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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」5-7

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第5レース 第6組 アイツの弱点

第5レース 第7組 いつか変わるのかもしれない気持ち

 中学の頃、料理を教えてほしいと頼まれて、綾の家に訪れた後、しばらくは週2で作り方を教えに通っていた。
 18時には切り上げて帰るようにしていたが、ペース配分を間違えて時間を割り込んでしまい、そのままご飯をご馳走になって帰ったことがあった。遅い時間になってしまったので、母が挨拶がてら迎えに来たものの、その時も綾の両親は帰ってくる様子がなかった。
『何かあれば、うちに声掛けてね。むしろ、2人とも、うちでご飯食べたら?』
 母が心配して綾にそう声を掛けたが、綾は笑顔で首を横に振った。
『今日はたまたまなので、大丈夫です。わざわざ、お菓子までありがとうございます』
 少し背伸びした余所行きの口調。きっと、綾はずっとこうして来たのだろう。
 たまたまなんかじゃないでしょう。そういう表情を母はしたが、彼女の強がりを突き崩しても、彼女が辛いだけなのもわかっているから何も言わなかった。

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「県内だよ。家から通う」
 悟った涼しい顔で彼女が言った。
 どうして、あなたはいつもそうなんだろう。ひよりは心配になって声を掛けたが、「家のこともあるしね」と返ってきただけだった。
 相談されても確かに力になれなかったかもしれない。だけど、どうして話してくれなかったんだろう。こういうことを、話してほしかったのに。どうして彼女は分かってくれないんだろう。
 4月に屋上でお昼を食べた時のことを思い返して、納得した。
 もしかしたら、あの時、彼女は話してくれようとしたのではないだろうか。
 詮索を嫌う彼女だから訊かないほうがいいかもしれない。そう判断した自分の愚かさに頭痛がした。
 誰よりも自由に見える彼女の周りはいつでも酸素が薄くて、それでも、彼女はなんでもないように笑う。
 誰よりも自由にはばたいてほしいと願うのは、ひよりの我儘なのだろうか。 

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 グーが3つ、パーが3つ並んで、何度も試行されたグッパーじゃんけんの幕が閉じた。
 そっと顔を上げると、グーを出していたのは俊平と月代だった。
 綾の足搔きで成立するような結果ではないと思うのだが、上手く行くものだ。もしかしたら、ひよりの手以外も読みながら出していたのだろうか。もしそうだったら、動体視力と瞬間的判断力が凄すぎて、ひよりは内心苦笑を漏らした。
「谷川くん、よろしくお願いします」
「ぇ、あ、うん」
 いつになくはっきりしない返答に、ひよりは首をかしげる。
「谷川くん、お姉さんのことも守ってね」
「が、頑張ります」
 2人を微笑ましく見守っていたらしい月代も倣うように挨拶をしてきたので、俊平が緊張の面持ちで返した。
 ひよりのイメージだと爽やかな笑顔で「任せてください!」くらい言いそうなものだったので、やはり不思議な心地がした。

