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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第33話)#創作大賞2024


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 バス停に向かいながら、最初に口を開いたのは佐野だった。
「なんか、すげえ既視感……」
記憶を手繰り寄せるように、眼差しが遠くに向けられている。
「あの酔っ払いほどあからさまじゃないけど、俺、前にも誰かにS高のことで絡まれたことあるわ」
「佐野くんは顔が生意気だから仕方ない」

「あれなんだったっけ……。普通の会話だったんだけど、その人の表情とか声の感じがすっげぇやな感じがして、こういう大人にだけはなりたくないって思ったとこまでは覚えてるんだよな……」
佐野は丈太郎を無視して、必死に思い出そうとするも途中で断念した。
「分からん!」

「いずれにしても、酔っ払いの挑発に乗ってはダメよ」
星来がそう言うと、佐野は困ったように眉を八の字にして、
「あれは思わず口から出てしまったから仕方ないんですぅ」
と、まるで自分のせいではないような口ぶりで言った。

 バス停に着いてしばらくすると、ずっと静かだった片桐が口を開いた。
「あのさ……。佐野って去年の文化祭女装したよね」
会話が飛躍しすぎて、一瞬空気の流れが止まる。
「なんですか急に」
「美少女コンテストで二位に圧倒的差を付けて優勝してたよね」
「すごいリアルな言いかた……」
丈太郎が笑いを噛み殺す。

「美少女コンテスト?」
星来が首を傾げると、片桐が説明した。
「S高文化祭恒例の、男子生徒による美少女コンテスト。H高はない?」
「H高は……。仮装行列でクラスごとに完成度を競うみたいなのはあったわ。その中でアニメの美少女キャラの仮装をしている男子はいた」
「S高の美少女コンテストは外部からカメコが来るくらい一部のマニアには有名なんだ。それで予選を勝ち抜いた女装男子が学年からそれぞれ選出されて───。去年の優勝者は佐野だった」
「へえ! すごい」
星来は感嘆の声を上げた。

「その時の写真、今持ってる?」
「多分あると思います」
丈太郎はスマホを取り出してスクロールする。
「あったあった」
そこに写っていたのは、ショートボブの髪に大きな百合の花飾り、真紅の着物からほっそりしたうなじをあらわにした柳腰の艶やかな少女だった。

「ウソ、これが佐野くん?!」
衝撃がやばい。思ったより大きな声が出てしまった。
「あ、でもこれ、俺が少し加工してるんです。こっちが加工なしバージョン」
丈太郎が見せた加工なしバージョンは、コントラストとハイライトをいじっていた最初の写真よりもやや淡白な印象はあるものの、余命いくばくもない薄幸の美少女感があって、むしろこっちのほうが星来の好みだった。

「これ、うちのクラスの保護者にブライダル関係の人がいて、わざわざプロのメイクアップアーティストに頼んで仕上げてもらったんですよ」
「何回も練習で駆り出されて、俺すげー嫌だった」
「よく言うわ。超ノリノリだったくせに」
丈太郎がからかうと、佐野はムキになって否定した。

「で、この美少女がどうしたんですか?」
改まって丈太郎が尋ねると、片桐はみんなの顔をゆっくりと見回した後で静かに口を開いた。
「アンナにすごくよく似てる」

「え! アンナってこういう顔なんですか?!」
イメージの中のアンナとだいぶ違っていたらしく、丈太郎は驚きの声を上げる。
「ベルの背後に立っているアンナを視たとき、どこかで見たことのある顔だなって思ったんだ。でも、あのときは分からなかった。さっきの大家の言葉で、あ! って思って……」
切れ長の目元とか唇の感じとか瓜二つだよ、と片桐は佐野を見る。

