小径章(こみち・あきら)

くさぐさのもの書くただのものぐさ。 ここには身辺雑記と過去の佳作、および2022年以降…

小径章(こみち・あきら)

くさぐさのもの書くただのものぐさ。 ここには身辺雑記と過去の佳作、および2022年以降の新作を投稿します。2021年までの過去作はこちら https://akira-komichi.tumblr.com/ ご感想お待ちしてます。

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  • 【現代語訳】樋口一葉「やみ夜」

    樋口一葉の「やみ夜」を1章ずつ現代語訳しています。週1のペースで更新できればと思っています。

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夜の観察

 夜というものの暗さが、まず第一に身体を包みます。とぷんと闇に身を差し入れて、全身を浸してみて、夜はとびきりの無音か、うだるような騒音にしゃかしゃかと降りしきられて、それが通過するか跳ね返るかで自分の身体に空いたきめの細かさを測りながら、ひとびとは縦横無尽に街を、それぞれの容積で歩き回り居座り、自分の穴からぷくぷくと夜空の方に浮いて出ていくあぶくの数々を、ここでは世迷いごとと呼びならわしています。  きょうも夕暮れと夜の境をわざわざ好き好んで、曲芸師みたいに腕を左右に延ばし、

    • 時はみなしご

      机上の空論を くるくる弄ぶ もしも願いが叶うなら いちばんに掃除用具を 飾り付けてやろう 目白駅の鼻白む景色は 弁証法とはほど遠い みな俯きがちに列車へ急ぐ ここから南へ行くと 焦土だとでもいうように 迷路は終わらない 空襲はいつも頭上に 予感が景色をひろげて くつろやかな陽射しに透かし見る彫刻 産みの苦しみ 産み育てられる苦しみと ふたつながらひとつに 溶け合って雲のした ああ時はみなしご いま海は荒れ

      • 休日

        小綺麗なしわぶきを 宙に散らす 落下する唾液の粒子が 外気に流れて おどけてみせる いま空は 絶望的に青い 言葉は重力に抗う 退屈は地べたに丸まって われ関せず

        • 交信

          きらびやかな鈍重さを瞬いて街を歩くかれらを すり抜けてあなたの声があたしに 軌跡は糸となって街を縫い そのたびかれらの歩行に断ち切られるのを あなたは構いもせずなおも声を どうしてそんな無謀にも 街を縫いつくし織り上げて 完全に静止させようとするかのように あなたは声を なおも声を あたしの耳殻はあなたの声に つけ根から巻きつかれ圧迫されて あなたの試みが完遂する前に 壊死してしまうことを望む

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        • 【現代語訳】樋口一葉「やみ夜」
          2本

        記事

          僕の過渡期

          過渡期にあって 収集しきれぬ群衆 それは内なる群衆 僕は都市 群衆のあるところには つねに孤独があるから 僕は彼らの あらゆる孤独を内包する 単一の狂騒

          いと屑

          喉元に絡まる糸屑が、ケッと咳込んでもなかなか取れないそいつが、僕の粘膜にじわじわと張りついてつい今しがた安らかな午睡に耽る。僕はといえば穏やかなある山の中腹をハイキングに出掛けて、わかれ道を前に呻吟ひとつしなかった。喉元のそいつは声帯がいっこうに振動しないことを不審がって、すこやかな眠りを覚まされてしまった。 「やい、いやに静かだね。こころなしか乾いた粘膜がくら闇のなか、静寂に晒されてキインとしているよ。おちおち眠れたもんじゃないや。きみは山の澄んだ空気のなかでヨーホーとでも

          存在理由(レゾン・デエトル)

          みつからない一瞬が 頭のなか たとえば追いかけていた猫を見失ったときの 頬をはたかれたような茫然のただなかに ふと閃くことがあるから きょうも期待と予期をひた隠し 押し殺し だれの目も届かない日常の奥深くで みつからない一瞬を待ち侘びる時間が ぴいんと糸を張る それに足をかけて かろうじて僕は立っている

          存在理由(レゾン・デエトル)

