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【短編小説】毎日違う人(最終話)

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次の日,起きたら身体がなかった。
意識はあるのに,身体がないのだ。
(どうしたんだ,これはいったいどういうこと?
死んでしまったのだろうか?)
一生懸命考えたが,私はただ透明な空間に浮かぶだけで,
現実感がなかった。でも確かに意識はそこにあった。
(やっぱり私本来の身体なんて存在しなかったんだ…。
じゃあ,今まで私の魂が入っている間,
身体の主はどこにいたのだろう? 
そうだ,今日は身体がないのだから,
どこにでも行けるはずだ)
私は,最近自分が入った身体の人を,
一人ひとりまわってみることにした。

最初に超美人女子,あゆみのところに行った。
あゆみは相変わらず男に苦労しているみたいだった。
もう裕二とは別れていて,次の男とつきあっていた。

次にさえないサラリーマン,
鈴木のところに行ってみた。
彼は地味ながらも平穏に,
自分の趣味に没頭しながら生きていた。
趣味と言ってもネットサーフィンと料理くらいだったが…。

次に夫婦の会話もない,
寂しく太った主婦のところに行った。
彼女は相変わらず家事をして,ワイドショーを見て,
何の張り合いもない生活を送っているようだった。
何も目的意識を持っていない生活に,彼女自身,
あとどれくらい耐えられるのだろうか?

そして最後に,まわりの期待を一身に集めた
かわいい男の子,たっちゃんのところに行った。
彼は少し混乱しているようだった。
「昨日ママに言ったこと,
 ちゃんと謝ってちょうだい」
そう母親に言われて,
「だから,何のこと?」と繰り返し,
母親をいらだたせていた。
「しらばくれるのもいい加減にしてちょうだい。
 昨日,どうして語尾を延ばして喋ったり,
 ママをばかにするようなことを
 言ったりしたの?」
母親は感情的に問い詰めているが,
たっちゃんは不思議そうな顔をしながらこう答えた。
「だから,僕,そんなこと覚えてないんだもん。
 昨日は一日,神様の近くに行ってたんだよ。
 そこでお休みしていたの。
 いろいろな魂に会ったよ。
 見えないけれど,そこにいるってわかるんだ。
 喋らなくてもいろいろ話せるの。
 僕,死んじゃったのかなって思ったんだけど,
 今日の朝起きたら,戻って来てたんだ。
 不思議だよね」
母親は,息子は気がふれたのかと思ったらしく,
一瞬絶望的な顔をした後,
だまってたっちゃんを抱きしめた。

私はたっちゃんが言っていることを聞いて,
「そうか…。私は誰かが人生を休む日に,
 その人の身体に入っていたのか…」と,思った。
そして今日は,私自身がお休みをもらったのだな,と…。
え? ちょっと待てよ。
休みというか,私自身にはもともと身体がなくて,
ずっと魂だけの世界にいたのではないか。
それでもこうして毎日違う人の身体に入り,
働いていたわけだから…,
じゃあ今日は,何なんだ?
今度は私が混乱した。

これからはまた毎日,
違う人になれるのだろうか? 
それとも私の仕事はもう終わったのだろうか? 
これからは一人の人として,
地上に身体を持って生まれていくのだろうか…?

そんなことを考えていた時,
向こうから透明な人がやって来た。
透明な人といっても姿が見えるわけではない。
ぼんやりとした光のようなかたまりが
そこにあるのがわかるのだ。

私は挨拶しようとした時に,
何も言わずにそれが相手に伝わり,
また言葉を発しなくても,
相手の気持ちが伝わってくるのを感じた。
まるで自分の心の中での考えを,
相手と共有しているような感覚だ。
「なんてすごいんだ!」

相手は「新人さん?」というようなことを私に聞いた。
私は「ええ,でもよくわからないのです。
今まで毎日違う人の身体に入っていたけれど,
今日は突然入る身体がなくなって…」という事情を説明した。
すると相手は「じゃあこれから自分の身体を持って
地上に生まれるのね」というようなことを私に言った。

私はちょっと放心状態になった。
やはりもう毎日違う人の身体の中に入って,
気ままに生きていくことはできないのだろうか。
自分自身の身体を持って,
何十年もその人格を生きないといけないなんて
耐えられるだろうか。
「もうしばらく,ここにいられないものでしょうか」
私はここの事情がよくわかっていそうな,
その先輩の魂に無言で質問した。

「私は神じゃないから詳しいことはわからないけれど,
 毎日違う人の身体に入って
 地上でのウォーミングアップを終えたら,
 たいてい自分の身体を持って生まれていくみたいよ」
先輩の魂はそう言って,私をどこかへ導いた。
しばらくふわふわと浮遊していくと,
そこにはたくさんの光が集まっていた。

