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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第37話)#創作大賞2024


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「さっそくだけど、私が透視した映像と丈太郎くんが見たニナの記憶の照らし合わせをやりましょ」
山本さんの声にハッと我にかえる。今はアンナのことに集中しよう。
「まずは玄関から。丈太郎くん、大丈夫?」
「はい」
「さっき丈太郎くんから聞いた話をもう一度まとめるわね」
そう言いながら、山本さんは「玄関」と書いたノートのページにペンを走らせてゆく。


  • 薔薇の花束と小箱に入った革製キーホルダー

  • どちらも玄関に叩きつけられる

  • アンナがキーホルダーを踏みつける

  • ニナが車とベルを追いかけたとき、玄関戸は全開になっていた


「昨日透視したときもそうだけど、薔薇の花束も小箱もキーホルダーも玄関には落ちてないわ。それに、全開になっていたはずの引き戸が今はちゃんと施錠されている」
「じゃあ、確実にアンナは一度、レイトに乗せられて家に戻ってきてるってことでいいね。花束やキーホルダーはアンナかレイトが片付けた……」
片桐が言うと、山本さんはコクリと頷いた。
「じゃあ、次は車ね」
山本さんのペンが「車」のページに移動する。


  • 青のミニクーパー

  • レイトの所有車


「もう一回よく視てみる」
山本さんはそう言ってゆっくりと瞬きする。
「ああ……。キーホルダー発見」
「え?」
どの瞬間に透視したのだろうというくらい一瞬の出来事だった。時間の概念に縛られないと言っていたが、丈太郎にはどういう仕組みなのかまったく想像がつかない。

「でも、車のほうにかけてあるキーホルダーはちょっと日に焼けてる。アンナが踏み付けたものとは多分別物だわ」
「刻印のようなものがあったと思うんですけど、視えますか?」
「ええ」
山本さんはノートの空いている部分にキーホルダーの絵を描き始める。雫型で下の方に四角形をスライドさせて四つ並べたような模様。中央に「R」のイニシャルが彫ってある。

「R……。レイトのR」
片桐が呟く。
「小箱もそうだけど、これ既製品じゃなくてハンドメイドっぽいわね」
「あれ、なんかまた既視感……」
いや、ちょっと待って! うわっ鳥肌……!!

 突然佐野が取り乱し、椅子ごと後ろに転倒しそうになる。片桐に支えられすんでのところで持ち堪えるが、自分が転びそうになったことなどまったく意に介さず、リュックの中をガサゴソやり始めた。ずっと、うわっ怖い怖い怖い……。とゴニョゴニョ言っている。

「どうしたんだよ」
丈太郎は佐野のリュックの上に手を置いた。それを振り払い、今度は死ぬ死ぬ死ぬ……と繰り返す。
「まずなにが怖くてなにが死ぬなんだ!」
「あった!」
そう叫ぶ佐野の手の中には、透明な袋に入れられた革製のキーホルダーが握られていた。ついさっき山本さんが描いた絵と同じ形、同じ刻印。

 丈太郎はゾッとして言葉を失う。片桐も山本さんも同じだったようで、すぐには誰も口を開けなかった。
「なんで佐野くんがそれ持ってるんだよ!」
やっとのことで声を出す。心臓が止まって口だけで生きているような気分だった。
「もらったんだよ!」
「誰に?!」
「ああ……嫌だ!」
佐野は力尽きたようにテーブルに突っ伏した。

 おい! と丈太郎と片桐が身体を引き起こそうとするも、佐野はテーブルの淵にガッチリと指を引っ掛けてテコでも離れようとしない。これは佐野が落ち着くのを待つしかない、と片桐とアイコンタクトを取って、手を離した。

 しばらくすると、佐野は平静を取り戻したようだったが、なにも語らず黙々と兄に奢ってもらったポテトを口に頬張り始めた。
「喉詰まらせて死ぬつもりか?!」

「願わくば!」
右手でポテトをつまみながら、左手はリュックの中から皺くちゃになった茶色の紙袋を引っ張り出している。袋を乱暴に振ると、中から大量の革製キーホルダーが出てきた。ざっと十はある。
「やだ……!」
さすがの山本さんも悲鳴のような声を上げた。

「どういうことなのか説明してくれ。なんで佐野くんがこれを持ってる。しかもこんなにたくさん」
「配って欲しいって頼まれた」
「誰に?」
「多分、レイトだと思う……」
言いながら悲鳴を堪えるように、佐野は両手で口元を押さえた。

「お前、レイトと面識あるの?! ちょっと待って。状況が掴めない!」
「山本さんちに向かうバス停で話したあいつだよ!兄ちゃんの大学の同級生!」
「……!」
聞いた途端、丈太郎も全身の毛がザワザワと震えるような寒気に見舞われた。
「他愛のない話をしたって言っただろ。それがこれ」
佐野はテーブルの上に積み重なったキーホルダーの山を丈太郎のほうに押しやる。

