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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第38話)#創作大賞2024


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 そのとき、はじめの彼女がやってきて、
「もうすぐ映画の時間だけど、まだかかりそう?」
と腕時計を見た。
「いや、もう済んだよ。じゃあ、そういうわけで。またな! 丈太郎とお友達!」
なにしてるのか分かんないけど、あの男には深入りすんなよ! と言い捨て、彼女と手を繋いで去っていった。その引き寄せるような繋ぎかたに丈太郎はドキッとする。あれが大人の手の繋ぎかたか。

「丈太郎」
片桐に名前を呼ばれ、丈太郎は我に返る。
「レイトなんだけど……」
片桐の目が佐野を見ながら、もっと向こう側に焦点を合わせたのが分かった。
「もうこの世にはいない」
「は?!」
「どういうこと?!」
「意味が分からん」
片桐以外の三人の声が重なった。

「もう死んでるってことだよ」
そう言う片桐の顔が見る見る蒼白になってゆく。
「しかも……佐野、君の背後にずっと憑いてる。もうかなり前から」
「なんでだよ!」
佐野は慌ただしく立ち上がると、丈太郎の横、ついさっきまで自分の兄が座っていた場所に転がるように移動する。まるで片桐が不幸を運んでくる使者でもあるかのように怯えた目を向ける。

「こっち来んなよ!」
丈太郎も怖くなり、抱きついてくる佐野を押し除ける。半分パニック状態の佐野はそうすれば霊が落ちるとでも思ってるのか、丈太郎の腕のあたりにしきりに身体を擦り付けてきた。
「痛い!」
結果的に山本さんが向こう側の壁に押しつぶされる形になる。丈太郎は慌てて身体を張るも、佐野に押されて身動きが取れない。山本さんの腕や太ももが自分の背中に触れるのを感じながら、片桐に助けを乞う。

「落ち着け佐野!」
片桐に引き離され、佐野は隣のカップルのベンチシートまでゴロンと転げる。
「すみません!」
男のほうに睨みつけられ、片桐は佐野を立たせると逃げるようにフードコートを出た。後から二人のリュックを持って丈太郎と山本さんが追いかける。

 しばらく歩いていると佐野も落ち着いてきたらしく、
「先輩、もう離して」
と腕を振り払った。
四人は商業施設の二階から外に出た。そこは広いイベントスペースのようになっていて、植え込みと一体型になったベンチが等間隔に設置されていた。なかなか空いている場所が見つからず、四人は渡り通路のあたりに並んでもたれかかった。

「パニックが一番ダメだ!」
丈太郎はやつれてぐったりしている佐野に声強く言う。
「だって先輩が変なこと言うから!」
「ごめん……」
片桐も反省したらしく、申し訳なさそうに佐野を見ていた。
「山本さん、怪我してませんか?」
「うん。大丈夫」
丈太郎はホッとする。

「片桐くん、レイトがもう死んでるって……。もしかして、佐野くんに憑いてた死霊がそうってこと?」
山本さんは神妙な面持ちで片桐を見た。
「なんですか? 死霊って……」
丈太郎は初めて聞く話に不安を覚える。自分が知らない話題を二人が共有していると思うと、胸の辺りがモヤモヤしてくる。

 それを察してか、片桐はなんでもないことのように軽い調子で言った。
「山本さんに、昨日の帰りのバスの中で僕の霊視能力について一通り説明したんだ。その話題の中で佐野に憑いてる死霊の話もして……。あっ。でも死霊ってのは気がついたらいなくなってることが多いし、あまり深刻に考える必要もないからさ。ほら、丈太郎も佐野もビビリだから必要以上に怖がると思って、あえて言わなかった」
「じゃあ、ずっと心の奥にしまっといてくださいよ」
ブスッとして佐野が言う。
「そのつもりだったんだけど、その死霊がレイトだったんだもの、言わないわけにはいかないだろ」

「レイトもアンナも亡くなってる……ってことね」
「こんな展開、想像できなかったな」
丈太郎は天を見上げた。上空は風が強いのか、白い雲が悠然と流れている。ふと、目の前から遠ざかってゆくレイトの青いミニクーパーが眼裏に蘇ってきた。ああ、これはニナの記憶。急いでるなレイト。傷つけてしまったアンナを心配して……。