「みんなここから見て,
 どの妊婦さんのお腹に入ろうか決めてるのよ」
先輩の魂が言った。
そこには地上の妊娠中の女性が,
ひと目で見渡せる場所だった。
空の上から地上の何万,何億人もの人々が見渡せて,
なぜか妊婦さんが浮き上がるように目立っていて,
背景が直感的に読み取れるのだ。

このお母さんの子になると決めた魂は,
ふわりとそこを離れて地上に降りていく。
そして赤ちゃんの中に宿るらしい。
ひとつの光がこの場を離れた。
そしてもうひとつ。
私はどんどんと地上に降っていく光を横目で見ながら,
地上の妊婦さんたちを見ていた。

その中でひときわ気になる妊婦がいた。
あの人の子になりたいと直感で思った。
あの人の子なら,きっと何十年も同じ人格で
生きる価値がありそうだと思えた。
ずっと昔に,その妊婦とはどこかで出会ったことが
あるような気がする。
確か一度,彼女の身体に入って,
一日を過ごしたことがあるのだ。
きっと縁があるに違いないし,
彼女の人生も見届けたいと思った。

私はゆっくりと空を離れた。
透明な管の中を流される,
青い液体になったような感じで,
一瞬のうちに地上に到達した。
何ともいえない感覚だ。

地上に着くと,
まだそれほどお腹の大きさが目立たない,
妊娠5ヶ月のその妊婦のお腹に私は入った。
お腹の中はとても窮屈だった。
「この中であと4カ月は
 過ごさないといけないのか…」
私はちょっと気が遠くなりそうだった。

でも毎日はそれほど退屈ではなかった。
少しずつ身体が変わっていくのがよくわかるし,
毎日新しいことが起こるのだ。
時々手足を伸ばしたくなって足でお腹を蹴ると,
お母さんが「あ,蹴った!」などと言って,
お父さんに嬉しそうに報告しているのも聞こえる。
お母さんが歌っているのも聞こえるし,
今日はテレビの音がうるさいなとか,
今日はおばあちゃんが来ているのかとか,
いろいろわかっておもしろい。

今まではずっと,
使い捨てのように毎日を生きてきた。
後になって少し思い出すことはあっても,
真剣に長い目で見て人生を考えたことはなかった。
でもじっくりひとつのことに向き合うのも,
いいかもしれないと思い始めてきた。
人生は切れぎれではなく,
毎日続いているということがわかっただけでも
私には新鮮だった。

でも私は時々,いろいろな人生の一幕を
生きていた頃を懐かしんだ。
それはたった一日ずつだったけど,
ちゃんとその人生の背景を理解して,
いろいろな人生の一部分を立派に演じてきたのだ。
それはやはり,今思い出しても楽しい経験だった。

そんなこんなで私はお腹の中で4ヵ月を過ごし,
今,とうとう自分の身体を持って
地上に生まれようとしている。
すべてをはっきり覚えていた。
いろいろな人の身体に入ったことも,
空にいたころのことも,お腹の中にいた頃のことも。

でもひとつだけ,空にいたのが一体
どれくらいの時間なのかだけが,
はっきりしなかった。
それはたった2時間くらいのような気もするし,
50年くらいのような気もする。
時間の流れが地上と違うので,計れないのだった。

「おめでとうございます,元気な女の子ですよ」
看護師の声が産室に響いた。
私は女の子だった。
実は,そんなことは
お腹に入った時から知っていたことだ。
何もかもわかっていて,私は私になり,
今こうして生まれてきたのだ。
でもなぜか記憶がぼんやりとしていく。
生まれてから私は,急に物忘れがひどくなった。
これからどんどん,記憶をなくしていくのだろうか。

生まれてからあっという間に3か月がたった。
私はもうほとんどの記憶をなくしてしまった。
たまに自分が誰だかもわからなくなる。
自分の選んだ母親が,
今一番安心感を与えてくれる存在だ。

もうこのまますべての記憶をなくしても,
この人が自分を守ってくれる気がする。
そんな誰かに対する強い信頼感が
自分の中に生まれてきたのは,初めてだった。

ああ,私はどんどん何もわからなくなる…。
地上に一人の人間として生まれるということは,
こういうことなのか。
母親が何か言いながら,
ベビーベッドで寝ている私にほほ笑みかけている。
その笑顔を見て,私は思わずほほ笑み返した。

母親が嬉しそうに何か言って,
奥から父親が駆け寄ってきた。
でももう母親の言っている言葉も理解できなかった。
ただ,父親が母を呼ぶ時,
「あゆみ」と言ったのが耳に残った。
どこかで何度も聞いた名前のような気がする。

これから私の人生が始まる。
何もかも記憶をなくして,
真っ白な頭になりつつあるけれど,
きっとゆっくりあせらずに,
一日一日を積み重ねていけばいいんだ。
私はわくわくした気持ちに包まれ始めた。(終)

©2023 alice hanasaki

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