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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-12

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第11組 ざまーみろって思ったよ。

第6レース 第12組 あの日見た空とは違っても

 小学3年4月。父の転勤に振り回されて何度目かの引っ越しが終わり、あれが最後の転校だった。
 もう引っ越しはないからね、と父に言われ、それまでは極力友達を作らなかった俊平も、今度こそはという気持ちで教壇に立った。
『たにかわしゅんぺいです。走るのが好きで、夢はオリンピックで金メダルをとることです。よろしくおねがいします!』
 俊平の無邪気な挨拶に、教室内は、ざわっと少しだけ嫌な空気に包まれたものの、それ以降は特に何も言われることはなかった。
 周囲に合わせるのは得意じゃない部分があって、多少の噛み合わなさはあったけれど、それでも、徐々に馴染んできた5月。
 体力テストが行われて、俊平は見せ場とばかりに張り切って取り組み、すべての種目で1番を取った。
 みんなが『すごいね』と言ってくる。けれど、一部の子たちは何かを気にするように遠巻きに、自分と和斗のことを見比べていた。
 クラス委員長で、頭がよくて、運動神経もよく、しっかりしたカッコいい男子。
 俊平が和斗に感じた印象はそんなところだった。あまり話したことがなかったけれど、良い機会だと思って笑顔で話しかけた。
『かずとくん、足早いんだね。オレについてこれたの、きみがはじめて』
『しゅんぺーくん、運動すごくできるんだね。ぼく、ひとつも勝てなかったの、はじめてだよ』
『オレ、動くのは好きだから』
 今思い返すと、あの時の彼の表情は笑顔だったけれど、疎ましいものを見るような、そんな目だった気がする。
『……次は負けないよ』
 ぼそっと和斗がこぼす。
 これまで、”次”なんて言われたことがなかった。
 負けず嫌いの和斗の意固地な言葉だと、今振り返ってみるとわかるのだけれど、あの時は、”次”という言葉が嬉しかった。
『うん。また勝負しようね!』
 右手を差し出すと、和斗もその握手はきちんと受けてくれた。
『かずとくん、どんなトレーニングしてるの?』
 興味本位で尋ねると、和斗は不思議そうに首を傾げた。
『スイミングスクールには通ってるけど、トレーニングなんてしてないよ』
『えっ?! それなのに、あんなに速いの?!』
『きみには負けたじゃん』
 和斗が俊平のリアクションをうざったそうに受け止めながら苦笑した。
 俊平にとって、才能の塊というのは、細原和斗のような人物のことをいう。
 でも、”出来て当たり前”で生きてきた彼にはその自覚がない。
 世の中というのは不公平だと思う。

:::::::::::::::::::

