'95 till Infinity 057
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【 第3章: Legend / Myth / Summer of Death 002 】
階段を下り切った俺はドアへと向かう。ドアを出て左に行けば駅、そこから15分も電車に乗れば我が家だ。この時間なら、家に帰ってシャワーを浴びて酒を抜いて、家族で飯を食って子どもたちと遊ぶことだってできる。
ドアを開け、歩道に一段下りた俺は逡巡の後、自然と右に進む。
どこに行くかだって?
そんなもんは知らない、飲みに行くんだよ。
適当なパブを見つけ、中に入る。
カウンターに陣取るとすぐにウィスキー、次にウィスキー、続いてウィスキー。ロックグラスの中の氷がウィスキーを薄めることを許さずに俺はグラスを呑み干していく。
何杯目かのウィスキーを空にして、俺は休憩を取る。
手の中のグラスで溶け出した氷がからりと音をたてる。
カイロ・ジャワースキー、もう一人の亡霊。俺のもう一人の親友。
90年代後半のパース・スケートシーンが生んだ最大の伝説。
俺やトーニがスケボーを止めた後もあいつは滑り続け、大会で勝ち続け、海外のスケートチームのツアービデオにスポット出演をしてスポンサーに呼ばれ、東に引っ越して行った。
そこらへんにいくらでも転がっている小汚ぇガキから将来が約束されたトップアマへ。その華々しい軌跡は何も起こらない、何も変わらないこの街に慣れてしまった奴らにはただただ眩かった。
カイロは間違いなく最大のローカルヒーローだった。
カイロがどこかしらのスポットに現れるだけで、空気がぎゅっと引き締まるのを誰もが感じた。あいつがウォームアップを始めると、他のスケーターは視界の端で奴を追うようになり、本格的に滑りだすとほとんどの奴らは滑るのを止め、カイロのワントリック、ワンメイクを時折のため息や歓声を除いてはじっと見守った。
カイロはスキルよりもスタイルというスケーターだった。
カイロと同じ立ち位置に立つスケーターがちみちみと技のレパートリーを増やすのに必死な時に、ふらりと滑りにきたカイロは涼しい顔をして他の奴が考えつきもしないようなデカいトリックを次から次に決めていった。
他の奴らがテクニカルな小技を貧乏臭く披露している横でカイロは決して崩れることのない優雅なフォームで痛快にバシバシと技を決めていった。カイロのトリックの全ては他の誰よりも高く、美しく、安定していた。
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