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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第43話)#創作大賞2024


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 あのとき、話すより実際に見てほしいと言われ、戸惑っているうちに直接頭の中に映像を送り込まれた。レイトの視覚で見る世界は古いフィルム映画のようにザラザラしていてどこか不安定だった。

 雨の降り頻る夜の道を青のミニクーパーでどこかに向かっている。興奮と不安で徐々に荒くなっていく呼吸。待ってろ待ってろ……とずっとうわ言のように口の中で繰り返している。

 着いた場所はアンナの家。車を停めるが早いか、助手席に置かれた上着の下から何かを取り出した。ゆっくりと目の位置まで持ち上げられたそれは、小ぶりの鉄のハンマーだった。覚悟を決めたように震える両手で握りしめ、一つ大きく頷いた。
バタンッと運転席のドアを閉める音。ビチャッビチャッと濡れた砂利の道を足早に歩く靴の音。

「レイト、それでなにをするつもり?!」
不安に駆られ、片桐は思わず声を上げた。
「許さない!」
レイトは答えず、玄関戸を乱暴に引き開けた。
「ダメだ! そんなこと……」
アンナの頭上にハンマーを振り下ろすレイトの姿を想像し、片桐は悲鳴を上げそうになる。嫌だ……。これ、本当に最後まで見せられるの?!

次の瞬間、目に飛び込んできたのががっちり体型の男の背中で、片桐は面食らった。てめえ! と叫びながらハンマーを振り上げ、レイトは男の背中に振り下ろした。しかし、男の 反応のほうが寸分早かった。腕を掴まれ、揉み合いのようになる。ハッとして足元を見ると、アンナが虫の息で倒れていた。殴打されたのか、顔や体が所々赤黒く腫れ上がっている。

「アンナ! 逃げろ!」
必死に叫ぶが、アンナにその声は届かず、痩せ型のレイトはがっちり体型の男に簡単にねじ伏せられてしまった。ハンマーを奪われ、首を絞められる。男は我に返ったように動かなくなったレイトを見下ろしていたが、やがてことの重大さに気づいたのか、喉からか細い悲鳴のような声を漏らした。片桐は、その男の顔をよく知っていた。

「え……。誰ですか、その男」
丈太郎の声はすっかり怯え切っている。山本さんは口を両手で押さえたまま固まっていた。
「午前中、会ってる……」
片桐が言うと、佐野が
「やめてくださいよ!」
と叫びながら仰け反った。

「もしかして……」
丈太郎がゴクリと唾を飲み込む。
「それって、大家じゃないですか?」
なぜかドキッとしてしまう。みんなが固唾を飲んで片桐の反応を待っている。
「うん」
頷くと、再び鮮明な映像が甦ってきた。

 殺害された直後のレイトの視点は、先ほどよりもやや上にあった。大家はしばらくアンナのソファに腰を下ろして頭を抱えていた。破けたヨレヨレのTシャツの腹の辺りに血が滲んでいる。目を凝らすと、それは歯形だった。状況からしてやったのはアンナに間違いない。意地でも喰らいつくアンナの姿が見えるかのような酷い咬み傷だった。あまりの激痛に耐えられなくなり殴打した……というのが経緯だろうか。

 アンナはどこかのタイミングでレイトに助けを求めた。だから、レイトは恋人を救うために、鉄のハンマー───おそらくレザークラフト用の工具───を持って雨の中を急いだのだ。しかし、迎えたのは最悪の結末だった。

「俺、なんか……。アンナとレイトが今どこにいるのか分かっちゃったかもしれません」
丈太郎は声を震わせた。
「午前中、大家の犬とあの魔女みたいなお婆さんの犬がずっと臭い臭いって騒いでいたんですよ。犬って人間の何万倍も鋭い嗅覚を持ってるって言うじゃないですか。もしかしたら、俺たちの感知できない強烈な臭いを───たとえば腐敗臭とか───感じ取っていたんじゃないですかね」
「ちょっと確認してみる」
山本さんはそう言うと、ゆっくりと瞬きを繰り返した。わずか数十秒。一瞬眉がピクっと動いただけで、表情にはほとんど変化がない。

 軽く唇を噛み締めた後で、山本さんは三人にゆっくりと視線を送った。
「視えましたか?」
丈太郎が尋ねる。
「うん……。いた」
その声には脱力と絶望とわずかな安堵が漂っていた。



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#ファンタジー小説部門


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