「お前が怪我をして、正直、ざまーみろって思ったよ」
 ボールは投げてこない。こちらを見ることなく、和斗は視線を川に向けている。
「お前と出会ってから、おれはずっと運動では2番目だった。……まぁ、そんなん、成長とともに、どこかでぶつかる壁だったんだから、お前がどうこうなんて、おれは思ってないけどさ。それこそ、中学でお前以外にも、おれよりすげーやつだらけでもういいやってなったし」
 そこまで言ってようやくボールを持ち直し、振りかぶって、思い切りこちらに投げてきた。
 俊平の構えた位置にドンピシャでボールが収まる。
「高校の進路決める時、お前、一高の推薦蹴ったじゃん?」
「あ、ああ」
 動揺しながらも、俊平はボールを投げ返す。和斗の目はいつもの優しい眼差しではなく、少し鋭く冷たいものになっていた。
「……こいつ、馬鹿なのかなって思ったよ」
「それは、まぁ、そう見えるよな」
「おれも推薦来てたんだ、あの時」
 受けたボールをすぐに返してくる和斗。またもや構えた位置にドンピシャ。ボールの威力も増していた。
「でも、ピッチャーとしては要らないってさ」
「え?」
「おれのプライドはグチャグチャだったんだ、あの時。そしたら、お前、あっけらかんと断ったとか言うじゃん」
 俊平はボールを投げ返せなかった。
 飼い主を気遣うように、レトロが和斗の足元をうろうろしている。和斗はしゃがみこんでレトロの頭を撫でた。
「おれのこだわってるものなんて、そんな大した価値のないものだったんだなって、あの時思ってさ。……選ばなかったんだよ、野球を」
「カズ」
「おれはお前とは違うからさ」
 プールに行った時に野球の話をした。彼は、あの時も俊平に同じことを言った。
 違う。自分が無神経な話題を振ったから、彼はそう言わざるを得なかったのだ。
「ざまーみろなんて、お前に思いたくなかった。……でも、思っちまった自分のことが許せなかった」
 入院していた10日間。まめに顔を出してくれた回数は、両親よりも和斗のほうが多かった。俊平はそれが嬉しかった。
 だけど、あれは、彼なりの……。
「いいよ」
 俊平はゆっくり歩み寄って、和斗の傍に腰を下ろした。まっすぐに彼を見つめ、白い歯を見せて笑ってみせる。眼鏡の奥には涙があった。
「お前が見舞いに来てくれて、オレ、嬉しかったし」
「しゅんぺー」
「だから、そんなことで、お前が悔やまなくていいよ」
 レトロが今度はこちらに寄ってくるので、抱きかかえて膝に乗せてやる。
「そりゃ、ざまーみろじゃん。色々そっちのけで陸上しかやってないやつが、過負荷で怪我するとか、ざまーみろって思うよ」
 レトロの顎を撫でながら俊平は揺らめく川面の反射を見つめる。
「今更だけど、あの時、気付いてやれなくて。聴いてやれなくて。これまでも無神経なこと、たぶんたくさん言ってきた。ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ」
「……オレが悪いからだよ」
 俊平は目を細め、呼吸を繰り返した後、また和斗に視線を戻した。
「野球続けろよ」
「え?」
「大学では、続けろよ」
「もういいんだって」
「お前、自覚ないんだよ」
「何が?」
「そんで、高校のスカウトも見る目ねーよ」
 俊平は真っ直ぐに彼を見つめ、真面目な声で続ける。
「努力しなくてもこれなのに。頑張ったらどんだけすごいことになるのか。オレは、お前と出会った時、そう思ったんだ」
 俊平の言葉に動揺したように和斗が目を白黒させる。そして、照れくさそうに顔を逸らした。のを、俊平は無理やりこちらを向かせて、更に言葉を重ねる。
「オレの幼馴染は、頭がよくて運動ができて、背も高くてカッコよくて、出来た人間で。たくさんの才能に溢れてるのに、自分でそれをわかってない。そういう奴だよ。自覚がないなら、オレが言ってやる。他の誰が何と言おうと、カズはすげーやつなんだ。だから、続けろよ」
「夢なんて持つから辛くなるんだろ」
「……そうだな。でも、夢がなかったら、オレ、ここまで頑張ってこなかったよ」
「高校に入ってからのお前はずっと苦しそうだった」
「……そうかもな」
「そんなに苦しいなら、やめてもいいんじゃないか? って何度も言いかけて飲み込んだよ」
「サンキュ」
「なんで、そこで礼?」
「オレの理解者でいてくれたから」
「怪我だって、これでやめてもいいんだって思うもんだろ。おれだったらそうする。でも、お前はまだできるって思ってんだよな」
「まだ全部やりきってないからな」
「メンタル鋼かよ……おれなんて、体質で心折れたぞ」
「できないことは、できるまでやればできるようになるんだよ」
「……だから、それがメンタル鋼だって言ってんだよ」
 俊平の超絶ポジティブな言動を受けて、和斗が涙声で失笑しながら切り返してくる。俊平も笑う。
 レトロが2人の様子を見守るように、何度もきょろきょろと見上げてくる。
「おれさ」
「ん?」
「お前が転んだことで、たぶん、少しほっとしたんだ」
「それはなんとも言えん言葉だな」
「いつだって、光の中にいるような奴だったからさ」
 俊平のグローブからボールを抜き取り、ゆっくり和斗は立ち上がった。
 左手でボールをポンポンと玩び、こちらを見下ろしてくる。
「お前には、やっぱ、光が似合うよ」
 気恥ずかしさで、俊平は人差し指で鼻をこする。
 和斗が川に視線を向け、懐かしむように笑った。
「……昔、並んで川見たの覚えてるか?」
「そんなことあったっけ?」
「はは。あったんだよ」
 俊平は思い出そうと、唇を突っ尖らせて眉根を寄せ、空を見上げるが、やっぱり思い出せなかった。
「お前がしてくれたことを、おれはしただけだからさ」
「え? どういう意味?」
 和斗の言っていることについていけないので、そう尋ねるも、和斗はそれ以上は何も言わなかった。
 「続けようぜ」と和斗のジェスチャー。俊平は膝に乗せていたレトロを下ろし、ゆっくりと立ち上がって、和斗と少し距離を取った。
 そして、少し考えてから、その場にしゃがみこみ、見よう見まねでキャッチャーの構えを取った。
「何の真似だよ?」
「構えたところ以外は捕れないからそのつもりで投げろよ」
「……ったく。最近投げてねーんだっつーの」
 俊平の言葉に、やれやれと言いたげな表情でそう呟くが、すぐに切り替えたようにセットポジションに入った。
 邑香は和斗の投球フォームが綺麗だと、試合を見に行った翌日よく話してくれた。
 俊平のフォームのことも、色々細かい分析をして話してくれることもあった。
 彼女は、運動はできないけれど、そういうものを見る力があるのかもしれない。
 右足が上がり、テイクバックから振りかぶってボールがリリースされる。正面だとよく見えた。確かに綺麗なフォームだった。
 バシッとグローブにドンピシャで収まるボール。球威にビビッて目を閉じた。グローブをしているのに、手がジンジンする。
「いってぇ」
「はぁ? 球威なくてピッチャーとしては要らないって言われたんだぞ、おれは」
「おまえなー、中学からどんだけ背伸びたと思ってんだよ!」
「……え」
「他の奴のボールがどんなかは知らねーけど、いてーわ!」
 俊平の言葉に、和斗が左手を見つめて嬉しそうに笑う。
「そっか」
「いてーっつってんのに、喜ぶな!」
「……しゅんぺ」
「ん?」
「どうすれば、筋肉ってつく? 我流で色々やったけど、ダメだったんだ。教えてくれ」
「そういうのは、オレよりユウのほうが詳しいよ、絶対」
 先週の演奏会のやり取りを思い返して、俊平は目を細めて答える。
「わかった。聞いてみるわ」
 和斗は少し迷ったようだったが、ゆっくりと頷いた。
「もっと投げるから、ボール寄越せ、しゅんぺー」
「いてーっつってんだろーが! 嬉しそうにすんじゃねー!」
 ルンルンで言ってくる和斗に、俊平は苦笑しつつ、ボールを軽く投げ返した。

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