 その疑問もお化け屋敷に入ってすぐに吹き飛んだ。
 暗がりに入った瞬間、俊平の足取りが遅くなったからだ。
「谷川くん、前見えない?」
 不思議に思ってそう問うが、俊平から返答はない。
 ひよりの隣で腕を組んで、お化け屋敷内の様子を窺っていた月代が、何かを理解したように頷いた。
「あんまりのんびりしてると、本物出ちゃうかもよ?」
 努めて穏やかな声で月代が言い、その声で俊平がビクリと肩を跳ねさせた。
「つつつつつ、月代さん、そういうジョークは、良くないっすよぉ」
 俊平からの返答。明らかに声が震えていた。
 それで確信したのか、月代が楽しそうに笑った。思ったよりいじわるなお姉さんかもしれない。
「どうしよっか? わたしが先頭行こうか?」
「なっ、なななななんでですか? だだ大丈夫ですよ。オレ、い、行けますから」
「だいじょうぶには見えないけどなぁ……。ねぇ? 水谷さん?」
「え? あ……えっと……」
 彼としては見透かされたくないのだろうし、と考えてしまい、ひよりはどう返せばいいのか迷って口を噤む。
「ひ、ひとまず、進みましょ! 後ろ詰まってるし」
 声を裏返らせながらも、どうにかいつもの軽薄な口調でそう言い、俊平が足を前に出した。ちょうどその先が曲がり角になっていた。
 嫌な予感がして、俊平を止めようとしたが、彼は不用意に角を曲がってしまう。
「ぎゃああああああああっ! ムリ! ムリムリムリムリッ!!!」
 ひよりたちの位置からは何も見えなかったが、俊平は何かに遭遇したのか、とても大きな悲鳴を上げた。耳がキーンとする。
 月代が察知したようにひよりからそっと離れ、壁に寄った。俊平が踵を返してこちらに戻ってくる。ひよりは予想していなかったので、その場で固まった。俊平もひよりがいたので、それ以上は逃げられずに、そのままくっつく形で壁に寄る。先程も人を避ける時に接近したけれど、あの時の比ではなかった。鼻腔をくすぐる俊平の匂いに恥ずかしくなって、ひよりは呼吸を止めた。混乱する思考を整えようと必死に目を閉じたが、心臓の音がうるさくて、上手く落ち着くことができない。
「谷川くん、何がいたの?」
「あれはどっちなんだー! 本物なのか、偽物なのかー!」
 俊平が泣きそうな声で答える。耳が痛いからボリュームを下げてほしい。
「本物でも偽物でも、谷川くんは同じ反応しそうね」
「オレ、昔は見えたんすよー!」
「なるほど。さっき面白がって余計なこと言っちゃってごめんなさいね」
 荒ぶる俊平の声に反して、努めて月代の返しは冷静だった。近くで叫ばれるひよりの耳はずっとキーンとしている。
「どうする? まだ入口付近だし、やめる? わたしはどちらでもいいけれど」
「それは、なんか悔しいからいやだー!」
「えー……」
 俊平の返答に呆れた声を返す月代。
「ムリじゃないムリじゃない。行ける行ける行ける」
 ひよりの鼻先でブツブツ自分自身に言い聞かせているらしい俊平の声が聴こえてきた。
「ふふっ」
 あまりの接近状態に、彼を引っぺがしてくれないだろうかと思っていたひよりだったのだが、こんな泣きそうな声を出しているのに、棄権は嫌だと言い張る俊平のことがおかしくなって笑ってしまった。おかげで冷静になれたかもしれない。
「あーーー、ごめん、水谷さん。大丈夫?」
 今更ひよりを潰していることに気が付いてほんの少しだけ距離を取ってくれた俊平の問いに、余計おかしくなってまた笑う。
 そっと両手で俊平の胸板を押して、するりと抜け出し、ようやく呼吸ができてほっとした。
「あー、セクハラになる。ごめん。ほんとごめん!」
 ひよりにやったことを理解したのか、俊平が慌てた声で手を合わせて謝ってくるが、どういう状態だったのかすら、ひよりには思い返す余裕がなかったので、首を横に振った。
「谷川くんの声が大きすぎて、お化けもビックリしちゃったんじゃないかな。追ってこなかったみたいだし」
 笑いを堪えながらそう返し、おかしくて目に浮かんだ涙を指先で拭う。
 月代もひよりの言葉に納得したのか、腕を組んだまま笑った。
「確かに。近距離で受けたら鼓膜が破壊されるんじゃないかってレベルの悲鳴だったものね」
「え? そんなでしたか? すみません」
「途中でやめるの嫌だって言い張るなら、お姉さんの耳元で、さっきみたいな声上げるのだけはやめてね? 音楽できなくなるから」
 冗談なのか本気なのか分からないトーンで月代が言い、顎に人差し指を当てて、笑顔を浮かべると、涼やかな所作で、先を歩いていってしまった。
「谷川くん、行ける?」
「……頑張ります」
 無理しないほうがいいのではないかと思ったが、それでこのまま棄権してお化け屋敷を出たら、あの3人のいずれかにからかわれる未来が見えるし、きっと彼もそれを気にしているので、ひよりは言い出せなかった。
「み、水谷さん、……こういうのへーきな人?」
 びくびくした声で尋ねてくるので、彼の隣を歩きながら、んーと考えてから答えた。
「わたしも、遠野さんと同じで、作為的に驚かされるのは得意じゃないんだけど」
「だよねぇ」
「……谷川くんの錯乱ぶりが衝撃的で、冷静になっちゃった」
 ふふっと笑いながら答えると、俊平は恥ずかしそうに表情を歪ませ、首筋を掻いた。
「はー……だって、お化け屋敷入る流れになると思わないじゃん。祭り誘われた段階じゃさー」
「棚川和の夏祭りの名物がお化け屋敷なの、知らなかったんだねぇ」
「子どもの頃来たことあるけど、その時はお化け屋敷の話なんて聞かなかったんだよー」
 泣きそうな声で答えてくる俊平。

『ゴーストカフェでいいじゃん。水谷さんがやりたいなら確定だろ』

 コンセプトカフェのテーマ決めの時、彼はどんな気持ちでああ言ってくれたのだろう。
 彼が言わなかったら、たぶん違うコンセプトカフェになっていたと思う。
 優しい人なのは知っていたけれど、こんな怯えた姿を見てからあの時のことを思い返すと、ただの思い出作りで一緒にいることを忘れそうになる。
「ありがとう」
「へ?」
「お化け苦手なのに、ゴーストカフェ、OKしてくれたんだね」
 彼と話す時、いつも視線を彼に向けられなかったのだけれど、その時だけはしっかりと彼を見上げてそう言えた。
 俊平がひよりの笑顔を受けて、片眉をへの字にし、唸ってから笑った。
「オレが何を苦手だろうと、実際にそれをやってみたい子の邪魔をする理由にはならないじゃん。当たり前のことだよ」
 先程までびくついた声を出していたのに、その時だけは真っ直ぐ誠実な声だった。
 それはひよりから見たいつもの俊平のイメージから寸分の狂いもなかった。
 ――ああ、やっぱり、わたしは彼が好きだな。
 そんな言葉が心を過ぎった。
 サクサク前を歩いていく月代がクルリと振り返って笑顔を見せた。
「たぶん、そろそろ何か来るからほのぼのモード解除してねー♪」
 一緒のチームになったのが月代でよかったのかもしれない。その余裕の声で、ひよりは確信してしまった。

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第5レース 第8組 きみを守るゆびきり


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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)