見出し画像

【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第36話)#創作大賞2024


★第35話はこちら



★第1話はこちらから






 食べ終わると、丈太郎はニナの記憶の一部始終を順を追って説明した。アンナと大家の大人のやりとりを説明するときは、空気を読まない佐野が「触るってどこをだ?」と執拗に訊いてきて、今食べ終えたばかりの唐揚げを戻してしまいそうになった。多分おっぱいとか尻とかそこらへんだろ……。と耳打ちすると、佐野はやっと納得してくれた。山本さんの前でマジでやめてほしい。

 丈太郎は、片桐の口数が少ないことに気づく。さっきから相槌しか打っていない。不思議に思ってさりげなく顔を覗くと、目の縁が赤くなっていた。あれ……。なんか、泣いてた? 訊こうか訊くまいか躊躇していると、それに気づいたのか、片桐は慌てたように急に話し出す。
「ニナの記憶が正確なら、アンナは病院に連れていかれたってことになるね」

 ついそこまで出かかっていた言葉をすんでのところで飲み込み、
「でも、あの傷、致命傷な感じはしなかったですよ。傘の先も尖ってはいたけど、肉を貫通するほどの凶器って感じじゃなかったし。俺が見た限りではちょっとぱっくりいっちゃったみたいな……。ほら、表面の傷ってそんなに深くなくても血ドバドバ出てくるじゃないですか。それでパニックになるみたいな」
丈太郎は答える。

「じゃあ、なんでそんなぱっくり程度でアンナは死んだんだ?」
佐野は首を傾げる。
「レイトに連れ去られたことが直接の死因じゃないってことかしら」
と山本さん。
「あっ!」
丈太郎はハッとして声を上げる。みんながビクッと肩を上げた。
「急に大きな声出すなよ!」
「いや……。俺、大事なこと見落としてた」

 丈太郎はニナの記憶をもう一度思い出す。アンナを乗せたレイトの車。ニナが追いかける頃には遠く小さくなっていたが、あれは青い車だった。

「レイトの乗ってた車は青い車! 青です! 青!」
「え?! それってアンナの家に停まってたあれ?」
山本さんに丈太郎はうんうんと強く頷く。
「それって要するに、どういうことだ?」
佐野は混乱したように頭に手を当てた。
「一度戻ってきてるってことじゃない?」
と片桐。

「つまり、ニナの記憶が正しいなら、レイトはアンナの傷の処置のために本当に病院に行った。丈太郎が感じたように、致命傷になるような傷ではなかった。だから、処置を終えたアンナを乗せて、レイトはちゃんと家まで送ってきたんだ」

「じゃあ、その後は? なんであそこにレイトの車があるんですか? ベルがアンナとはぐれたのはもう二ヶ月以上前のことですよ。つまり、レイトがアンナを病院に連れて行ったとしたら二ヶ月以上経ってるってことです」
腑に落ちないという顔で、佐野は片桐を見る。

「仲直りして、あそこに車を停めて海外旅行に出かけたとか?」
ベルやニナがいなくなっているのにあり得ないか、と片桐は撤回する。いったいレイトは車を二ヶ月以上も放置して、どこに行ってしまったのだろう。アンナの死因が傘のひと突きじゃなかったとしたら、ほかになにがあるのだろう。考えれば考えるほど分からなくなってくる。

「ねえ、もう一度アンナの家を確認してみない?」
山本さんの言葉に男三人は同時に「え?」と身を引いた。またあの場所に行くと想像しただけで気が引ける。
「あ、大丈夫。直接行かなくても私には視えるから。ただ、二キロ圏内には移動しないと」
「ああ、なるほど……」
佐野が安堵する。

 バスに乗って向かったのは、アンナの家から一キロの場所にある大型商業施設のフードコートだった。休日とあって混雑している。家族連れが帰り支度を始めるテーブルの近くに立って、席が開くのを待った。もっと集中できる場所探しますか? と丈太郎が心配すると、山本さんは笑って「大丈夫よ」と言った。

 壁にくっ付いたベンチシートに丈太郎と山本さんが並んで座り、向かいの椅子に片桐と佐野が座った。
「ちょっとコーラ買ってくる」
佐野が財布を持って立ち上がる。
「先輩方は?」
「私はお冷で大丈夫」
「僕も」

 丈太郎は本当はなにか甘いものが飲みたかったが、朝片桐がブラックコーヒーを飲んでいたのを思い出して、ここでジュースを買ったら負けだと自分に言い聞かせ、聞かれてもいないのに「俺も水」と答えた。佐野はあっそ! と言い捨てるとさっさと行ってしまった。

 丈太郎が片桐と一緒にセルフサービスの水を汲んで戻ってくると、
「いくつか映像が集まったわ」
山本さんはこの短時間のうちに透視をしてしまったらしく、バッグからノートとペンを取り出すとなにやら書き始めた。

