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「自分で選んだものはますます良いものに思える説」を検証したらわかった意外な事実

つい最近の買い物のことを思い出してください。なぜそれを選んだのかと聞かれたら、それはもちろん「その商品が自分にとって良い(良さそうな)ものだから」ですよね。

でも、「良いものだから選ぶ」のとは逆に、「自分で選んだからこそ良いものに思える」ことってありませんか?「いい買い物をしたなぁ」とか「やはりこれにして正解だった」とか、自分に言い聞かせるようにホクホクすること、けっこうあると思います(私はあります)。

同じものを誰かから与えられたとしても、悩んだ末に自分で選んだときほどにそれを気に入ることはないと思いませんか?この差って一体、何なのでしょう?

そこで本稿では、自分で選ぶことでますます良いもののように感じる現象(ここでは「選択によるブースト効果」と呼ぶことにします)について、それは本当に起こることなのか、そして起こるとすればそれはどんな条件で起こるのか、心理学の実験で検証してみました。

好きな紅茶を自分で選んで味見する実験

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「若者の紅茶の嗜好性に関する調査」という名目で、私が所属する大学の学生を対象に実験参加者を募集しました。参加を表明してくれた50名ほどの学生たちには、後日一人ずつ実験室に来てもらいました。実験の手順は以下のとおりです。

① 紅茶のティーバッグ 9種類(図1)を参加者に提示して、飲みたいものを一つだけ選んでもらう
② その後、実験者がランダムにティーバッグを一つ選び、それについても飲んでもらう旨を伝える
③ 参加者が選んだ紅茶と実験者が選んだ紅茶を一つずつ順番に、クリアカップに入れて提供し、それぞれを飲みながらおいしさや味わいの評価をしてもらう

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図1 参加者に提示した9種類のティーバッグ

こうして参加者は、自分が選んだ紅茶と実験者が選んだ紅茶の二つを飲んで評価するわけなのですが、実はこっそりある仕掛けがしてありました。カップに入って運ばれてくる紅茶は、二つとも全く同じものであったのです。しかも、その紅茶は選択肢の中には含まれていない、全く無関係なものです(写真にあるDEAN & DELUCAですらありませんでした笑)。

なんだか、悪い大人が純粋な学生たちを相手に意地悪をしているように見えるかもしれません笑。

しかし、参加者がどんな紅茶を選んだとしても、飲んで評価する二つの紅茶の味が完全に同じになるようにすることで、自分で選んだと思っているかどうかの違いが紅茶の味の評価に及ぼす影響を、直接的に検証できるのです。

補足: 興味深いことに、この仕掛けに気づいた参加者はほとんどいませんでした。これは単に「大学生は紅茶の味がわからない」ことを示しているのではなく、「人間は食物の味をセンサーのように味わっているのではない」ことを示していると私は考えています。「味わい」や「おいしさ」の心理的側面についての話は非常に奥深くて面白いのですが、長くなるためまた別の機会に紹介したいと思います。

さて、参加者たちは、自分で選んだと思っている「自己選択」の紅茶と、他者によって選ばれたと思っている「他者選択」の紅茶を、それぞれどのように評価したのでしょうか?

実験結果: 紅茶のおいしさ評定値の比較

参加者たちの評価データを集計し、自己選択と他者選択の紅茶それぞれに対するおいしさ評定値(100点満点)の平均値を算出しました。その結果は以下のとおり(図2)。

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図2 二つの紅茶に対するおいしさ評定値の比較

参加者たちは、実際には全く同じ紅茶を二回飲んでいるにもかかわらず、自分で選んだと思っている紅茶を他人に選ばれたと思っている紅茶と比べて「よりおいしい」と感じていたことがわかりました。何度も言いますが、二つは全く同じ紅茶ですよ!

他者選択の紅茶と比べると、自己選択の紅茶のおいしさ評定値は8点(12%)ほど高く、またこの得点の差は、統計学的にみても有意な差(偶然によるものとは考えにくい差)であることを確認しました。

この結果は、飲料のおいしさにおいて選択によるブースト効果がたしかに生じたことを示しています。

実験結果: 選択によるブースト効果が生じる条件

この現象をより詳しく理解するために、さらに実験を進めました。

先ほどの実験では、9種類の紅茶のティーバッグを選択肢として参加者に提示していました。続く実験では、3種類のティーバッグあるいは12種類のティーバッグを提示し、同様の手順で試飲と評価をしてもらいました(図3)。つまり、提示する選択肢の数を操作してみたのです。

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図3 選択肢の数の操作

少ない種類よりもたくさんの種類から選んだほうが、自分の選択に対する思い入れが強まりそうで、選択によるブースト効果がなおさら生じそうですよね。そんなことを期待しながら、実験結果を分析してみました。

ところが、そのような予想とは裏腹に、選択によるブースト効果は選択肢が9種類であった場合には生じるものの、それよりも少ない3種類あるいは多い12種類であった場合には生じないことがわかりました。

はたして、この結果は何を意味しているのでしょうか?そもそも、選択によるブースト効果は一体どうして生じるのでしょうか?

