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奇跡は自分で起こせる〜52歳。始まりの物語〜【前編】

あの夜、私のとなりには憧れの”その人”がいた。立場、距離、環境を超えた出会いは、もはや「奇跡」と呼ばせて欲しい。しかし、今となってはこうも思う。それは一歩踏み出したことで、自ら引き寄せた「必然」でもあった、と。50代、こんなものかと諦めるには、まだ早すぎる。


始まりはインスタグラムのストーリー

2023年11月17日(金)21:03

早々に布団にもぐりこみ、何気なく開いたインスタグラムのストーリー。

「明日18日 土曜日。21時から22時過ぎまで、
こちらのお店の一角をお借りして書籍を販売します。来ていただける方は、お知らせくださいませ」

コメントの背景には、スポットライトに浮かぶ一軒のお店。

このストーリーの投稿者は、タレントのAさん。彼女はこの秋、5冊目となるエッセイ「50歳。はじまりの音しか聞こえない」を出版していた。

Aさんの書く文章はいつも真っ直ぐで正直だ。同世代だからだろうか。彼女の悩みや葛藤はすなわち私の悩みでもあった。彼女が怒るとそれは私の怒りとなり、彼女が泣くと私も涙をこぼした。凹みぶつかりながらも、わずかな希望を見出し、前に進もうとする姿に勇気をもらう。

2000年代初めごろ、その姿はテレビのバラエティ番組にあった。顔を見ない日はないというほどの人気ぶり。ただ、いつも眉間にシワを寄せ、誰かに向かってキレる渾身の名ゼリフは、

「どこ見てんヨ!」

…キレるって結構体力がいる。

あれから20年。現在、50歳となったAさんは、タレントとしてテレビに出演するだけでなく、俳優として舞台に立ち、エッセイストとして本を執筆。ほかにも動物の愛護活動など、活躍の場を広げている。

いつだったか…。久しぶりに見た彼女の顔付きがまるで変わっていた。かつて、憤まんやるかたないと言わんばかりに硬くこわばっていた表情が(キャラであったにしても)すっかり和らぎ、穏やかで優しいものへと変わっている。キレまくっていたあの頃の面影は、どこにもない。

ジャッジすることをやめたのだと言う。誰のことも、もう否定したくない、と。今の彼女の視線の先にあるのは、他の誰でもない「自分自身」。私もまた、同じようにジャッジすることを手放していた。他人も、そして自分のことも。

芸能人と一般人という垣根を超えて、私は彼女に同志のような、あるいは仲間のような感情を抱いていた。

そのAさんが自書を手売りするという。彼女ほど有名な人が…と思わなくもない。しかし、以前なにかの取材で、”プライドの持ち方を変えた”と話していた。だから、自ら本を売ることに恥ずかしさや惨めさは感じない。むしろ楽しい、と。離婚やガンの克服、母親との確執などを経て、彼女はしなやかな強さを身に付けていた。

かたや、ライターを名乗りながら無用な完璧主義とちっぽけなプライドで原稿の”下書き”ばかりを量産している私。どうか、その爪の垢を…。なので、今回のストーリーを見た瞬間、「会いたい!」そう思った。(爪の垢はともかく)

しかし、”こちらのお店”とあるが、それ以上、詳細な記載もリンクもない。ただ、お店の一角を借りると言うことは、それとは関係のないお客さんも訪れるはず。あらぬ迷惑が及ぶ可能性を考え、ダイレクトに情報を伝えることを避けたのだろう。その配慮に彼女の人柄が滲みでる。そういう人なのだ。(もはや、知った風)

看板にある名前を頼りに住所を探す。あった! しかし、東京…。まぁ、それも当然だろう。なぜなら、彼女は現在「リムジン」という舞台に出演し、東京公演の真っ最中。東京を離れるわけにはいかない。書籍の販売が21時からというのも、夜の公演が終わってから駆けつけることを意味していた。

この舞台「リムジン」は、本来3年前に上演される予定のものだった。しかし、パンデミックの影響で延期となり、今回はそのリベンジ。私も!と思ったときには、大阪公演のチケットはすでに完売…しょんぼり。

