やはり旅は一人に限る【DAY2】【暗黒イール真実】
二日目、朝8時30分。我々はパシフィコ横浜にいた。
一部のnoteユーザーの間はミーム汚染によって堕天使の根城だと認識している。詳しくはお望月さんへどうぞ。
さて今日はなにしに来たのかていうと、法王ダライ・ラマが今日から3日間、ここで説法を行うからだ。こん回はこれがあったから日本に来れたと言っても過言ではない。
開演はまだ半時間あるが、既にいっぱい並んでいた。ライブなど大型活動の経験がないおれはやや圧倒された。周囲から日本語、中国語、韓国語などの話し声が聞こえてくる。
「凄いね、ちゃんと列になって並んでる」「これが凄いのか?」「そうよ。インドに行ったときは皆互いを押し合っていながら入場したの」「へー」
両親は熱心のブディストであり、父がいた頃は何度もカナタやインドに赴いて法王のスピーチを聞いてきた。日本では参加人数が五千もいるとこ聞いたが、みんな秩序を守ってスムーズに入場できたこと母さんが感心したようだ。席に着いたおれは冊子をバラバラめくった。さて、これからはどうするかな?
おれは宗教的な人間ではない。むしろ最近は母に仏教の活動や儀式に連れて行かされたことで嫌気が差し、アンタイブディズムになりがち気分すらある。これに関するnoteを書いた。
だから最初はこっそり抜け出すか、イヤホンでエロ音声聞きながらやり過ごす(大不敬)かと考えていたが、配られた冊子の一ページ目がおれの目を奪った。
これがチベット文字の般若心経だ。クールだろ?チベット文字が好きだわ。なんか稲妻?苗木?カモメ?みたいな形で、それが羅列になると迸る神秘と魔術感、最高にかっこいい。これは重要な資料だ、大事に取っておこう……そしたら隣の人と母さんが急に立ち上がり、合掌した。何があったと思えば、舞台の左側から、ダライ・ラマがボディーガードと僧侶たちに支えられながら、ゆっくりと舞台の中央に着席した。最前列にものすごい人数が集まってスマホを構えている。
座ったままだと目立つため、おれも立って合掌した。法王ダライ・ラマ、高齢でありがならその顔色がよく、頭は会場のライトを反射してよく光った(不敬)、表情は柔らかく、もし法衣を纏っていなかったらどこでもいるおじいさんみたいな感じだったが、その端正な姿から漂わせるカリスマは本物であった。仏教に反感を抱いていたおれですら好印象を持った。
ダライ・ラマは基本チベット語で話すが、同時通訳によって日本語、韓国語、ロシア語、モンゴル語、英語、中国語に訳されるため、聞くだけなら問題なかった。法王の話はあまり堅苦しくなく、テックが爆発的に成長する現代において宗教のあるべき姿と科学による仏教哲学の解訳をなど、けっこう面白かった。そして11時30分。
『あっ、また半時間もあるけどもう今日の部分を全部話しちゃったよ。でも一部の宗派の方々は午前に昼食を済まさないといけないという教義もあるし、今日はここで切り上げようか。皆さん、お疲れ様』
早く講義を終わらせて下校させる教授だ!ありがたい!
