社員に声をかけられた。
(僕,係長なんだ…)
僕はそう思いながら答えた。
「あ,おはよう。今日の髪型,素敵だね」
女性社員は,机の上を拭いて立ち去ろうと
していたが,振り返って目を見開いた。
(あ,きっといつもはこんなこと
言わないんだ…。やばい,
違うキャラクターを演じてしまったみたい…)

僕は少し慌てて,視線を泳がせながら,
鞄を机の下にしまった。
女性社員はまだ信じられないといった感じで,
何度も振り向きながら給湯室へと消えて行った。
(今日はなるべく,
地味な言動を心がけなければ…)
僕は身を引き締めた。

夕方になった。
隣の課のいかにもモテそうな男が,
デスクに近づいてくる。
歳は同じくらいだろうか。
(こんな正反対のタイプの僕に,
いったい何の用だろうか)
僕がなるべく顔を動かさないまま,
視線だけ上に向けてその男を見上げると,
男は白い歯を見せながら,
広告のモデルのような笑顔をつくり,僕を見た。
まわりの女子社員たちが,
少しそわそわしているのがわかる。

「鈴木,ちょっと…」
白い歯の男は,廊下に僕を呼び出した。
左手をズボンのポケットに突っ込んで,
右手で手招きをしている。
手の平を上に向けた,欧米式の手招きだ。
(カッコつけやがって…)
僕はだまったまま,
顔全体を前に突き出すようにして
鳥のように頷き,もそっと席を立った。
女性社員たちは,
白い歯の男の後ろ姿を目で追っている。

廊下に出ると,白い歯の男は目を細めながら,
窓の外の夕日を眺めていた。
サマにはなるが,嫌味っぽい。
「あ,鈴木,今夜,合コンがあるんだけど,
 急きょ人が足りなくなっちゃって。
 おまえ,出てもらえないか?
 同期のよしみでさ…。
 かわいい子いっぱい来るぜ」
男は声をひそめて言った。
僕はぼそっと「あ,いいよ…」と答えた。
男は嬉しそうに
「そうか,助かった。サンキュ!」
といいながら片手を上げて,
上着の裾をひるがえしながら向きを変え,
廊下を小走りし始めた。
「じゃ,6時に一緒に出ようぜ」と言いながら。
(昭和っぽいキザさだな…)
僕は廊下に1人とり残されながら,
男の後ろ姿をしばし眺めていた。

6時になって,
さっきの昭和キザな男が近づいて来た。
「あ,上原さん,今日は残業しないんですかぁ?
 私ももう帰るんですけど,
 駅まで一緒に行きませんか?」
朝,間違って髪型を褒めてしまった女性社員が,
昭和キザな男を誘っている。
(この同期の男,上原っていうのか…)
僕は2人の会話を聞きながら,
もそもそと机の下の鞄を取り出して,
帰り支度を始めた。
「美女のお誘いをお断りするのは
 もったいないが,
 今日は鈴木と同期会に行くんでね。
 また今度一緒に飯でも食おう,涼子ちゃん」
(同期会? コンパと言えよ,正直に!)
僕は心の中で思いながら,上着を着た。
「えー,残念。上原さん,
 いつも口ばっかりなんだからぁ!」
「そんなことないよー。
 じゃ,来週の水曜はどう?」
「えっ,ホント? 絶対ですよ! やったぁ」
はしゃいでいる女性社員をその場に残し,
僕と上原は会社を後にした。

合コンの会場に着くと,
もう他のメンバーは勢ぞろいしていた。
男女4対4らしい。
女の子たちは無難にかわいい程度だった。
(昨日の僕に比べたら,このレベルじゃ
とてもかわいいとは言えないね。
でも今日の僕じゃ,
とても相手にしてもらえないかも…)

僕はうつむき加減で女の子たちを物色したが,
女の子たちの視線は,みんな上原に釘付けだ。
上原はそれを当然意識している様子で,
右手でさりげなく髪をかきあげた。
(今日は,女の子と仲よくなろうなどと考えず,
上原を見ていた方がおもしろそうだぞ)
僕は今日の楽しみの目的を,上原に設定した。

しばらくして,コンパは盛り上がってきた。
でも僕が何か言うと,必ず一瞬静まった。
あからさまに嫌な顔をする女の子もいる。
プライドの高い女の子とは,
なんて失礼な人種なのだろう。
顔が悪く暗い男は,人間とは思っていないみたいだ。

「ねぇ,上原さん,お休みの日は
 どんな風に過ごしてるの?」
上原の隣の席を勝ち取った,
気の強そうな女の子が流し目をしながら
上原に質問した。
「えー,別にたいしたことはしてないよ。
 車でフラッと海を見に行ったり,
 テニスクラブに行ったり,
 それから…たまに料理もする。
 俺,料理好きなんだ」
(何がたいしたことしてない,だよ。
女の子の喜びそうなことばかり
並べ立てやがって)
俺が内心思っていると,
女の子は思ったとおりの反応を示した。
「キャー,私,上原さんの料理
 食べてみたぁい!」
「車でフラッと海を見に行くなんて素敵ね」
女の子たちは目をきらきら輝かせて,
上原を見た。
上原は自分に酔いながら,
伏し目がちに笑っている。

「…僕も,料理好きなんだよね」
僕もちょっと話に参加したくて,
ぼそっと言ってみた。
女の子たちがばっと僕を見た。
顔をひきつらせて,みんな黙ったままだ。
(なんでだ,同じ内容のことを
言っただけなのに,
こんなに反応が違うなんて…)
僕はいけないことを言ったみたいな
気持ちになり,下を向いた。
「鈴木の料理もうまいんだぜ。なぁ,山川」
上原は,僕といちばん遠い席に座っている,
やはり同期の山川という男に話をふった。
「あ…うん,一度鈴木んチ行った時,
 なんだったっけか,つくってもらったよな」
山川も話を合わせているが,
女の子たちは依然黙ったままだ。
もう一人の同期,
内田は無口な感じだが外見がよく,
どうやら内田の隣の女の子は,
内田を狙っているようだ。
同じ無口でも,外見がいいと“クール”で,
僕みたいな顔の悪い男は“暗い”,
ということになるらしい。
世の中はまったく不公平だ。

結局カップルは二2組出来上がった。
内田と隣の女。
そして上原と気の強そうな隣の女…と思いきや,
上原はいちばんおとなしい
お嬢さん風の女の子と,
最後にLINEのIDを交換していた。
気の強そうな女が見て見ぬ振りをしながら,
隣の女としゃべっていたのがおかしかった。

僕は1人寂しくコンビニに寄って帰った。
そして家に着いてから
パソコンでチャットをした。
そこでは「龍馬」というハンドルネームで,
料理とテニスと車が趣味の男を演じた。
女の子は僕の姿が見えないため,
その情報だけで僕に興味を持った。
そして日曜にデートをすることになった。
だがもう,僕は明日には違う人になっている。
この身体の本当の主が,
日曜にうまくデートを
盛り上げてくれればいいが…と願って,
僕は眠りについた。
(第3話につづく)

©2023 alice hanasaki

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