「視たままをうまく説明できるか分からないけど、丈太郎くんがニナの意識から持ってきた映像と照らし合わせていけば、疑問点が浮かんでくると思うの」
ノートを覗くと、「玄関」「車」「リビング」と書いてある。さっき丈太郎がニナの意識の中で連れて行かれた場所だ。

 Lサイズのコーラの他に、なぜかビッグサイズのフライドポテトを持って佐野が戻ってきた。
「あっちに兄ちゃんいた。友達と一緒だって言ったら奢ってもらった」
と嬉しそうにフライドポテトのボックスを指差す。
「はじめちゃん? うそ、どこ?」
「向こうの一番端の席」
「え、久しぶりに会いたい!」
はしゃぐ丈太郎に、
「ダメ、彼女とデート中。これから映画行くんだってさ」
と釘を刺す。

「彼女?! それは顔を見ないことには……」
「そういうことすると、後で怒られるの誰だと思う? 俺だよ俺」
「佐野くんなんていくらでも怒られればいいじゃないか」
丈太郎が佐野の制止を振り切って歩き出すと、山本さんと片桐も後に従った。
「おい、やめろって!」

 はじめと会うのは一年ぶりだった。三回目のチャレンジとなる教員採用試験の一週間前に、お守りを渡しに行った。一人っ子の丈太郎にとって、はじめは頼りになる兄のような存在であるのと同時に、憧れの存在でもあった。常に人生のお手本として意識のどこかにあって、なにか判断を迫られるようなとき、はじめならどうするだろう? と考える癖が自然と付いていた。

「はじめちゃん!」
丈太郎は子供のように飛び跳ねながら、背後からはじめの肩をポンッと叩く。
振り返ったはじめは「おおうっ!」と持っていたコップの水をこぼしそうになりながら笑みを返してきた。

「ジョウ、久しぶり!」
佐野とは対照的に、はじめは筋肉質な体型をしている。丈太郎が筋トレを始めたのははじめの影響だった。今かけている眼鏡のブランドも真似しているし、成人したら同じようにおしゃれな口髭も蓄えようと思っている。

「元気だったか?」
「うん! はじめちゃんは? 学校慣れた?」
「まあな。デートできるくらいには心の余裕が出てきたよ」
そう言いながら彼女を紹介してくれる。小柄で色白の真面目そうな人だった。以前の交際相手を知っているが、まるっきり真逆のタイプだ。

「丈太郎も好きな子とラブラブになったって聞いたけど」
「なっ……!」
丈太郎は咄嗟に佐野を睨みつけた。佐野は知らんぷりを決め込んでいる。怖くて山本さんのほうを見れない。

「はじめまして」
片桐が一歩前に出てくる。
「この人が例の片桐先輩」
片桐が口を動かそうとするよりも早く、佐野が矢継ぎ早に言う。
「ああ。教育学部受験するんだってね」

「佐野くん、もしかして俺たちのこと全部はじめちゃんに話してんの?!」
丈太郎は呆れた。
はじめは可笑しそうに笑うと、
「夕食の間中聞かされてるし、なんならこっちが次の日の授業準備してても構わず横で口動かしてるよ」
と弟を見た。

「まあまあ、そこはね。みんな話題の宝庫だから」
兄ちゃんは片桐先輩の志望大OBだから、受験対策とか色々訊いたらいいよ、と総ツッコミされる前に佐野は話題を変えてくる。流れではじめとアドレス交換することになった片桐は、どこか嬉しそうだった。

「ところで、そちらの方は?」
はじめの目が山本さんに向けられる。
「だから、この人が丈太郎のラブラブの相手だって」
佐野が言い終わるより早く、はじめは「えー!」と天地がひっくり返るような声を上げた。
「嘘だろ?!」
「ちょっと、それどういう意味?」
丈太郎は眉をしかめる。

「だって、ものすごい美人さんじゃないか。俺はてっきり片桐くんの……」
「兄ちゃん! そこから先はNGワード。口をつぐんで」
丈太郎は一番気にしているところをつっ突かれたような気分になった。

 しばらく他愛もない話で盛り上がったあと、ポテトのお礼を言って自分たちのテーブルに戻った。なんとなく腹の奥が重だるい。はじめの反応が想像以上に応えたのだということに気づく。

 確かに自分はイケメンなんて言える部類には属していないし、おしゃれだって面倒だし、コンタクトレンズを付ける度胸もない。けど、あんなに驚くほどか? いや、違うな。片桐先輩が隣にいたのがよくなかったんだ。人間には先入観ってものがある。……あれ、そう言えば俺って山本さんからちゃんと「好き」って言葉もらったことあったっけ……。いや待て、俺自身ちゃんと面と向かって告白してないじゃないか。ああ、くそ! 全部嫌になる!



#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門


★続きはこちら


サポートしていただけたらとっても嬉しいです♡いただいたサポートは創作活動に大切に使わせていただきます!