おれも含めて全員が起立し、拍手しながら法王を見送った。
◆蛇◆
「法王の話、良かったね」「まあ、思った以上面白かった」
通訳機を返済したおれたちは外に出た。いい天気だ。
「昼ごはんは何をたべたい?」「んー、わたしはなんでもいいよ。アクズメくんが決めて?」
またこれかよ。まあいいわ。昨日は飲みに行く途中でよさげな店を探しておいた。
「天ぷらでも食べようか?」「いいね!」決まったな。
今日訪れるのは、関内駅付近の天ぷら料亭「天吉」だ。ドアをくぐるとすさまじい海鮮類をフライした油の臭いが襲ってきて、食欲をそそる。
「二名様ですか?二回のお席へどうぞ」
ウェイトレスに導かれ、おれたちは二階の個別室に入った、サラリマンの男女ふたり組と同席だ、ちょっと気まずい。熱いおしぼりをありがたく頂き、おれは母にメニューの説明をした。
「野菜天ぷらランチがあるよ。これにしない?」
「そうね……でもエビぐらいなら食べてもいいと思う」
「エビなら、天丼とえび天ランチがあるけど、どれがいい?」
「じゃえび天ランチで」
「了解。じゃあおれは……」
そしてその時、スペシャルランチのアナゴ天丼ランチが目に入った。
アナゴ、ウナギと同じく、日本においてポピュラーの細長い魚。
つまりイールだ。
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遠い昔、中東アジア、とある森で。
「やべえ、やべえよ……!」
ブラックマンバは全身を筋肉を漲らせて走っている。ブラックマンバと言えば世界一の毒性を持つ蛇で知られている。これほどの猛獣が今、やべえと言いながら何者から逃げている。一体何があったのか?
「やべえよ……人間を堕落させようとリンゴを食わせたら、真っ先に『蛇は食える』の知識を入手したなんて!」
「アウロロロウ!」
奇声をあげながら、ダッシュしてくる者がいた。彼女は蛇革で出来たブラジャーと廻しだけを身に纏い、ブラックマンバを追っている。褐色の肌にしなやかな筋肉が浮かび、手足を動かす度に玉のような汗が滴る。まるで女ターザンだ。
「やべえ!」「アウロー!」
女ターザンはブラックマンバに追いつき、しっぼを掴んで持ち上げた。
「おのれ!猿に食べられてたまるかよ!おれさまの毒液をくらえーっ!」ブラックマンバは口を大きく開き、毒牙を剥き出し女ターザンに噛みつこうとした。
「アウロー!」「アバーッ!」
しかし女ターザンはブラックマンバの鎌首攻撃が放たれるより早く、チョップでその首を刎ねた!女ターザンは未だに血が噴き出てる蛇の切断面を口に含んで、両手で器用に皮を剝いた。
「よし!」皮をベルトみたいに腰に締めて、剝かれた蛇を肩に担いで、女は帰路に就く。
「ただいまー」「おお、お帰りイブちゃん。収穫はどうだった?」
Edenの園に帰ったイブに、蛇革の廻しを着た男が迎えた。
「デカイ蛇獲れたよ」「へーまた蛇かー」「なによ、そんな顔しなくてもいいじゃない。リンゴと蛇以外の食べ物知らないしさ」「わかったよ、すまんなベイベー」
二人はハッグして軽いキスを交わした。
「めしにしよう。火は起こしておいたよ」
蛇を受け取り、男ーーアダムはそれをS字に曲げて、串を刺し焚き火で炙った。
「でも流石に毎日リンゴと蛇は飽きちゃうよ、お父さんはあれからなにも話してくれないし」
「もう次のリンゴに希望を託すしかないか……」
一日で一個収穫できるEdenのリンゴ、つまり高純度知恵の実は、食べた者に知識を授けるが、どんな内容はランダム、つまりガチャなのだ。アダムとイブは蛇にそそのかされ食べたが、一個目で蛇は食えると知り、二個目で蛇の皮革の作り方を知り、三個目で革で衣服の作り方を知った。
「「ごちそうさまでした」」
