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アコースティック再考

ピアノを弾くのが習慣になると、出張などで我がヤマハP 515に触らない日は不安な気持ちになる。そんな不安を街のレンタルピアノスタジオが解消してくれる。防音設備が整った自分だけの練習室で大音量のアコースティックピアノを弾くのは快感だ。数百円の違いなのでグランドピアノを選ぶのはいうまでもない。

まだ残暑が厳しい休日。秋葉原にあるピアノスタジオでヤマハグランドC5Xの前に座る。もちろん大屋根は全開だ。ショパンノクターンを弾き始めると鍵盤のフィールに気づいた。タッチ自体はP515に似ている、というよりP515が上手に再現していると言った方が正しいか。しかし決定的に違うのは指先に伝わる振動だ。羊毛のハンマーが鋼鉄の弦を叩く事で発生させる振動。これがピアノの音の正体なのだ。最後の和音はピアニシモ。左側のウナコルダペダルを踏む。頭ではわかっていても、鍵盤全体が右へ少し動くのに指を合わせるのが最初は難しい。

指先が振動を感じる感覚が残っているうちに再びグランドピアノを弾く機会が訪れた。ヨーロッパ出身で荻窪在住の友人の家で開かれたホームパーティーだ。ここにはロンドンからわざわざ日本にその持ち主とともに引っ越してきたヤマハG1コンパクトグランドがある。食事も終わり、皆がほろ酔い加減になった所で「ピアノ弾きます」宣言をする。人前でピアノを弾くのは小学生時代のピアノ発表会以来かもしれない。ノクターンに続いてショパンワルツ12番、締め括りはベートーヴェン月光1楽章だ。歌で緊張などした事ないのに、ノクターンを弾き始めてすぐにペダルを踏む足が震えているのに気づいた。曲を知らない人なら気づかないくらいのミスはあったが無事弾き終え拍手をいただいた。デビュー成功。

珍しく出張があった。今までの自分なら間違いなく夜は飲みだ。しかしこの日は大手楽器店のレンタルピアノ室まっしぐらだ。受付でグランドピアノはヤマハとディアパソンがあると言う。ディアパソンは国産の小さなピアノメーカーだ。確か現在はカワイに合併吸収されたはず。迷わずディアパソンを選び、練習室に入るとかなり年季の入った一台だった。きっと合併前のものだろう。弾き始めると鍵盤の重さ、というか硬さに気付いた。ヤマハのようにスッと下りない。ピアニシモを弾くのがぎこちなくなる。それでも5分も弾いているうちに不思議な事に気付いた。鍵盤を下げる力は同じでも、柔らかく優しく弾いてあげるとキレイなピアニシモになるのだ。合唱団でマエストロが常にピアニシモは音を小さくではなく、囁くごとくだか言葉は伝わる演奏と言っていたのを思い出した。シンギングトーン。音色が人間の歌のようなピアノの音を表す言葉。それに出会えたのだ。1時間があっという間に過ぎ去り、月光の最後の和音をウナコルダペダルを踏んで優しく弾くとなんとも言えぬエレガントで優しい音が響いた。自分の弾いた音に酔いしれる程だった。

アコースティック再考。前回の記事で電子ピアノの利点ばかり書いたがやはりアコースティックは素晴らしい。だが現実的にはグランドの大屋根を開けて弾くのは難しい。毎日の練習は愛するP515で、ここぞの時にグランドピアノというのは正解なのだろう。

さあ、街角ピアノデビューは近いぞ!

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