適度に豊富な選択肢から選ぶ満足感

選択によるブースト効果が生じるしくみについては、すでにいくつかのがあります。しかし、ブースト効果が3種類条件でも12種類条件でもなく、9種類条件だけで生じたという今回の結果は、「少なすぎず多すぎない、適度に豊富な選択肢から主体的に選ぶ満足感」がおいしさ体験に上乗せされることで生じたと私は推測しています。

少し専門的な話にはなりますが、人間を含む様々な生物には「自ら選択をすることで主体的に環境に働きかけたい」という生まれつきの欲求がある、というがあります。そのため、選択ができるということは、それ自体が私たちにとって良いもの・望ましいものとして感じられるというわけです。実際、「選べる〇〇!」といった売り文句をよく耳にしますよね。

ですから、今回の実験のように同じものを味わう場合でも、それを「自分で選んだ」という場合には、そうでない場合に比べて、選択したことによる満足感がその体験に上乗せされる分、より良いものとして感じられる可能性があります。

しかし、これには例外もあります。

私たちが何かを選択するときのように、頭の中であれこれと情報を処理するとき、作業記憶と呼ばれるシステムが忙しく働いているのですが、このシステムが一度に処理できる情報の量には限りがあります(一説には、7±2個分のまとまりまで)。

そのため、選択肢の数がそれを超えてしまう場合、それらの選択肢について十分な知識や経験があるわけでもない限り、頭はパンク状態になってしまいます(おしゃれなレストランのワインリストを見て思考停止した経験はありませんか)。このような状態では、自ら主体的に選択しているという満足感は得られにくくなってしまいます。

かといって、今度は選択肢の数が少なすぎても、「他にもっと良いものがあるんじゃないか」「自分が好きな〇〇がなかった」といった具合に、良い選択ができたという実感が得られにくくなってしまいます。

したがって、選択という行為による満足感をその後の体験に上乗せするためには、人間の情報処理容量を基本としつつ、選択肢に対する選択者の知識や経験の程度、そのときの認知資源(頭を忙しく働かせて考える余裕)の有無など、様々な観点からみて適度に豊富な数の選択肢を提示することが必要だということが考えられます。

豊富なメニューに潜む落とし穴

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私はこの知見を、飲食店におけるメニューの設計や提示の仕方に役立てることができると考えています。

たとえば、ワインの品揃えが自慢のお店等では、時として暴力的な数のワインからなるリストを目にすることがあります。30種類近くあるんじゃないかというそのリストを眺めながら、「この造り手のこのヴィンテージがうまいんだよね」なんて涼しい顔で選ぶことができたら、さぞかしカッコイイですよね。

でも、長年の経験や知識がない限り、それらの膨大な情報を前に頭はパンク寸前です。

それでもなんとかして良さそうなものを選び、実際にそれが思い描いたとおりの味であれば問題はありません。しかし、過剰な選択肢を前に頭を悩まされるような状況では、自分で主体的に選んだ実感は得られにくく、選択によるブースト効果は生じにくいでしょう。

これはつまり、「おいしい」が「うん!おいしい!」に変わるチャンスをみすみす逃してしまうことを意味しています。

補足: 膨大な品揃えをアピールすることで顧客を惹きつけるという戦略もあるとは思います。ただし、「ジャム理論」という不名誉かつ不適切な名前で呼ばれるようになった有名な研究では、スーパーの店内に24種類ものジャムを陳列した場合、6種類のみを陳列した場合と比べて買い物客の関心をひきつけるものの、実際の購買数は6種類の陳列だった場合のほうが多いことがわかりました。やはり、多すぎる選択肢は選択をかえって妨げてしまうのです。

メニューの提示の仕方を工夫する

では、メニューの豊富さをいかしつつ、食事客にうまく選択してもらうためにはどんな工夫ができるでしょうか。

一つの方法は、豊富な選択肢を一度に全て提示してしまうのではなく、大きなカテゴリから小さなカテゴリへと段階的に提示していくということです。この好例として、私が好きでよく飲みに行っている福岡は博多の名店・住吉酒販さんを紹介させてください。

このお店の角打ちメニューでは、日本酒は「さわやか」「すっきり」「はなやか」「やさしい」「どっしり」「ごちそう」という、6種類からなる独自のカテゴリのみが示されています(図4)。飲みたいカテゴリを一つ選ぶと、そのカテゴリに含まれるお酒の瓶を店員さんが5〜6本ほど取り出してくれて、その中から飲みたいお酒を一つ選ぶ、というしくみです。

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図4 住吉酒販さんの角打ちメニュー

つまり、本来であれば膨大な数であろうお酒の選択肢を、作業記憶で処理できる程度の小さなまとまりとして段階的に提示することで、食事客は無理なく主体的にお酒を選ぶことができるのだと考えられます。そのためか、私はいつも気持ちよくお酒を楽しませていただいています。

もちろん、選択者がその選択肢(この場合は日本酒)について熟練の経験と知識がある場合は、最初からありったけの選択肢を提示してもよいでしょう。十分な経験と知識、そして考える余裕さえあれば、選択者は自らカテゴリ分けをすることで選択肢を絞り込んでいくことができます。

しかし、そうでない場合には、住吉酒販さんの例のように、段階的に選択肢を提示していくことが望ましいでしょう。

結論です。それが飲食であろうと他の商品・サービスであろうと、ターゲットとする客層の性質を考慮しながらメニューや製品ラインの数、そしてその提示の仕方を設計していくことが最も望ましいと考えられます。

まとめ

今回の実験でわかったことは以下のとおりです。

たとえ同じものであったとしても、それを自分で選んだ場合はそうでない場合に比べてより良いものに感じることがある(選択によるブースト効果)。ただし、選択によるブースト効果は、選択者にとって少なすぎず多すぎない、適度に豊富な数の選択肢から選んだ場合にのみ生じる。

以上、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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今回紹介した私の研究論文は、以下から無料でアクセスできます。
(論文ではカレーを使った実験もしています笑)

今回は説明できませんでしたが、認知的不協和(とその低減)によって、自分で選んだものがより良く思えるという側面もあります。

選択による環境への働きかけが、生物の生得的な欲求であるという説についてのレビュー論文です。


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