食事を終えた二人はしかし、まったく満足していなかった。蛇の味は淡泊だからだ。岩塩やハーブをすり潰してかければ少しおいしくなるが、二人はまだそれをしらない。
「よう、お二人さん、元気でやってるかい?」
しんみりとした雰囲気に陥った二人に、人とヤギが混ざり合ったような姿の生物が声をかけた。
「ピーター!どこに行ってたんだ!もう二日もいなかったよ」
「ごめんごめん、ちっと外の世界を見て来た」
「外の世界……?」
彼の名はピーター。見ての通りヤギ人類である。
「でもお父さんは外に出ちゃだめって」
「あーやだやだ、お父さんはあれがだめ、これがだめって」ピーターは濃密な毛が生えた胸を掻きながら言った。「きみたちもいい加減にリンゴではなく自分の頭でものを考えるようになろうよ。大体お父さんはリンゴ食っちゃダメって言ったのに結局食ったじゃん」
「その言い方、ひどくない?私たちだって、がんばって蛇を狩って、皮をなめしたのよ」
「でも毎日同じことやってさ、本当にそれでいいの?このままばばあになるまで毎日蛇食って過ごすつもり?」
「うぅ……」
「随分と調子が良さそうではないか、ピーター」イブを守るように、アダムが会話を遮った。「では聞かせてもらおう。おまえが云う『外の世界』に何があったかを」
「おう、そのつもりだぜ」ピーターは焚火の側に座った。
「ここを出た俺は、まず南に行って、大きな水の溝がある場所に辿った。すごいぜ!ここの給水場と比べにならねえぐらい広いし、地の果てまで伸びている」
「「ワオ……」」
「俺はそこで、目が頭の両側にあった、鱗の皮膚を持った人間と出会った」
「なんと!僕らとピーター以外にも、人間がいたのか?」
「いたさ、たくさんね。おれは彼らからたくさんのことを教わった。例えばこれ」
ピーターはバンブーで出来た桶を持ち出した。
「お土産?わーいピーターありが、と……」歓声を上げるイブをしかし、桶の中身を見ると、笑顔が消えてテンションが下がった。「なんだよ。また蛇じゃんよ」
そう、桶の中に、黒くて長細いな動物が泳いでいる。見た目は蛇のまんまんだ。
「チッチッチッ、これだから田舎もんは……これは蛇ではない、イールという、魚だ。ほら、自己紹介しなさい」
「こんにちは、イールのトムと申します。よいっしょ」イールは鎌首あげて、頭部を桶の縁につけた、ちょっとかわいい。
「かわいー!」イブもそう言った。
「今回は、お二人さんに魚類のおいしさを気付いてもらうため、自己犠牲に参りました」
「気持ちはうれしいけど、蛇はもう、ゴリゴリなんだよな……」アダムはそう言い、自分の腹を叩いた。ブラックマンバの肉は筋肉質で筋が多く、消化が大変だ。
「さっきも言った通り、ぼくは蛇ではなく、魚類です。しかもその中でも最高の旨さで誇る種族です。騙されると思って、ぜひ食べてみてください」
「まあ、そう言われると食べないことはないけどな……」
「でもトム死んでしまうよ?本当にいいの?」とイブが心配そうに言った。やさしいね。
「覚悟の上です」トムは始皇帝の暗殺に赴く荊軻めいた表情でピーターを見た。「お願いします」
「うむ」調子者のピーターも厳めしい顔になり、トムを掴み、木の板に載せた、その手には短棒と骨針。「行くぜ」「はい」
ドン!針がトムの目を刺し、脳を貫いた。トムの体は数回跳ねて、動かなくなった。人道的クリーンキルだ。
「ひぇ……」「……」イブとアダムもトムの尊い犠牲を見届けるべく、無意識に正座した。
ピーターはドワーフから貰った金属でできたナイフでトムの腹を切り裂き、内臓を取り除き、骨を外す。
「すぅー」ピーターは深呼吸し、口に溜まった唾液を飲み込む。極度の集中状態だったのだ。額に浮かぶ汗を拭き、広げたトムの身に四本の串を刺し、焚火のに移した。ぱりっぱりっ、日の熱量がトムを炙り、脂の香ばしい匂いが漂う。
「すごい……蛇と全然違う!」「ふっふん、これだけではないぞ坊や」
