吉田アキ

創る人。表現する人。ふと思い出してジワッとする、また観たくなる、そんな感性の共鳴ができ…

吉田アキ

創る人。表現する人。ふと思い出してジワッとする、また観たくなる、そんな感性の共鳴ができたらと願う。夫、息子の3人家族。noteでは日々の気づきを綴る。映像制作キャリア17年。https://lit.link/taonzevison

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軽やかに仕事をする背中を後輩たちに見せられたらいい

「吉田さんはどうしてその仕事を選んだのですか?そういう選択肢に行き着いたこと自体、不思議というか、スゴイなって。私にはそんなの全くなかったから。」 出産した産院で助産師さんと話していたとき、彼女は私がテレビ番組を作る仕事をしていることについて、こう聞いてきた。 命がけで新しい命を生み出して数日後、柔らかい光差し込む個室で、ゆったりと時間が流れ、傍らにはほわほわの赤ちゃんがもぞもぞ動く…そんなほえ〜とした空気感の中でそう問われ、仕事がまるで別世界のように感じたのをよく覚えて

    • 好きと嫌いは紙一重 嫌われモノには愛がある

      おぉ…ぶっちゃけた! 25の頃からずっとお世話になっている美容師Iさんのインスタ投稿が、ある日を境にガラッと変わった。 Iさんについて書いた記事 https://note.com/aki_yoshida/n/n576de61c4347 Iさんは一見ギラついたオヤジ。放つエネルギーが大きくて、こちらに同じくらいエネルギーがないと会いにいけない(波動が同調しない)。あぁそろそろ髪切り行きたいなぁと思うのは、自分のバイオリズムの確認にもなるという、私にとって稀有な人だ。 Iさ

      • 進み続けられる人たちの共通項

        あぁそっか、ベクトルの向きが完全に違っていたんだな、と思った。 先日、人気のECサイト「北欧、暮らしの道具店」の新作発表会の配信を見ていたときのことだ。 「北欧、暮らしの道具店」の”店長”佐藤友子さんと、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」マザーハウス代表でデザイナーの山口絵里子さん<ブランド「ERIKO YAMAGUCHI」>がコラボして、真っ白なブラウスを生み出した。 一つの商品を世に送り出すため、お客さんに届けるまでに、どれほどのエネルギーが注がれたのか。

        • 全てに価値があって、価値がない

          ここに戻ってきたのはほぼ2年ぶりだ。ある真実を知り、その道を進むため、学び、試行錯誤をしてきたこの2年(それは今も続いている)。それまで外にひたすら放っていたエネルギーを守るため、内側に戻すため、いくつかの活動を止めていた。ちょっと長い冬眠だった。 原則やこの世の仕組みを知るほどに、今まで見てきた世界が実は本当ではなかったことが分かり、衝撃を受けた。この40数年間、私は何を見てきたのか? 仕方ない。それに気づかないように上手に隠されてきたことだったから。逆に今、それに触れる

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        軽やかに仕事をする背中を後輩たちに見せられたらいい

          「未来への約束」を手放したら

          あなたは「未来への約束」をどれくらいしているだろうか。それはどんな約束だろうか。 「死が二人を分つまで」と誓った結婚? 自分の身に何かあったときの保険? 老後の生活を支える年金? 永年保証を謳った権利収入? きっとみんな色んな「約束」をしていると思う。 今日は私が一つ持っていた、権利収入を手放した話だ。 といっても大した話ではない。ある商品(以下A事業と呼ぶ)の使用料が永年無料という権利で、A事業はこれまでのキャリアと連携するし、これから発展する可能性の高い事業だと思

          「未来への約束」を手放したら

          今までの延長ではない道へ

          3月、4月と、この2ヶ月の変化が激しすぎて戸惑っている。外側のめくるめく変化に翻弄され、エネルギーが枯渇している。いまこうやって“書くこと”で内側と向き合い、回復しようと試みているところだ。 自分の内側と向き合い続けて一つの着地点をみたと思えたのが、今年1月、2月。記事を読み返すとなんと穏やかなことか。自分自身、今の状態との乖離に驚く。 1月・2月の記事 https://note.com/aki_yoshida/n/na4d91653c9ca https://note.co

          今までの延長ではない道へ

          孤独こそ友だち、と教えてくれた本

          高校2年生のときだった。塾で机を並べていた男の子が、辻仁成の処女作「ピアニシモ」をくれた(その男の子は5冊以上手元に持っていてプレゼントしてくれた)ことがきっかけで、私は辻さんの世界観にドハマリすることになった。 惹かれたのは、その言葉のチョイスであり、リズムだった。静かな文章の中にリズムと疾走感がある小説は、すごく読みやすかったし、心地よかった。逆に音楽はリズムと疾走感の中に静謐で心の奥深くをつかれるような歌詞表現が見事にはまっていて、聴けば聴くほど魂を揺さぶられた。

          孤独こそ友だち、と教えてくれた本

          目を閉じて見えたもの

          いつも観てきた。人を、その表情を、その動きを、その内側の状態を、目を見開いて観察してきた。観ることは私が人々や世の中を知る、大きな手段だった。映像制作を仕事にしたのは、そういう視覚優位の一つの現れと言える。 でもこの頃、できることならずっと目を閉じていたいと思う回数が増えた。電車の中などでは大抵イヤホンで音楽を聞きながら目を閉じている。目を開けていれば何かしら情報(文字や色、ヴィジュアル)が入ってくるのを、うるさいと感じるようになったからだ。 私は幼い頃からたくさんの情報