「レザークラフトの工房を始めたんだけど、宣伝力がないから協力してほしいって言われて、こんなに大量に押し付けられた」
「え? で、なんでまだ佐野くんのリュックにあんの? もう一年も前の話だろ?」

「なんで俺があんな視線で犯してくるようなやつに協力しなくちゃなんねえんだよ! 兄ちゃんだって困ってた。ただ知り合いってだけで友達でもなんでもないのに、あいつ、兄ちゃんにも大量に宣伝用のキーホルダー置いてったんだ」
「捨てりゃあいいじゃん!」
丈太郎は目の前にあるキーホルダーの山を佐野の前に戻す。

「捨てるのもエネルギーいるんだよ!」
ああ、そうだ。佐野くんは片付けができないタイプだった。丈太郎は幼馴染の部屋が衣服や漫画本、空のペットボトルで溢れていたのを思い出す。中学生の頃、今持っているリュックとは別のやつの底の部分から強烈な臭いを発する液体が滴り落ち、教室中がパニックになるという事件があった。食べずに放置していたバナナとみかんが腐敗して袋を突き破って漏れ出てきたのだった。確か、佐野に好意を持っていた奇特な女子がテニスの部活の時に差し入れしてくれたものだ。もらったことももらったシチュエーションも全て忘れていて、その上に色々重ねて入れるからこういうことが起こる。

「じゃあ、はじめさんに聞けばもしかしたら、レイトの家の場所が分かる?」
片桐は、はじめがいるほうに視線を向けながら尋ねる。
「多分分かるんじゃないですか?」
佐野はショックが癒えないのか、どこか投げやりだ。
「彼女さんには申し訳ないけど、ちょっとこっちに来てもらいましょ」
山本さんは立ち上がると、はじめのいるテーブルのほうに歩き出した。

 山本さんの後に付いてやって来たはじめは、どこか浮かれていた。丈太郎は心の中だけでツッコミを入れる。高校教師がJ Kにホクホクするなよ! この新米エロ教師!
「なになに、俺になんか訊きたいことがあるんだって?」
「まあ、座って」
丈太郎ははじめの腕をやや強引に引っ張って、自分の隣のベンチシートに座らせた。これなら山本さんをはじめの視界から隠せる。

「このキーホルダー覚えてる?」
弟の気だるげな問いに、はじめは「ああ……」とすぐに反応する。
「レイトのだな」
テーブルの上から一つを持ち上げ、
「まだ持ってたのか? 別に捨てちゃってよかったのに」
と弟を見る。

「なんで捨てなかったんだろ……。ダリい」
「あいつ、知り合いという知り合いに、手当たり次第にこれ持ってって自分の工房の宣伝頼んでたらしい。自分には拡散力がないからって。俺も何人かには配ったけど、段ボール一箱もとても捌き切れないから処分しちゃったよ。でも、これがどうかしたのか?」
「レイトの連絡先とか住所とか知らない? 知ってたら教えてほしい」
「なんで?」
「まあ、色々と訊きたいことがあってさ」
「あんまり関わり合いにならないほうがいいタイプだぞ。エネルギーを吸い取られる」
「要件が済んだらあまり深入りはしません」
山本さんが言うと、はじめは急に柔和な表情になり、「それならいいんだけどね」と山本さんに向かってニッコリする。丈太郎は顔を割り込ませ、ニッコリで返す。

 はじめはコホンッと軽く咳払いをして、取り出したスマホを操作する。
「フェイスブックに連絡先が公開されてたはず……。ほら、これ」
覗き込むと、「革工房R e i T o:A」という名前と、四つのスライド四角形にRマークのプロフィールアイコンがあった。限定公開されている住所地は、この大型商業施設からすぐの場所にある単身用賃貸マンションだった。

 最後の投稿はゴールデンウィーク初日だ。新作らしき革財布が載っている。アンナとの諍いがあった日がゴールデンウィークの最終日あたりと考えると、それ以降ぱったりと投稿が止まっている。

 はじめがスクロールする画面に一瞬青い物体見えて、三人同時にストップ! と声を上げていた。
「これ、青のミニクーパー!」
投稿文には「無事納車しました!」の文字があった。投稿日は四月五日になっている。レイト本人も車体と一緒に写っていたが、サングラスをかけていて顔がよくわからない。

「レイトさんってどんな顔をしてるんですか?」
今のところ、レイトの顔を知っているのは佐野とニナの意識にアクセスした丈太郎だけだった。山本さんに尋ねられ、はじめは意気揚々とフォトアプリを開く。

「痩せてて青白くて、ちょっと目が冷たい感じの男だよ。確か大学のときに撮った写真があったはず……」
日付検索で学生時代のレイトを見つけ、はじめは「これは短髪だけど、今はもっと伸ばしてるはず」とみんなに見せる。その瞬間、片桐が息を飲み込む音が聞こえた。
「どうしました? 先輩」
丈太郎に向けられた片桐の目は怯えた子犬のようだった。
「いや、あの……」


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