ピーターはさらに普段ミネラル補充のため舐めていた岩塩ナイフで削り、トムに振りかけた。
「完成だ、これがイールのシロヤキという料理なんだよ」「「ワオー……」」
アダムとイブは焼き立て、熱気を浮かぶイールを見て、唾液を嚥下した。
「すっごくおいしそう!いただきまってえ!?」
イールを素手で掴もうとしているイブの手の甲を、ピーターが細い木の棒で叩いて制止した。
「こらこら、汚い手で料理を触るんじゃあない。だからいつまでも原始人のままなんだ」「うぅ……」
「だったらどうやって食べるというのだ、ピーター!」食魚衝動にかけられたアダムはやや興奮的になった。「頼むから教えてくれ、早く食べたいんだ!」
「さっき食べたばかりではなかったか?まあ、見てな」イールを着の板に戻し、ナイフで数段に切り分けると、ピーターはアダムとイブにさっきの木の棒を二本ずつ渡した。「これはチョップスティックていう、イールを食べるに最適なツールさ」
「チョップ?私得意だよ!シュッシューッ!」
とイブは空にチョップを振った。なんかかわいい。
「なるほど、この形なら……こうやって……出来たぞ!」
アダムはチョップスティックの先端でイールの断片を刺して、持ち上げた。
「ほうほう、初めてにしては上手ではないか」「そう使うんだ!よし、私も」
イブのアダムを倣ってスティックでイールを刺した。
「「いただきまーす!」」
と二人は同時にイールのシロヤキを口に入れた。ガプ……モニュ……モニュ……モグ。
「なに……これ……これなに?」「こ……こんな物が……」
「「チョーうまいっ!!!」」
「はは、そうだろ?このピーターさまの腕前と良くカニを食べて風味を養ったトムにかかれば、うまくないはずがない!」ピーターはそう言い、空を見上げた。(見ているか、トム。二人の嬉しそうな顔をよぉ)
「あっても、僕は……トムと食べると、ちょっと変だ」
「私も、なんか体が熱い……」
イブは顔が潮紅し、谷間とふとももの裏に汗が浮かぶ。そして。
「アダム!お股がっ!」「なに?げっ!?」
アダムの股間に、腫れあがったいちもつが!
「どどどどうしよう?おい、ピーター!これは何なんだ!?」
「知らねーよ!俺はが食べたことはそんなことなかったぞ!」
狼狽えるピーター!
「待って、アダム、落ち着いて」イブはアダムに抱きついた。「実前に食べたリンゴでこういう状況はどうすべきかわかった。私に任せて」
「待て、イブちゃん!何を!?」「じっとしてて」
訝しむアダムに、イブは果敢に顔を押し寄せ、またトムの残滓が残っている口でその唇を吸った。
「うむっ!?」アダムは最初に侵入してくるイブの舌を押し出そうとしたが、すぐさまその柔らかさと心地よさの虜になり、熱いディープキスを交わしはじめた。
「おい、どういうことだ?何が起こっている?アレか?俺の前でアレをやるつもりか?トムは死んだばかりだぞ!不謹慎だ!」
「ぷはー!そう、だね!ありがとう、トム、ピーター!」
「イールの料理はもう、見て、覚えたから、これから、毎日食べる!本当に、ありがとうね!」
二人のもつれあいが徐々に激しくなり、ピーターは居心地の悪さを覚えた。
「うっわっきっも!マジ無理……両親のセックスを見るより気持ち悪いわ……ああ……もう行くわ俺」
ピーターは二人から離れ、以降Edenに帰ることがなかった。イールの栄養で盛んだイブとアダムの間は子供が生まれ、霊長人類が繁栄する第一歩を踏み出した。そしてピーターとトムの形象が後世に伝わり、暴食と色欲を象徴する悪魔と言われたとさ。
◆魚◆
これがアナゴ天丼です。1400円。美味しかった。
「日本はお米までもおいしいね」「ああ、そうだな」
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