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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第39話)#創作大賞2024


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第十ニ章 レイトを孕む

「ねえ、片桐くん。レイトとコミュニケーションを取ることはできないの?」
思いがけない山本さんからの問いに、片桐は一瞬思考が停止した。死霊とコミュニケーション。そんなこと、これまで考えたこともなかった。

 彼らは、片桐の中では自然現象に近かった。たとえば、虹が出るのは空気中の水滴に太陽光が反射するからであって、虹そのものが存在するわけではない。水滴と光という条件が揃って初めて出現し、可視化することができる。なにか一つでも欠けていたら、虹は誰の目にも映らない。

 彼らは生身の人間に、生前の己を投影する水滴や光といった関連性を見出し、出現を許される。そして、気がついたらいつの間にかいなくなっている。どのくらいの期間いるのかまでは分からなかった。仏教の四十九日という考えかたが一つの区切りになっていそうな感じもするが、すべてには当てはまらないだろう。多分個人差がある。

 ただ、そこまで注意深く観察するような機会はなかったし、興味もなかった。そんな「存在」と言っていいのかどうかも定かではない曖昧なものに、「反応」なんてものが起こるのだろうか。

「死霊と会話とか今まで試したことないから……。まったく想像がつかない」
片桐は自販機で買った炭酸水を一口含みながら言った。
「でもそれができたら、アンナとレイトの身体がどこにあるのか分かるんじゃないですか?」
あっという間にコーラのペットボトルを空にした丈太郎が、興奮して言う。
「ねえ、片桐くん。やってみて」
山本さんが拝むように両手を合わせてくる。

 片桐は探り見るように佐野に目をやった。トイレの前の自販機コーナーなので、絶えず人が行き来している。切り替えスイッチを入れると、関係のない通行人の背景も拾ってしまい、集中できない。
事情を説明し、結局さっきまでいた屋外イベントスペースに戻ることになった。丈太郎と佐野は自販機で二本目の飲み物を買っている。二人ともミネラルウォーターだ。

 タイミングよく、屋根の突き出たところに設置されていた丸テーブルが空いた。日陰になっていて、さっきよりは過ごしやすい。片桐は佐野と向かい合う位置に腰を下ろし、切り替えスイッチをオンにした。レイトはまだちゃんとそこにいた。くっきりと線を持った輪郭は、相変わらず生身の人間との区別が付かない。以前と少しだけ違うのは、目の印象だった。どこか遠くを彷徨うような儚げな眼差し。

 声に出して「レイト!」と呼びかけてみた。反応はなかった。今度は心の中で呼んでみる。微動だにしない。
「ダメだね」
片桐はフーッと息を吐いた。子供の頃に見たテレビの心霊特番で、霊能者の中年女性が幽霊屋敷に出た子供の霊に「あなたは亡くなったの。早く成仏しなさい!」と説教しているシーンがあったのを思い出す。

 霊能者は確かに子供の霊を視ていたが、子供の霊はまったく関係のない方向を見ていた。多分、あれは視聴者に分かりやすいように、わざと声を出していたのだ。会話の合間合間に不自然な沈黙があって、霊能者の目が一点に注がれていた。そのときだけ子供の霊は霊能者のほうに目を向けていた。やっぱり、心の中で語りかけるのが正解か。でも、レイトの反応はない。僕の声が小さすぎるのか。必要なものはなんだろう。緊張感? 同情? 愛?

ふと、佐野の顔にピントが合ってしまった。緊張と不満がないまぜになったようななんとも言えない表情。突然、身体の奥深いところから形容し難い不快な感情が込み上げてくるのを感じた。この後輩はなぜにこう、感情が外側に出ることへの躊躇がないのか。どんな態度であっても、佐野なら許される。ああ、佐野くんだから。佐野くんだもの仕方ないですよ。佐野くんらしい。佐野くんだものこうでなくちゃ。佐野くん、佐野くん、佐野くん! そう言って佐野のすべてを受け入れている丈太郎にも苛立ちが込み上げてくる。幼馴染として共に過ごしてきた時間が長いから? じゃあ、君が理解を示しているように、佐野が君を理解してるって言い切れる?

「先輩、今俺のこと殺そうとしてません?」
思いの外表情がキツくなっていたようだ。佐野が引き攣ったような笑みを浮かべてこちらを見ている。
「ああ、さっきのこと少し思い出しちゃって」
「さっきのこと? ───言っちゃなんですが、俺だってまだイラついてるんですからね!」
「佐野くん!」
ほらまただ。いつだってここで丈太郎が止めに入る。佐野くん佐野くんって。本気で制止してるわけじゃない。自分たちの間には揺るぎない信頼関係があると信じているから、こんなのはただの戯れ。見ろ、聞き分けの良い子供のように、佐野は丈太郎に従順だ。

「難しそう?」
山本さんが心配げに尋ねてくる。
「うん。でも、もう少し頑張ってみる」
微笑むと、山本さんはちょっと肩をすくめた後で、すぐに視線を逸らした。片桐は今まで感じたことのない胸のざわめきを感じた。どうして僕じゃなくて丈太郎なの? 僕は誰のことも好きじゃないけど、僕の周りにいる大勢の女の子たちはみんな僕を選ぶよ? 君は少し変わってるんだね。だから変わってるやつが好きなんだ。僕は変わってるやつが心底───。

「片桐くん?!」
山本さんはガタンッ! と音を立てて椅子から立ち上がると、突然片桐の両肩を掴んで揺さぶってきた。その強さにハッと我に返る。スーッとなにかが体から抜け落ちてゆくように胸のざわめきが消えてゆくのが分かった。
「先輩、今……。目がおかしくなってた」
丈太郎の手が目の前でヒラヒラと動く。
「なんか、瞳孔が獣みたいだったな……」
佐野が怯えたような眼差しを向けてきた。

「もしかしたら、今憑依されてたんじゃない?」
「いや、分からない……」
ふと佐野の背後に焦点を合わせる。そこにいるはずのレイトがいない。動揺していると、突然目と鼻の先にレイトの顔が現れた。あまりの衝撃にキュッと喉が締まり、悲鳴を上げることすらできなかった。離れようと身を仰け反らせるも、まるで自分の身体に見えない糸で固定されているかのように、レイトは焦点が合うか合わないかのギリギリのところで据わった冷たい目をしている。

「片桐先輩!」
丈太郎たちの声がなぜか間延びして、遥か遠くに聞こえる。もしかして、僕はやってはいけないことをやってしまったんじゃ……。深い後悔が押し寄せてきた。



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