#ジャンププラス原作大賞#読切部門 2さんと3くん
僕は、3。
僕は学校一の人気者で、有名人だ。
困ってる生徒がいれば校舎の端まで飛んでいって相談に乗り、先生と話をつけて解決に導く「橋渡しのレジェンド」。
なんたって僕はクラスの学級委員で、生徒会長でもあるのだから。学級委員と生徒会長を兼任するのはけっこう大変なんだけど、3くん以外に誰がやるの? って顔をみんなしていたから、生徒会選挙に迷わず立候補したのさ。で、当然ぶっちぎりのトップ当選。
部活は軽音楽部と書道部とフィギュアスケート部に入ってる。(スケートリンクがある金持ち高校さ。そして自分で言うのもおこがましいけれど、僕は羽生結弦にも負けないイケメンなのだ)。軽音はもちろんボーカル担当。フィギュアの国体用のフリー曲として僕たちのバンド「WHITE DEMON」のオリジナル曲「この胸に蒼き楔を打て」を作成中さ。
どれも100%全力で活動してるよ。時間がなさすぎてフィギュアの衣装のまま、県展に出す書道の作品を書いてることもある。軽音やフィギュアのライブ後のサイン会も毛筆でしたためるのさ。書道やってると大人になってから交際に何かと役立つって、お父さんが言ってる。
部活や友達との付き合いを大事にしながら、勉強ももちろんガンバッテて、毎回、学年……2位を……保ってる。
2位、ですか?
……悪かったな。2位だよ。
そう。あの女がいつも、僕をじゃまするんだ。
教室のいちばん後ろの、窓のそばの席に座っている2さん。メガネをかけた、おさげ髪の、いかにもガリ勉って感じのブス女。休み時間とお昼時間はいつも誰ともしゃべらずに本を読んでいる。喧噪のなかそこだけだだっぴろい海のど真ん中みたいだ。
彼女が先生以外の誰か生徒としゃべっているのを見たことがない。ブスというだけでもきついのに、友達のいないかわいそうな奴。ブス、ガリ勉、ぼっち、全てそろった三重苦の女だ。
なに読んでるのか? 気になって窓を開けるふりをしてそばを通ってみた。横目でうかがったその本は、岩波文庫の新刊じゃなくて戦前に発行されたみたいな茶色い紙に、小っこい字がびっしり詰まっていて、しかもその字は「歴史的仮名遣い」だった。
なにこの女。スカしやがって!
僕も本をけっこう読むけれど、「歴史的仮名遣い」しか載ってない本は僕でも読んだことがない。表紙をちらっと見たら源氏物語だった。ハッそういやこの女の顔は平安しもぶくれ顔そっくりだな。
僕は源氏物語は受験対策として学級文庫にある「あさきゆめみし」しか読んだことがない。漢文はまあまあ好きだけど、古文は苦手なんだ。あのへなへなした文体を読んでると眠くなってくるんだよ。テストに出るのは普通の活字体だからまだいいけど、昔の巻物みたら文字と文字が繋がってるじゃねえか。これを昔の日本人が読めていたなんてなあ。英語の方がずっとましだ。
僕は勉強だけはこの女に勝てない。僕たちは理系クラスで数学や理科の理系科目は僕の方が上なんだが、文系科目も含めたトータルでは勝ったことが無い。
先生に「3くんいつもありがとう。感謝してるよ」と言ってもらったり、毎年女子から山ほどチョコレートをもらったり、友達と遊んでてすごく楽しくて幸せなときでも、このことが僕の頭の一部に小暗くこびりついて、剝がれない。
僕の狙ってる難関大学は、まあぶっちゃけ言うと東大だけど、理系でも2次試験に国語が出るのでおろそかにできない。苦手な古文も強化しなくちゃと思ってたところなんだ。それが、この女は一歩も万歩も進んでやがる……まさか、こいつも東大を狙ってるのではあるまいな?
