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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-1

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第12組 あの日見た空とは違っても

第7レース 第1組 夏とクッキーときみ

「水谷さん、これ、ここで大丈夫?」
 家庭科室で調理準備をしているひよりに、大荷物を抱えて戻ってきた俊平が尋ねてくる。
「あ、は、はい……! だいじょぶ、ですっ!」
 テンパる自身を抑えつつ、返した声も変な拍子になってしまい、余計に自分の頭が混乱する。
 ――どうしてこんなことに。
 好きな人と2人きり。
 人によっては千載一遇の大チャンスと捉える局面だろうに、ひよりの頭の中には、その言葉しか過ぎらない。難儀な子だ。

:::::::::::::::::::

『え? かえで伯母さま、明日来るの?!』
『あら、言ってなかったっけ?』
『き、聞いてない!』
『しばらく泊まってくからねーって、夏祭りに出掛ける前に言った気がするけど……』
 母はほのぼのとした声で言い、頬に手を当てて首を傾げてみせた。
 夏祭りの日。緊張しながら準備していたからほとんど記憶がない。でも、言われてみると、着付けの時にそんな話をされた気もしないでもなかった。
『どうせ、ひーちゃんは塾だし、別に構わないでしょう?』
 空いている時間でお菓子作りをするつもりだったが、この空気ではそれも難しそうだ。
 綾の家の台所を借りるしかないか、と相談の電話をしたものの、
『あー、ごめんねー。今週、母さんが夏期休暇で家にいるんだよー』
という返しが来てしまい、ひよりは頭を抱えた。
 カレンダーを見ると、もう8月24日。夏休みも気がつけば、残すところ1週間だった。
 文化祭自体は10月下旬だから、まだ2か月あるけれど、2学期が始まると、受験ムードも一層深まることが予見されるので、できれば夏休みの間にお菓子のことだけでも決めてしまいたかった。
『家庭科室借りれば?』
『事前申請出してないし』
『聞くのはタダじゃん。まず聞いてみようよ!』
 ポジティブ思考の親友は軽やかにそう言って、電話の向こう側で、どうやらスマートフォンをいじっている。
『誰に連絡を……?』
『んー? 細原と舞ちゃん』
 できた人脈をフル活用している。さすが要領が良い。
 感心していると、すぐに回答が来たのか、明るい声が返ってきた。
『大丈夫っぽいよ? 明日はさすがに無理だけど、明後日から承認にしておくって』
『あ、ありがとう』
『いえいえ~。ただ、アタシ、まだ夏休みの課題で終わってないところあるから、今週は手伝えないや』
『え? 手伝おうか?』
『大丈夫大丈夫。難しくて残してたところだから、量はそんなにないし』
『そう……』
『ひより、すーぐ、アタシのこと甘やかすからなぁ。人をダメにする毛布だ』
『そんなことないよ』
 人をダメにするのは、世話焼きの綾のほうだろう、という言葉は飲み込む。
『お互い、悔いのないように頑張ろうね』
 舞先生に相談してから吹っ切れたのか、綾は歯切れよくそう言い、そこで通話が切れた。
『悔いのないように、か……』
 通話の切れたスマートフォンを見つめ、ひよりは目を細めた。

:::::::::::::::::::

『ひよりちゃん、ぬけがけするなんてひどいよっ! 1人だけ、りょーたくんからお返しもらって!! 私がりょーたくんのこと好きなの知ってたのに!!』
 小学4年のホワイトデー。
 仲良しだったのぞみからその言葉とともに、お返しに渡したスノーボールクッキーを投げ返された。
 投げ返されたクッキーはひよりの胸元に当たり、包装のリボンがほどけて、床に散らばった。
 まだ残っていた生徒たちが、興味の眼差しで2人をちらりと見てくる。
 ひよりは消えたい気持ちを抑え込んで、頭を下げる。
『ごめん、そんなつもりじゃ……』
 のぞみだって、ひよりがクラス全員にチョコレートを配ったのは知っている。八つ当たりに過ぎない。
 きっと、綾がその頃いたら、笑顔でそう言って慰めてくれたけれど、その時のひよりには、そんな存在はいなかった。
『もう話しかけないで』
『え……?』
『顔も見たくない!』
 同じクラスなのだから、そんなことは無理な話なのに。
 のぞみは感情の爆発に任せた言葉をぶつけて、そのまま歩いて行ってしまった。
 床に落ちたクッキーを見つめて、ひよりは下唇を噛む。
 ただ、作ったお菓子を配っただけ。みんなの感想が聞きたかったから。ただそれだけだったのに。
 お菓子はみんなを幸せにすると思ってたのに。
 ぽたぽたと涙が床のクッキーにこぼれ落ち、滲みこんでいった。

