いと屑


喉元に絡まる糸屑が、ケッと咳込んでもなかなか取れないそいつが、僕の粘膜にじわじわと張りついてつい今しがた安らかな午睡に耽る。僕はといえば穏やかなある山の中腹をハイキングに出掛けて、わかれ道を前に呻吟ひとつしなかった。喉元のそいつは声帯がいっこうに振動しないことを不審がって、すこやかな眠りを覚まされてしまった。
「やい、いやに静かだね。こころなしか乾いた粘膜がくら闇のなか、静寂に晒されてキインとしているよ。おちおち眠れたもんじゃないや。きみは山の澄んだ空気のなかでヨーホーとでも叫べばいいんだ。そうすれば僕の素敵なバイオリズムが眠りのなかで循環して、ふかくきみの粘膜をいとおしめるというのに」
僕は水筒に口をつけて、喉を二、三度、おっくんと鳴らしてやる。糸屑は粘膜の上でしっとりと濡れて、それきり鼾をぐうぐうかいている。

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