          朗読:夜の観察

          本文はこちらより。 https://note.com/akirakomichi/n/n4a11b278ae73

          朗読:葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」

          ネットで話題になっていたので朗読音声を投稿します。ちょっと噛んでるところはご愛敬、ってことで。

          朗読:葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」

          朗読:葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」

          交差点

           すみれは交差点に立つことを想像する。渋谷のスクランブルみたいに大きな交差点では意味がない、かといって田舎のさびれた、人のまともに通らないところでもないような、ちゃんと都市の血管として機能していてかつ見晴らしのきく、夕焼けがわりあいに似合う交差点、具体的にどこと言われるとよく分からないので、それはすみれのなかにある交差点の純粋なイメージ、すみれ的世界における交差点のイデアみたいな、そういう交差点のまんなかで立ちつくすことをすみれは想像する。立ちつくすうちは轢かれない。轢かれた

          仮面葡萄会

          仮面をかぶった老若男女がおびただしい葡萄の山をミサのように輪になって踏みしめ踏みしめ、足を取られた貴婦人がぐずぐずに崩れた葡萄に倒れ込むのをだまって粛々と輪になって踏みしめ踏みしめ、虫の息の最後の力を振り絞って掴んだ足首が死にかけの身体の埋没と同じ速度で沈んでいくのをみなうつむきつつ輪になって踏みしめ踏みしめ、マーチは二拍子、あるいは四拍子、ワルツを踊れないことに不満を覚えた老婦人の足取りが乱れてけつまづくのを夫の老爺は彼のすべての愛をこめて踏みしめ踏みしめ、愛の足音を聴きな

          息の湿り

          見知らぬ恐怖 ふり向けば何時のまにか 首筋で啜り泣く怯え 背筋に歯を立てる不安が 私の腕を痺れさせては 迂回しつづける声が 月のした 私を孤児に 手を延べて 宙で空を摑む 何度も 何度も 握りしめては月の光が 砂となってワンルームの フローリングの隙間に消えていく 私の声は ながく 私のものでなかった 喉から溢れ出た よそものの ガラクタばかり増えていく部屋で 今夜こそは 月影を淡く淡くはね返す 私の息だけを頼りに

          越日

          朝にはすべてが新しいというのはとうのむかしに捨て去った夢物語。100年生きたわけでもない人間にとってのとうの昔とはこれいかに、いかにいかに。搭の思想をひもときたい。とうとう凍結したトーテムポールのあおざめた創世神話がこころの奥底に喰い入っているという高らかな宣言にあのころは恐れおののけましたわね。タブーのないわたくしのこころやからだは単純刺激で簡単に簡明に即座に熟って頂戴、終電まで起きれました、記録を更新し続けていたあのころのあの夜たち、かたわらに誰もいないからその記録は記憶

          Harmful, Sinful

          ぼくはだれともつながってゆかない ぼくは有害 はーむふるはーむふる みかたしてくれない みなぼくからはなれるのは ぼくがゆうがいだから はーむふるはーむふる ごめんなさいとおもいます むごんではいられないので しかしだれともはなせませんので ひとりのへやのくうきにむかって ひとりくうきにあやまります 贖罪は ふかのうなのでどんづまり しゃざいをいくらならべても ぼくはよくなりませんので はーむふるはーむふる ごちそうさまでした贖罪 ふくれてはらがおもいので ねますがふてねとは

          二水の連続

          冷凍卵子の都市空間 どこまででも飛んでゆきたい 立心偏の傾き 阜偏の浸食に 脳天が困惑するわ 思考は鼻の上 額の真下の中空に くるくる対流して膿むので 錐で穴を あけて頂戴 以の一点で 突き刺さないで いつもそれは宙吊り を拒否する空中 の浮遊はいたく借りた猫 のように従順 なふりして不意に宙返り してみせてよいまや ひどく倦んだ右脚 寝転ぶそれを 貫いて劇的に 蹲らせて 至高 そばをすする行人偏が ゆき交う冷淡に目を遣る

          頬をなくす

          鬼神に頬を食い千切られて 水を飲めなくなってから 黒檀は黒さを増したし 空は原色で街を覆った 喜色は満面を塗り潰して 恋人の声は 何処にいても聞こえた 路面電車の がたごっとん と一緒に 世界も揺れるようになった 台所ですり潰した豆が 歪つでのっぺりした板のまま 腸壁にへばりつく音がした むかしの習い性で うっかり頬を掻こうとして じかに歯茎に触れたとき あわてて引っ込めた指が 食い千切られた断面にこすれたときには 遠くに越した友の切った爪が この部屋にまで飛んできて 床