:::::::::::::::::::

「今日は何を作るの?」
 家庭科室の低い椅子に座り、頬杖をついてこちらを真っ直ぐ見上げてくる俊平。
 ひよりは手元が狂わないように気を付けながら、デジタルスケールに乗せたカップにココアパウダーを入れる。
「く、クッキー……」
「へぇ! 夏休み前に水谷さんがくれたクッキー美味かったなぁ」
「う、うん。よく作るから」
「作り慣れてるなら別のメニューとか試してみないの?」
「ずっと、食感にこだわって作ってて。夏休み前に食べてもらったのはその試作品で」
「ふーん」
「理想に近かったんだけど、まだ完璧じゃなかったから」
「なるほど」
 俊平は無邪気に受け止め、まじまじとひよりの手元を見てくる。
「オレ、そういう細かい作業、全然向いてないんだよな。グラム間違うと全然違ったりするの?」
「そう、だね」
「そっかぁ……じゃ、手伝えそうなこと、ないかなー」
 和斗から料理同好会用の備品が届いているから持っていけと言われ、それを運んでくれた後は非常に退屈そうだった。
「か、型抜きならできるんじゃないかな」
「型抜き」
 自宅から持ってきた色々な形のクッキー型をバッグから取り出して、見せてやる。カランカランとステンレスのぶつかり合う音が耳に気持ちいい。
 俊平が立ち上がって、こちらまで歩いてきて、覗き込んでくる。
 距離の近さに、鼓動が速くなるが、表情には出さないように必死に堪える。
「へー、色々あるんだね」
「うん、この前、ユキちゃんと出掛けた時に、お化け型とかも見つけてきたから」
「お化け」
「あ、形だけでも無理……?」
 夏祭りの時のことを思い出して、他に誰もいないのに、ひよりは小声で尋ねた。
 あの時はあれのおかげで逆に緊張がほぐれたけれど、距離の近さを思い返すと、耳が熱くなってくる。
「いやー、まぁ、無理って言ってる場合じゃないし、ここは慣れよう」
 腕組みをして考え込んだ後、俊平はあっけらかんとそう言い、白い歯を見せて笑った。
「……夏祭りの時」
「ぅん?」
「昔は見えたって言ってたよね?」
「あー、うん」
「今は……?」
「見えないよ」
 屈託なく笑ってそう言い、俊平は天井を見上げる。
「小学4年生くらいまで見えてた」
「……そう、なんだ」
「オレ、それで、1回行方不明になっちゃって」
「え?!」
「小3の時の遠足で。たぶん、カズも覚えてるんじゃないかな」
「え?! あ、え?」
 とんでもないことをさらっと言うので、思考がついていかずに、ひよりだけが慌てている。俊平は涼しい顔で思い返しているようだった。温度差があまりにもシュールだ。
「全然覚えてないんだけどね」
「え?」
「オレは全然覚えてないんだ。ただ、カズと親が言うには、急にいなくなって、みんな大騒ぎになって。で、夜遅くにひょっこり出てきたって」
「へ、へぇ……ぶ、無事でよかったよ」
「ん。確かに。なんか、たまにそういう話聞くじゃん? あるんだよ」
 平然とした顔で言い、俊平はくしゃっと笑った。
「ほんと、そのへんまではさー、見分けがつかなくて」
「見分け……」
「どっちなのか分かんなかった」
「あ」
「で、段々見えなくなって。見えなくなったら怖くなっちゃった」
 へへっと笑い、照れくさそうに鼻の頭をこする俊平。
「水谷さんも瀬能も優しいよな」
「ん?」
「からかわなかったじゃん?」
「……誰だって、苦手なものはあるし」
「うん。でも、嬉しかったよ、オレは」
 ニコニコ笑い、クッキー型を何個か手に取って、元々座っていた席に戻ってゆく。
「バンドのお手伝いは大丈夫なの?」
 元々、俊平が今日登校していたのは、後夜祭で出る拓海たちのバンドの手伝いで、との話だったことを思い出して尋ねる。
「物運びの手伝いだから、終わる頃に呼ばれるだけなんだよね。だから、大丈夫。ここで勉強してていい?」
「あ、うん。貴重な時間だし、大事に使ってください」
「サンキュー♪」
 バッグから勉強道具を取り出して、俊平が静かになる。
 俊平がシャープペンシルを走らせる音と、ひよりが調理をする音だけが室内に響く。
 家庭科室は校庭からも離れているので、運動部の部活の音もそんなには聞こえてこない。
 閉ざされた世界に2人きり。
 そんな言葉が過ぎって、ひよりはドキリとする。
 30分くらい経って、俊平がぽつりと言った。
「静かだなぁ」

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)