Googleマップでそのお店の場所を確認すると、自宅からおよそ5時間弱。めっちゃ遠いな。21時の開始とあらば、日帰りは無理。1泊か…家族の顔を思い浮かべる。

父→パーキンソン病で長期の入院治療中(セーフ)
母→パーキンソン病で自宅介護中(アウト)
娘→訳あって1年前から人生の中休み。昼夜逆転中の23歳(ギリセーフ)
息子→高知県に独り暮らしの大学3年生(場外)
3匹の猫→私にべったりな甘えん坊と、昨年保護したものの未だひきこもっているおばあちゃん、あとは朝と晩にご飯を食べに現れる地域猫…三猫三様手がかかる(まとめてアウト)
オット→ASDで、家族への関心度0%の宇宙人(退場)

ぜったい無理やん…ブツブツごちながら、顔まで布団を引き上げた。

勇気を出してメッセージを送る

2023年11月18日(土)05:11

目が覚めたのは5時過ぎ。早い。これは50代あるあるのひとつ。夏場なら外も明るくパッと起きるのだが、この季節は暗くて寒い。布団の中で、昨夜のストーリーをもう一度見る。

【22時間】

あと2時間…。インスタグラムのストーリーは24時間すると、自動的に消える仕組みである。

”来ていただける方は、お知らせください”

今は開いている魔法のゲートも間もなく閉じる。意味もなく、スクショ。

猫にご飯をせがまれ、モゾモゾと布団から這い出る。お皿に入れてやると、”カリッカリッ”。顔をしかめながら、小気味良い音を立てて食べはじめた。かわいい。

(せめてメッセージを送るのはどうかな。行けもしないのに迷惑だろうか。いや、でもメッセージくらい…。)

そこへ「起きましたぁ〜」。のんびりとした母の声。もう一度布団に潜りたかったが、バレてしまっては仕方がない。すっかり細くなった身体を起こし、オムツを交換して着替えをさせる。ふぅ…。たったこれだけの行為が、今の私にとってはキツい。半年ほど前から痛みだした右肩のせいで、自身の着替えもままならない。いわゆる、五十肩。なのに、なんともせちがらい。

母に味噌汁とご飯に納豆、海苔にスクランブルエッグ、ヨーグルトを出し、食べ終わるのを見届けて、自分はコーヒーを飲みトーストをかじった。

06:28

投稿が消える少し前、意を決してメッセージ。

「はじめまして、関西在住のものです。(云々)今回はお伺いできませんが、応援しています」。長すぎず、重くなりすぎず…と考えながら何度も打ち直すも、小学生レベル。迷惑にはならないにしても、どこにも響かないであろうラブレター。だが、これ以上、下書きを増やすわけにはいかない。そっと送信マークを押す。

シュッ✈︎

紙飛行機は私の思いとは裏腹に、あっけないほどあっさりと飛んで行った。行ってらっしゃい。とりあえず、一区切り。仕事にでるための身支度をしよう。イテテテテ。

それにしても…。無法地帯のようなリビングである。一向に畳まれる気配のない山積みの洗濯物、出しっ放しのものが床やソファー、テーブルなど至るところに散乱し、猫たちの毛は団子になってフワフワ舞っている。近ごろ鼻水が止まらないのも、きっとこのせい。ロボット掃除機、5万円あれば買えるかな。なんでもいいから“右腕“が欲しい。 とりあえず、これ以上は放置できない。帰ったら掃除するか。

憧れの人から返事があった!

返事がきたのはバスを降りた直後。仕事場へ向かう途中のことだった。最初はまさか…と思ったが、有名人の証である【青の認証バッヂ】が輝いている。ドキドキしながら開いてみると、

「ありがとうございます。また関西でも講演会や舞台やりますので、その時は是非!」

本物だ! こんなことってあるのだろうか。いや、ネットってすごいな。まじか、嬉しすぎる。ありがたい…喜びを噛み締める。「お返事ありがとうございます」と返し、そのまま娘にLINE。「すごいことが起きた!」この時間、娘はまだ眠っている。分かっていたが、とにかく伝えたかった。

15:18

仕事を終え家に戻ると、玄関先には無印のリュック、いくつかのポーチ、スマホの充電器などなど…色々なものが並べられている。一体、ナニゴト? 2階から、パジャマ代わりのスウェットを着た娘がパタパタと降りてきた。

「東京、行っておいで。今すぐ出れば間に合うから。とにかく急いで、 早くっ!」

ポカンとする私に向かって、そう急かした。

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