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【短編小説】毎日違う人(第1話)

今朝,目覚めて鏡を見たら,
私の顔は何ともいえないかわいい女の子の顔だった。
「わぁ,今日は楽しい日になりそう!」
私は張り切って,おしゃれをした。
ワードローブには,かわいい服がたくさん入っている。
「うわぁ,こんなピンクのニットのワンピース,
 着てみたかったんだぁ」
私はニットのワンピースに着替えて,
雑誌に出ているモデルのような化粧をして,外出した。
さっそく男の子が私を目で追い,振り返る。
(うふふふ…。本当に振り返られるんだ,かわいい子って)
私は初めて,かわいい顔を持った女の子の
気持ちを味わうことができて嬉しかった。

私は目覚めるたびに,
違う人の身体に入っている。
一日限りだから,どんな身体で目覚めても,
それなりに楽しかった。
でも今日はこんなにかわいい女の子。
私は「今日はラッキー」と思った。

私が本能のおもむくままに歩いて行くと,
都内の有名大学に着いた。
「あ,私,女子大生なんだ…」
門を入って,黄色に色づいた銀杏並木を歩いていると,
男の子が何人も振り向き,
女の子の羨望のまなざしが痛く感じられる。
(注目を浴びるのも,結構ラクじゃないのね)
私は一人で,つぶやいた。

授業が終わると,男の子たちが何人も話しかけてきて,
かわすのが大変だった。
やっとのことで門を出て,家に帰ろうとすると,
後ろに何か気配を感じて,私は振り返った。
男がサッと電柱の陰に隠れたのが見えた。
私は怖くなって走り出した。
すると男もついてくる。
(ストーカーだ!)
私は今日の自分の外見を思い出した。
(そうだ,今日は私,超美人女子だったんだ)
私はやっとのことで家に着き,鍵を閉めた。
(はぁ,一安心…)
そう思った瞬間にスマートフォンが鳴った。

「あゆみ? 俺。この前のこと,考え直してくれた?」
電話に出ると,男が一気に話し始めた。
「は? 誰ですか?」
「なんだよー,冷たいなー。
 俺だよ,明。もう一度やり直そうって話,
 今日こそ返事を聞かせてくれよ」
私は,そういうことか,と思ったが,
どう返事をしていいかわからない。
「うーん,でも,私…」
その時,運よくインターホンが鳴った。

「あ,誰か来た。また電話して。じゃあね」
私は明という男の電話を切り,インターホンに出た。
「あ,俺だけど,あゆみ?」
(また,“俺”か。今度はどういう人かしら?)
私が言葉を失っていると,
男は少し焦ったように続けた。
「あれ,押し間違えた? あゆみンちだよな?
 おまえ,彼氏の声も忘れたのかよ。
 裕二だよ。入口のロック,外してくれよ」

あ,今度は彼氏ね,と思って少し安心した。
「たった今,家に帰ったところで…。ちょっと待って」
私はマンションの入り口のロックを外して,
「あゆみちゃんたら,
 なんだか強引な男とつきあってるのね。
 しかし,さっきのよりをもどしたい昔の男は,
 どれくらい前の彼氏なのかしら…?」
と考えていると,今度は玄関のベルが鳴った。
ドアを開けると,ハンサムでおしゃれな男の子が立っていた。
(キャー,かっこいい…!)
「おまえ,気づかなかったの?
 またあのストーカー,
 電柱の陰でおまえの部屋の方,見てたぞ」
裕二はそういいながら,勝手に部屋に上がって来た。

「気づいてたわよ。まだいたんだ。
 明日,警察に言うわ。ね,お茶でも飲む?」
「お茶? それより出掛けようぜ。
 いつものバーにする? 
 俺,腹減っちゃった。
 ナンか食ってから行こうぜ」
裕二は私を連れ出した。

ストーカーは電柱の陰にまだ隠れていた。
私はこれ見よがしに,裕二の腕に手をまわした。

近くの洋食屋で夕飯を食べた後,
私たちは行きつけのおしゃれなバーに行った。
「あ,いらっしゃい」
ひげをはやしたオーナーらしき人が,
私たちに挨拶をした。
裕二が軽く手を上げる。
私も軽く会釈をした。

カウンターの一番奥に座っていたカップルが,
入ってきた私たちを振り返った。
女性はすぐに視線を戻したが,
男の方は明らかに興味のある顔で私を見続けている。
(ちょっとアンタ,彼女連れなんだから,
そんなに見るんじゃないわよ!)
私は少々頭に来ながらも,悪い気はしなかった。
私たちは,入り口に近いカウンター席に並んで座った。

