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映画『昭和歌謡大全集』−カンブリア宮殿に流れるチャンチキおけさ−


映画「昭和歌謡大全集」


『昭和歌謡大全集』という映画をご存知でしょうか。
『月とキャベツ』『犬部!』『深呼吸の必要』などで有名な篠原哲雄監督の作品である。
僕は『深呼吸の必要』が大好きでこの映画も篠原哲雄さんが監督で、しかも昭和歌謡というワードに惹かれてレンタルショップでこのDVDを手に取った。それがこの映画との出会いだった。
深く考えずとにかく観てみよう。

衝撃を受けた。
二十代前半だった当時の僕は狼狽えた。

なんか…今まで観たことない…とにかく…すごい…なんだか……なんだか………すごいんですけど……

そしてこの映画、原作が村上龍さんの小説だと観終わってから知ったのでした。
村上龍さんの小説はお恥ずかしながら読んだことがなく、「限りなく透明に近いブルー」という作品の名前をかろうじて知っていた程度だった。

村上龍さんといえば…

カンブリア宮殿だった。

なのでそれ以降カンブリア宮殿を観ると『昭和歌謡大全集』がヌッと現れるようになった。

(この方が…あのお話を……おぉぉ……)

微睡みが支配するカンブリア宮殿


小池栄子さんの隣でゲストの企業の社長さんや開発者さんに眉間に皺を寄せながら鋭い質問を投げかける村上さん。
カンブリア宮殿はとても静かな宮殿だ。
会話が途切れると無音となる。
厳かに美術館のように静かに真面目なお話をしている。
村上龍さんは時々、本当に稀にチャーミングなリアクションをとる。
それは大抵小池栄子さんから渡されるバトンによるもので、ちょっぴり近寄りがたいThe小説家の村上さんをナチュラルにほぐし、意外な一面を視聴者に提供してくれる。

もっと微笑んで…村上さん…

そんな願望を抱くようになる。
だが、たまにみせるからいいのだ。
ギャップは頻繁に乱高下すると有り難みが減少する。実に人というのは贅沢な生き物である。
基本あまり抑揚のない面接官のような村上龍さんの姿をみながら、よぎるのはやはり「昭和歌謡大全集」なのだ。



チャンチキおけさが……きこえる……


これは映画本編の斬新な演出をご覧いただきたいのだが、なぜあそこまで血で血を洗う争いになったのか。一回目に観た時はポカーンだった。

ざっくり説明すると青年グループとおばさんグループが殺し合うというぶっ飛んだお話なのだ。(本当にざっくり)
ただ、こんな殺し合いが繰り広げられている不思議。正気を保ち観ねばならない。劇中の人物たちは間違いなくぶっ飛んでいた。冷静にお茶をしながら語っているシーンでも言ってることがぶっ飛んでいた。

時に一対一で、また時には残りのメンバー全員で青年たちとおばさんたちが戦っている。
というか殺し合っている。
そこに昭和歌謡が揚々と流れてくる。
この世界観は一体…

復讐ものは日本人が好きなジャンルなのだろうか。
僕は好きだ。
忠臣蔵とか昔は師走の頃に特別ドラマで何度もリメイクされていたし、必殺仕事人シリーズも勧善懲悪の水戸黄門も、時代劇は無念をはらすために忠義を尽くすために…が燃える。そこが面白い。
殺陣も見所だ。
華麗なる刀さばき。
流れるような所作。
爽快かつ美しい。
敵に囲まれていても後ろから斬られない。
外国人からすると今やっちゃえばいいじゃんという場面でもそれは御法度なのである。
一対一で真剣勝負。
命をかけた戦いがそこにはある。


バジリスクというアニメでも話が進むにつれどんどん登場人物たちが死んでゆく。最後の一人になるまで戦いつづける。
伊賀忍者と甲賀忍者の生き残りをかけた戦いなのだが、どちらにも想い人がいたり、料理を作ったり、釣りをしたり…平穏な日常がある。
感情移入は伊賀にも甲賀にも出来る。

では昭和歌謡大全集はどうだろう。
青年とおばさんの双方の立場にたってみる。
どちらかというと僕はおばさん側に感情移入してしまう。
おばさんたちの背負っている悲哀が青年たちより濃いからだ。
若さはどんなことをしたって戻ってこない。
残酷なまでに時は刻々と流れ人は確実に老いてゆく。

おばさんだってときめきたい。

おばさんだって手に入れたい。

失ってばかりじゃないのよ!と、おばさんの叫びがひしひしと伝わる。

なんでおばさんというだけであんな目にあわなければいけなかったのか。理不尽だ。
そう。
そうなのだ!
ことの発端は一人の青年の理不尽極まりない行動からはじまったのだ。

おばさん、何も捨ててなんかいないよ…

「私って天然なんだよね」という人に限って天然ではない。

「私って人見知りなんだよね」という人はそれを事前に申告することで安心という保険をかける。
よって人見知りなのかもしれない。

「私ってもうおばさんだから」という人は他人に「おばさんだよね」と言われる前に自分で言ってしまった方が傷つかずに済む。ちなみに内心ではおばさんだと認めてはいない。だから他人に言われたくない。よって先に言ってしまう。ただ言ってしまえばいい。

もちろん青年たちには青年たちなりの悩みや葛藤はあるだろうが、おばさんの比ではない。(あくまで個人的見解だが)

自己肯定との戦い。
懐かしむものが増えれば増えるほど死へ近づいている。この矛盾と刹那。

破壊を尽くしこの映画は終焉をむかえる。
このお話は何をいわんとしてるのか。
単なる殺し合いの映画ではない。
真面目に現実的な世界でのお話。
だがぶっ飛んでいる。

今週もカンブリア宮殿の扉が開く。
宮殿では今週も小池栄子さんの隣で村上龍さんはペンを握って座っている。
眉間に皺を寄せて常に何かを熟考されている(ようにみえる)

そして、僕にはチャンチキおけさがきこえてくるのだ。

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