「二人は一体どこに消えたんだ?」
佐野はため息混じりに言うと、その場にしゃがみ込んだ。
「私、レイトの家を捜索してみる。さっきはじめさんに見せてもらった住所、確かこの近くよね」
言うが早いか、山本さんはスマホで住所地から単身用賃貸マンションの画像を見つけると、また一瞬のうちにアクセスした。

 いくつかの画像を記録したと思われる山本さんの表情が、あからさまに陰っていた。
「なにか、分かりました?」
「うん……。ちょっと、また佐野くんを怖がらせちゃうかもしれない」
「やめて!!」
言いながら、佐野は丈太郎の足にしがみついた。
「佐野くん、もう覚悟を決めろ! しっかりと立て!」
丈太郎は佐野を抱き起こして、制服のベルトをガッチリと掴んだ。佐野がここまでフラフラになるのを初めて見たような気がする。

「パッと見える部分では特に変わったことはないわ。どこかに二人の遺体が転がってるとか、そういうことはない」
山本さんの言葉に、三人はホッと胸を撫で下ろす。
「二部屋あって、一部屋は寝室、もう一部屋……ダイニングキッチンね。ここが作業部屋になってる。結構綺麗に整頓されてて掃除が行き届いている感じ。でも、作業台の上には埃が白く溜まってる」
「長らく足を踏み入れていない……ってこと?」
片桐に、山本さんは「うん」と頷く。

「それから……」
山本さんは重大発表をする前のように、佐野の顔を見て言い淀む。
「やだ!」
過剰反応する佐野。
「大丈夫、俺が支えてる!」
丈太郎は佐野の腰にしっかりと腕を回すと、目だけで山本さんに先を促した。

 山本さんは静かに頷き、ゆっくりと口を開く。
「作業台の前の壁に……。佐野くんがいる」
「へ?」
「さっき見せてもらった美少女コンテストのときの佐野くん。横を向いてる顔とか微笑んでる顔とか、トロフィーを持って立っている姿とか……。そういう写真が壁に何枚も貼られてるの」
「ち……」
ちょっと! と言いたかったのだろうが、佐野は言葉を失いそのまま丈太郎にもたれかかってきた。

「大丈夫だ、支えてる!」
丈太郎が言いながらよろめいていると、片桐が反対側に回って佐野の腕を掴んだ。
「ありがとうございます、先輩」
片桐は唇だけで笑う。

「山本さん、なんで俺なの?」
聞き取れるギリギリの声量で、佐野は山本さんを見た。半分魂が抜けているような顔だった。
「それは、私には分からないけど……。でも、佐野くんの美少女姿は満場一致でグランプリを取れるほどだったんでしょ? 実際に私も目を奪われてしまったし。性別を超越している魅力というか、なんかこう……人の本能の奥深くに働きかけてくるただならぬ躍動というか……」
「山本さん、そういうの求めてない」
「あっ! ごめんなさい」
山本さんは慌てて口をつぐんだ。

「レイト、来るなって言ったのに来てたんだな。───あいつの目、すっげえ嫌だった。しつこく絡みついてきて全然離れない感じ。なんて言うんだ……。本当に気色悪いってやつ」
言っている途中で文句の相手がもうこの世に存在しないことを思い出したのか、佐野は力無く言葉を切った。

「私の想像でしかないんだけど、レイトは佐野くんと出会ったこの一年間、ずっと満たされない想いを引きずっていたんだと思う。相手は男の子で同級生の弟で、しかも未成年。レザークラフトの工房を始めたはいいけどうまく集客ができず、鬱々として、昔の知り合いを頼って営業みたいなこともやらなくちゃいけなくて───。そんなときに、目の前に汚れを知らなそうな美しい少女が現れた。一瞬で心を奪われた。けど、そこは決して踏み入ることは許されない領域。苦しくて苦しくてどうしようもなくて、でもそこから逃れるすべもなくて……。衝動に駆られ、何度か佐野くんの姿を見るために高校の近くで待ち伏せもした。でも、あの美しい少女の面影はどこにもなくて、ひどく落胆して……。そんなときに出会ったのがアンナだった。美少女の佐野くんにとてもよく似た大人の女性」
「山本さん……」
佐野は唇を噛み締めた後で、覚悟を決めたように尋ねた。
「それ、山本さんの想像じゃなくて事実でしょ? もっと色々なこと視えてるんだよね。写真以外にも……」