「何飲む? 俺,ジン・トニック」
「えーっと,じゃあ,私,アレキサンダー」
裕二が注文してくれて,バーテンダーが
大げさなパフォーマンスでシェーカーを振った。

十時を過ぎて,だんだん店が混んできた。
さっきのカップルが帰ろうとしている。
男は最後まで私のことを
チラチラ振り返りながら出て行った。

ほかのテーブル席で飲んでいた男2人のうちの1人が,
裕二がトイレに立った時に,つかつかと私に近づいて来た。
「すみません,今一緒にいたの,彼氏? 
 俺,キミみたいなかわいい子と
 一度デートしたいと思ってたんだけど,
 今度ここに電話くれませんか?
 面倒なことにはしないから。
 一度だけでいいんだ。ね,よろしく」
男はそう言いながら名刺を差し出して,
視線だけ一瞬トイレのドアを見て,
裕二が戻って来るのを気にしている。

(こんな大胆なナンパもあるのね…)
私はびっくりしながら男を見上げた。
結構いい男だ。
名刺をだまって突き返そうか,
それとも何か一言,言ってやろうかと迷っていると,
男は強引に私の手に名刺を握らせた。
「じゃ,彼氏が帰ってくるとまずいから。ね,電話して」
男はそう言い残すと,もとの席に帰って行った。
私はあきれてしまった。

裕二がトイレから戻って来て,オーナーに声をかけた。
お代わりを注文している。
その時私のスマートフォンが鳴った。
「もしもし?」
出るとまた男の声だった。
「あ,もしもし,あゆみちゃん?
 俺,直也だけど。今どこ?」
「今,外だから。また今度…」
私が電話を切ろうとすると,
直也と名乗る男は声色を緊張させて強引に話を続けた。
「また裕二と一緒か? まだ別れてなかったのか?
 いつまで待たせるんだよ。もう3か月も待ってるんだぜ。
 早く別れちまえよ」
私は,話がちんぷんかんぷんで顔をひきつらせた。
「あの,また電話する…ね」
 私はそう言って,一方的に電話を切った。

「また直也か?」
裕二はこちらを見ずに,グラスを持ち上げて言った。
(知っているんだ…。裕二とはどういう関係なんだろう。
友達なのだろうか?)
私がまたいろいろ考えていると,裕二は続けた。
「あいつもしょうがねえな。
 おまえも,はっきりした態度で断らないから悪いんだぞ」
私は「友達なの?」とも聞けず,あいまいに返事をした。
そして頭が混乱して来たので,トイレに逃げた。
(はぁ,かわいい子って疲れるのね…。
楽しい日になりそうと思ったけど,もうこんなの一日で充分)
私はトイレの中で鏡に向かって,
セミロングの髪を整えながらつぶやいた。

トイレを出て席に戻ろうとすると,
さっき名刺を渡してきた男と目が合った。
訳ありげにニヤッとしながらこちらを見ている。
(電話なんかするわけないでしょう。
彼氏の目を盗んでナンパなんかして,感じ悪い男!)
私はほほえみ返さずに,むっとしながら席に戻った。
その時,目つきの悪い男がふらふらしながらバーに入って来た。
「いらっしゃいませ」
オーナーが男に声をかける。
「直也…」
裕二が男を見ながらつぶやいた。

私は反射的に,まずいことになったと思った。
「ここだと思ったぜ。
 今日こそ,裕二とは別れてもらうからな」
直也はそう言うと,裕二を外に誘い出した。
裕二は私に「ここで待ってろ」と言い残し,外に出て行った。

(キャー,私を取り合って,男二人がけんかを始めたわ!)
大変なことが起きているのに,私はなぜか少しわくわくした。
そして裕二に続いて外に出て行った。
「おまえ,しつこいんだよ。
 あゆみにはそんな気,全然ないんだからな。
 もうつきまとわないでくれ」
「いや,あゆみちゃんはおまえと別れたら,
 俺とつきあうって言ったんだぜ。
 だからこうして3か月も待ってたんだ。
 でももう俺だっていい加減待ちくたびれた。
 今夜こそ別れてもらうからな」
「いや,あゆみはおまえのことなんて相手にしてないぜ。
 もう諦めて引き下がれよ」
裕二がそう言った途端,直也が裕二の頬を殴った。
「キャー」
私は思わず叫んだ。
店から客やオーナーが出てきて,
2人の間に割って入り,ようやくけんかはおさまった。

私は裕二を家に連れて行き,自分のベッドに寝かせた。
頬が腫れている。
「大丈夫?」
「…うん。そんなに騒ぐことねぇんだよ,これくらいで…」
裕二は直也に殴られた後,ほとんど喋らなかったが,
やっとふてくされたように口をきいた。
私も着替えてベッドに入った。
「かわいい子でいるのもラクじゃないな…」
などと考えているうちに,
ふんわりとした眠りについた。
(第2話につづく)

©2023 alice hanasaki

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