「俺も思い出した!」
佐野はハッとしたように人差し指を立てた。
「S高のことで絡んできた奴、兄ちゃんの大学のときの同級生だ!」
「ハジメちゃんの?」
と丈太郎。
「そう。あのとき俺、兄ちゃんびっくりさせてやろうと思って、リハーサルでやった美少女メイクまだ落としてなかったんだよ。兄ちゃん帰ってきた音したから、ウィッグ被ってリビングに降りていったんだ。そうしたら、大学時代の同級生ってのが一緒にいてさ……。一瞬やべぇって思ったけど後に引けなくて、その格好のまま挨拶して少し話もした」

佐野はそのときの光景が鮮明に甦ってきたらしく、開ける必要のなかった蓋を開けてしまったような後悔の色を全身に貼り付けていた。
「俺、視線で舐め回される経験初めてだった」
「なんだそれ?!」
丈太郎が過剰反応する。
「そこは思い出させないでくれ……」
「自分で始めたんだろ!」

「とにかく、兄ちゃんが自慢げに言ったんだよ、俺の弟S高生なんだって」
「はじめちゃんって佐野くんに対して昔から親目線だよな」
「年八つも離れてるからな」
そう言う佐野の声からは、兄に対する敬意のようなものが感じられた。一人っ子の星来には分からない感覚だ。

「そうしたらその同級生、急に顔色変えてさ。色々言うんだよ。君頭いいんだねとか、自分もS高に行きたかったんだけど家から遠いから断念したとか、今は◯◯市に住んでるから今なら余裕でS高通えたのにとか……。遠巻きに自分もS高行ける頭脳があるんだってことを誇示してくるんだけど、話題が変わっても気がついたらまたその話に戻ってんの。さすがの兄ちゃんも嫌になって、話題に上げたの後悔してたな」
「うわっ……。きついな」
「だろ? 文化祭も絶対見に行くとか言ってきたから、絶対見に来ないでくださいって断ってやったよ」
「それもきつい」
「ってかさ、さっきの酔っ払いもだけど、俺たちがS高行くためにどれだけのものを犠牲にしてきたかとか、そういうところにはまったく想像力が働かないんかな……」
佐野の声には一抹の寂しさのようなものが含まれていた。

 県内随一の進学校であるS高やH高に子供を入れるために、親は幼少期から我が子に英才教育を施す。結果的に教育費を十分に賄える家庭の子供が集まりやすい構図が出来上がっているため、一部で冷ややかな目を向けるものがいるのも事実だ。

 彼らは分かっていない……と星来は思う。S高やH高に入るまでも戦いなら、そこから先にも苛烈を極める世界が待っている。僅差のところでランク付けされ、息次ぐ暇もなく自己の向上に努めなければならない。趣味を楽しむとか旅行に行くとか、そんな余裕のある生徒がどれだけいるだろう。

「佐野くんはさ……。塾行ってないよな。言うほど犠牲にしてるもの、ないよな」
「そうなの?」
片桐が驚きの目で丈太郎を見る。
「こいつ、別名偏りのある天才ですから」
理系は授業や教科書の内容で一瞬で理解できるらしい。ただ、文系がからっきしダメらしく、受験勉強は高校の英語教師である兄に付きっきりで見てもらっていたとのことだった。

「お兄さん、高校の先生なんだ」
片桐の目がパッと明るくなった。
「そうなんです。はじめちゃんって言うんですけど、佐野くんとは真逆の性格ですっごく優しくて、すっごく包容力があって」
「お前、信頼してた人の正体が鬼だと知ったときのショックとか想像付かねえだろ! 俺はあの受験勉強で兄を失ったんだ」

「一度会ってみたいな」
「ダメです」
佐野はピシャリと言う。
「私も会ってみたい」
「山本さんならいいですよ」
「なんで僕だけダメなんだよ」
片桐は不満そうに顔をしかめる。
「先輩はなんかなぁ……油断ならないんだよな」
片桐が口をつぐむと、佐野はケラケラと笑いながら冗談です、と言った。

 バスが来た。乗り込むと、そこからは星来の家の近くの停留所で降りるまで、誰も口を開かなかった。



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