          目を閉じて見えたもの

          青春の形。ないものねだりで、彼女たちは眩しい

          映画「SUNNY 」の日本リメイク版を観た。Amazon Primeのリストを何となく眺めていて、気楽に観られそうだなと、編集作業中のBGVくらいな気持ちで観始めたのだが…結果、まさかの号泣だった。 90年代のアムラーとも呼ばれるコギャル世代の青春と、その子たちが40代になった今がカットバックしながら描かれる、この映画。まさに私と同じ世代の子たちのエピソード。大人になった彼女たちは、それぞれの場所で、それぞれの人生を、例外なく悩みや苦労を一人抱えながら生きている。 私にと

          青春の形。ないものねだりで、彼女たちは眩しい

          ごまかしの限界。自分の中の“光”を探す

          誰もが皆、元々オンリーワンなのだけど、私は長いこと、そうありたいともがいていた。少し前に心友とぶっちゃけ話をする機会があって、恐らく生まれて初めて自分は本当はこう在りたいと願う「立ち位置」を口にした。それまで無意識に隠してきたこの願望を認めた。それは… オンリーワンで、目立つ。 言語化してみたら、小さい頃からの自分の行動もろもろが、すべてそこから派生していたらしいことに気づき、笑った。 小学生の頃は、意識も計画もせず、そのままそこにいるだけでちょっと目立つ子だった。クラ

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          母の生け花

          実家の玄関はいつでも美しい花々が出迎えてくれる。母が生けることを欠かさないからだ。独身時代から生け花を習い、家のことや子育てで忙しい時でも、唯一この習い事だけは続けていたのを覚えている。 そんな母を取り巻く状況は、ここ数年で変わりつつある。脳梗塞の後遺症で体の機能が少しずつ衰えてきている父を、母が寄り添い、支えている。 離れて暮らす私と家族は、かつては一ヶ月に一度は帰省していたが、コロナでそれが叶わなくなった。半年以上ぶりに両親のもとを訪ねたからこそ、父の状態や介護の状況

          母の生け花

          「ありがとう」を伝え合ってみたら

          今年のクリスマス・イブ、我が家もチキンやケーキなどでささやかなパーティをした。7歳息子にとってそんな非日常はやはりウキウキするようで、急に「おれ、おとうさんとおかあさんに『ありがとう』をつたえたい!」と言い出した。じゃあお母さんも!お父さんも!…そんな流れで、互いに「ありがとう」を伝え合うことになった。 夫へ「いつも野球の研究をして、〇〇(息子)がレベルアップできるように寄り添ってくれてありがとう」等 (「半分は自分が楽しいんだけどね(笑)」と夫) 息子へ「いつも元気でい

          「ありがとう」を伝え合ってみたら

          立場とか肩書とか関係なく伝えたかった

          コロナが流行し始めた去年5月にnoteを始めた。コンスタントに書くようになったのは最近だが、心を見つめ、言葉を紡いでいくことは、私が仕事としている映像表現とはまた違って、穏やかで、静かで、なんとも言えず心地よい。映像表現は「動」なら、書くことが「静」。どちらをやりたいかで、そのときの自分の状態が分かるという側面もあるかもしれない。 これまでFacebookやブログで書くことはしていた。ただブランディングやセミナー告知、集客に向けたお役立ち情報を発信する場という前提があったの

          立場とか肩書とか関係なく伝えたかった

          生き方を見つめ直した日

          コロナ禍で、家族や仕事との向き合いが劇的に変わった人は多いだろう。私の場合は強制的に“緩む”ことで、生き方そのものを見つめ直すことになった。 4年前、私はテレビディレクターを続けながら、起業した。当時はママたちの起業ブームで、「起業したらひと月に数日働いただけで会社員以上の収入を得ることができる」という魅惑的な謳い文句に、家庭も仕事も充実させたい、自己実現したいと願うママたちが一斉に飛びついていた。 そのときによく聞いたのは「家族を言い訳にするからママ起業家はダメなんだ」

          生き方を見つめ直した日

          「ホンモノは謙虚」は一つの法則かもしれない

          ある業界で「レジェンド」と言われる方を取材したときのこと。 その歩んで来た人生は華々しく、歴史的人物とも接点があった交友録に驚きっぱなしだったが、その方はことさら自慢する感じでもなく、普通のことのように話しているのが印象的だった。 「いまやっていることは、僕にとって神さまからのギフトだった」 優しいまなざしと共に、一言。 その技術を磨くことに人生の圧倒的な時間を費やしてきたが、やってもやっても「完璧だと思えたことはない」「いつだって、今だって、勉強中だよ」と少年のように

          「ホンモノは謙虚」は一つの法則かもしれない

          “適度に”動くことは思ったより大事らしい

          先日、本当に久しぶりに新幹線に乗って遠出をした。 コロナが流行り始めてからこれまで、番組からコロナ対策を!と強く言われているのもあり、都内を出ない日々が続いていた。出たとしても関東近郊まで。そんな行動を自ら制限する中で、いつしか私の中の色んなものが縮こまっていたようだ。 思考も、感覚も、エネルギーそのものが淀んでいたことに、今回動いてみて初めて気づかされた。 何となくどこか停滞してる感覚はあった。なんかチカラが湧かないな。なんか面倒くさいな。日々そんな感じ。それを自分が

          “適度に”動くことは思ったより大事らしい