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【短編小説】毎日違う人(第3話)

前回までのあらすじはコチラ↓

ところで,僕が日替わりで
いろいろな身体を旅している間,
その身体の持ち主,いわゆる本当の魂は,
どこに行ってしまうのだろう。
僕の本当の身体がどこかにあって,
そこに日替わりで入っているのだろうか。
そうだとするとちょっと怖いな。

いつか,僕が本当の自分の身体に
戻らなければならないとすると,
果たしてずっと同じ身体で満足できるだろうか。
今はこうして,今,
毎日違う人の人生を生きているけれど,
同じ身体で暮らしていかなければならないとしたら,
退屈なのではないだろうか。

僕は今,変化のある毎日でとても楽しい。
できればこのままの暮らしを続けたい。
僕は眠りにつく時,たまにそんなことを考える。

次の日目を覚ましたら,
ずいぶんふっくらした中年の女性になっていた。
頭にピンクのカーラーがたくさんついている。
隣の夫のベッドには,
もうパジャマが脱ぎ捨てられていた。

「ママー,お弁当は? 遅れちゃうよー」
高校生らしきセーラー服の娘が,
玄関に向かって走りながら叫んでいる。
「ごめんね,今朝,ママ,寝坊しちゃって」
私が着替えもせずに出て行くと,
娘はいらいらしながら靴をはいている。
「もう間に合わないよー。
 売店でパン買うからいいよ。
 私,朝ごはんも食べられなかったから,
 2時間目が終わった時も買い食いする。
 ちょっと多めにお金ちょうだい」
私は財布から千円札を出して,娘に渡した。
「ごめんね。朝の用意もしてあげなくて。
 行ってらっしゃい」
娘は飛び出していった。

そういえば夫はどうしているのだろう。
私はダイニング・ルームに戻った。
1人でパンを焼いて食べたあとがある。
(あら,できた夫ね…)
私はカーラーをはずしてから着替えた。
それから朝食を食べて出掛ける用意をした。
(デパートにでも,買い物に行こう)

私は最寄りの駅から,
日本橋に向けて地下鉄に乗った。
平日の午前中だというのに,
座るところがないほど混んでいる。
仕方がないので,私はなんとなく
早く降りそうなサラリーマンの前に立ち,
つり革につかまった。

だが予想と反して,目をつけたサラリーマンの
ところではなく隣の隣の席が空いた。
私は空いた席に座ろうとして,
すばやく移動した。
その瞬間,空いた席の近くに立っていた若い女が,
キッと私をにらんだ。
(気どってるより,早く座った方が勝ちなのよ)
私は勝ち誇った笑みを浮かべながら,
「よっこいしょっと」と言いながら座った。

その時,隣の男性のスーツの上着の裾を
お尻で踏んでしまったらしく,
隣の男性は嫌な顔をして裾をひっぱった。
私は寝た振りをした。

デパートに着いて,最初に洋服を見た。
マネキンに着せられている洋服は,
みなセンスがいいけれど,
太った人用の服は飾っていない。
(太った人用のマネキンはないのかしら。
これじゃあ参考にならないわよ…)
私は,世の中は不公平だと思いながら,
洋服のフロアを見てまわった。

結局欲しい服は見つからず,
私は地下の食品売場へと降りて行った。
あまいお菓子がたくさんある。
私は片っ端から試食をして,
両手に持ちきれないほど買いあさった。
(帰って,1人でお茶にしましょう)
私は服を買えなかった分,
やけ食いで気分を晴らそうと思い立ち,
身体は重かったが,足取りは軽く家に帰った。

帰ってまずテレビをつけた。
ワイドショーをやっている。
私はモンブランとラズベリーパイ,
チョコレートとプリン,
すべてをテーブルに広げた。
(やったー。あまいもの,
こんなにいっぺんに食べてみたかったのよね!)
私はワイドショーを見ながら,
1人で全部平らげた。
今日の身体くらい太っていると,
もう遠慮もいらないって感じだ。
中途半端に太り気味だと,
気にしてあまいものを控えたりするのだろうけれど,
ここまできたら少しくらい控えても同じだ。
それなら楽しんだ方がいい。

1人でお茶の時間を満喫した後,
私は昼寝をした。
その後,暗くなってきたので,
夕食のしたくをしていたら娘が帰って来た。
「いい匂い。今日のおかず,何?」
「酢豚と,キャベツとひき肉の炒め物よ」
「へーえ,おいしそうじゃん。中華なんだ」
「デザートもいっぱい買ってあるわよ。
 今日,デパートに行って来たの」
「マジで? わー,すごくいっぱいある!」
娘は冷蔵庫を開けて目を輝かせている。
だが娘はちょっと太り気味,
といった体型を気にしているらしい。
その後すぐに冷蔵庫を閉めて,
「今日はやめておく」と言って
部屋に着替えに行った。
(やはり,どん底まで落ちた人間は強いのよね)
私は,フライパンの中の炒めものを
かき混ぜながら思った。

しばらくして夫が帰って来たので,
家族3人で夕飯のテーブルを囲んだ。
夫はとても痩せた人だった。
太った人は痩せた人を好きになる傾向があるらしいが,
私たち夫婦もそのうちの1組らしい。
「あなた,今朝はごめんなさいね。
 朝ごはん,間に合わなくて…。
 私,寝坊しちゃったの」
「何言ってるんだよ,
 今日に限ったことじゃないじゃないか」
「え? あ,そ,そうよね。う,うふふふふ」
表情も変えずにもくもくと料理を
食べている夫を見ながら,
私は「そうか,いつも起きないんだ,
この奥さんは…」と思った。

しかし夫は口数が少ない。
料理も味わっているとは思えない。
ただ機械的に食べ続けているといった感じだ。
「あなた,おいしい?」
私は夫の顔を覗きこみながら聞いてみた。
「うん」
夫は顔も上げずに答えた。

「なーに,ママー。今日,
 なんだか感じが違うじゃん。気持ち悪~い」
娘が私の中身の変化に気づいたのか,
私を冷静に観察するような目つきで突然言った。
私は少し慌てた。
「な,なによ。なんで気持ちが悪いのよ」
「べつに…」
年頃の娘特有の冷めた口調で,
娘はそう言い捨てると,黙ってまた食べ始めた。

しばらくして,食べ終わった夫が何も言わずに,
のそっとテーブルを立った。
「ちょっとあなた,
『ごちそうさま』くらい言ったらどうなのよ」
私が思わずとがめると,夫は
「ああ,ごちそうさま」と,こちらを見ずに言った。
(夫婦の会話も,愛情も,まったくないのかしら…)
私はなんとなく寂しい気持ちになりながら,
そう思った。

夜になって夫婦の寝室に行くと,
夫はもういびきをかいて寝ていた。
私はやりきれない気分で,
髪にカーラーを巻いた。
(こんなんじゃ,私,太るわけよね。
この先ずっと孤独を抱えたまま,
この寂しい家庭で生きて行くのかしら,
この奥さんは…。
そういえば名前を1度も呼ばれなかったわ。
私,何て名前なのかしら…?)
私はベッドに入り,夫のいびきを聞きながら
しばらくの間眠れずにいた。
(第4話につづく)

©2023 alice hanasaki

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