「うん……。今、レイトの手記のようなものを見てた。この人、すごく詩人的というか、なんて言うか……。私たち、レイトの酷薄な部分だけに焦点を当てて単純に悪いやつだと思い込んでたけど、ちょっと不器用なだけだったのかもしれない」
もちろん、ベルへの暴力は何があっても許せないけどね、と山本さんは語気を強めた。

「ってことは、アンナが死んだのもベルとニナの幸せが壊れたのも、全部俺のせいなのかな」
佐野の目には濃い疲労の色が滲んでいた。
「全部佐野くんのせい? んなわけないだろ!」
丈太郎は全力で否定した。
「だって、俺が美少女コンテストになんか出なかったら、レイトは俺に心を奪われずに済んだんだよ。アンナに俺を投影して執着することもなかった。今頃、革のキーホルダーの新作出来ました〜! とか呑気に言ってたかもしれねえじゃん。アンナだってあの借家の酔っ払いに啖呵切るのに疲れて、ベルとニナ連れてもっと環境のいいところに引っ越していたかもしれない。結婚してたかもな。ベルは可愛いおリボン付けてドッグラン走り回ってさ! ニナはそんな二人に囲まれてニャーンって言いながらお魚ピューレ食べてさ!」

「落ち着け、佐野!」
片桐が佐野の腕を引っ張る。佐野は驚いたように片桐を見る。
「君の美少女姿を見て勇気をもらった人のほうが圧倒的に多いと思うよ。レイトのように、どうしようもない心の葛藤に苦しめられるケースなんてレア中のレアだよ。それに、レイトとアンナの出会いは偶然だ。君が責任を負わなければならないどんな理由がある?」
「俺の美少女姿に勇気をもらうって、そんなの……」
「うん。今のは言い過ぎた。勇気をもらった人、満たされない愛に溺れた人、嫉妬した人、嫉妬の嵐の中で落胆した人、嫉妬で惨めな思いをした人、嫉妬の感情に気づいて直視できなかった人、本当に沢山の───」
「圧倒的に嫉妬したやつが多いってことですね!」
「確かに女子とか来場者はキャーキャー騒いでたけど、男子はみんな冷ややかだったな。まあ、俺はお前のことは作品としてしか見てなかったけど」
丈太郎はカメラを構えるそぶりをした。

「僕は、ずっと君に嫉妬してたよ」
片桐の言葉には一切の澱みがなかった。
「だって、なんでも持ってるしね。心を許せる幼馴染も、度胸も、自由も、勇気も。綺麗な女の子に変身してみんなの心を良くも悪くも動かして。ああ、そういえば勉強を見てくれる優しい優しいはじめちゃんもいる。全部自分のせいだなんて自惚れることもできるくらい、君は満たされてるんだ」
「なんですかそれ!」
佐野は声を荒らげる。
「先輩だって、色々持ってんじゃん! みんなが羨むようなもの全部揃ってるくせに全部無駄にして! 俺は、先輩みたいな生きかたまったく理解できないんだよ。なんでもっと……」
「ちょっと! 喧嘩になるならここでおしまいにして」
山本さんが遮る。

 片桐は我に返ったように謝罪を口にしたが、佐野は未練がましく「いいんだ。どうせ、俺が魅力的すぎるせいだから」とブツブツ言っていた。丈太郎は片桐の口から「嫉妬」という言葉が出てきたのを意外に思った。佐野のためを思って言った言葉だったことは間違いないが、そこには確実に片桐の本音も含まれていた。あそこまでタガが外れているのはどうかと思うけど、確かに、片桐先輩みたいな性格の人からしたら、佐野くんは自由奔放で羨ましく感じるんだろうな。

 夏の炎天下にそろそろ耐えられなくなってきた。今日はまだ風を感じることができるが、やはり日差しは強い。示し合わせたように四人の足は屋内に向かう。
「さっぱりしたものが飲みたいわね」
「賛成」
今度は絶対にコーラを買う。口の中でビリビリと泡立つコーラの刺激をイメージして、丈太郎は束の間の幸福に浸った。



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