ありえる! 僕たちは学年トップとNo.2だもの。この女と東大の学食なんかで出会って「あっ嬉しい、知り合いがいた」みたいな目をされたらと思うとぞっとする。
ああ、いやだいやだ。
「なんですか?」
2さんが僕を見上げた。つい、じいっと見過ぎていたらしい。
「ああ、いや……そういえば2さんはこの前の中間テストも学年トップだったよね、すごいね。どこの塾に通ってるの?」
「塾には行ってません。学校の授業と参考書だけで十分なので」
……なんだとう。塾に通ってても2位の、僕にあてつけたセリフだ。しかも同級生に敬語。スカしやがって!
2さんは超マイペースな子。文化祭の準備のとき、みんな大忙しで人手が足りなかったので看板にペンキ塗るの手伝ってってお願いしたら、
「すみません。用事があるので帰ります」
といって、さっさと帰りやがった。みんな夜遅くまでがんばってたのに。
そして文化祭の日は堂々と欠席した。
◇◇◇
僕が2さんにコンプを感じる理由は、まだある。それは、2さんが「素数のトップバッター」であるということ。僕だって素数だが、3である僕がトップになることは、永遠にない。
素数は、孤独な数字。
……そうだ。僕は本当は、孤独になりたい。
僕だって、マック寄ろうぜって誘われてもゴメン今日は帰るわって言ってみたいし、LINE来ても返事しないで寝たい。私、数学の425先生に嫌われてるみたいなんです。どうしたらいいですかって相談受けても、知るかただの思い込みだろ! って言ってみたい。
みんなのヒーロー、頼れるアニキな理想の自分で居続けることに、僕は疲れてる。
僕は……3であることに疲れてる。
だから、僕は……本当は、2さんをうらやましく思ってるのかもしれない。
他人にどう思われようと気にしない、本音を貫いてる彼女が。
2さんをみていると、なぜか自分が不幸に思えてくる。
3の宿痾を背負って生まれてきた自分が。
だがそれは、3として生まれた自分を否定することだ。
それは死よりも辛いことではあるまいか?
この女が存在する限り、僕は僕自身を受け入れることができない。
だから、僕は2さんを殺すことに決めた。
こんな理由で人を殺すなんて、バカげてると思うだろう?
でも、殺人の動機なんてたぶんみんな、ふわっとしたことなんだ。
◇◇◇
家を出る前、僕は台所の包丁を1本カバンに入れた。学校で1時間目が始まるまでの間に2さんの席に近づき、そっとメモを渡した。
「5時にゑびす屋の裏で待ってる」
ゑびす屋とは去年潰れた駄菓子屋で今は誰も住んでいない。ほとんど人が通らない場所にあるので、ことを起こすには好都合なのだ。
紙を渡してから、やべ、これって告白みたいじゃんと思ってちょっと後悔したけれど、そのまま自分の席に戻った。授業中そっと2さんを伺うといつも通りの様子。休み時間もいつもみたいに、本を読んでいる。
午後5時。ゑびす屋の裏に行くとすでに2さんが立っていた。
「ごめん、待った?」
「いいえ、今来たばかり……」
なんだか、下を向いてモジモジしている。
やべ、本当に告白と思ってるのかも。
僕は考えた。
2さんを殺してもし捕まったら……テレビ、ネットでは「17歳の闇」「優等生がどうして」とか騒がれるんだろうな。どうしてと言われても、僕自身もうまく答えることができない。それから、大学へ行けなくなるし、お父さんとお母さんにも迷惑がかかる。当然、社会からアウトされてしまう。それは嫌だな。何より作成中の「この胸に蒼き楔を打て」はどうなるのだ。どうしよう、やめとくか?
しかし、2さんの存在は僕という人間の存在理由を脅かすほど、強大なものになっていた。僕は気を取り直し、カバンから包丁を取り出した。そして、2さんの腹を刺した。
「3くん……どうして……」
2さんは両目を大きくみひらき、僕を見つめながら崩れ落ちた。2さんのおなかから血がドクドクと流れ、血の真ん中で2さんは小さく痙攣した。やがて痙攣がやみ、2さんはこと切れた。
2さんの命が消えたその瞬間、
2さんも、
3くんも、
13くんや725先生も、
学校も、校庭の桜の木も、
駅も
山も
海も
地球も
地球を遠く離れた
月も
冥王星も
アンドロメダ星雲も
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