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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-2

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第1組 夏とクッキーときみ

第7レース 第2組 夕暮れキャラメリゼ

 高校1年秋、文化祭前日。
『なんかぁ、綾って思ってたのと違ったなぁ』
 焼けたクッキーを包装し終え、教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、そんな声が聞こえてきて、ひよりは廊下の角を曲がれずに、そっと身を潜めた。
 高校に上がってから綾が仲良くしている派手めな女子グループの子たちだった。
『カラオケ誘っても来てくれないし』
『部活で忙しいんだから仕方ないじゃん』
『えー、でもさぁ、あれだけ綺麗な顔してたら、人生無双できるじゃん? バスケ大好きで、男の子に興味ないとかさぁ……』
『あんたの価値観で、世界がすべて回ってるわけじゃないんだから』
 確か名前は須藤と高梨だったろうか。
 愚痴るように話す須藤をクールに取りなす高梨。
 別に悪口を言っているわけではないのだろうけれど、居合わせてしまったひよりは居心地の悪さを感じてしまう。しかも、タイミングが悪すぎて出るに出られない。
『文化祭、グループデート企画しようと思ってたんだけど、友達の手伝いがあるからって断られたしぃ』
 自分のことだと察して、更にひよりは委縮する。
『あんな地味子ちゃんと綾が仲良しって。何回聞いてもウケるー』
『……人を見た目で判断すんの、あんたの悪い癖だよ』
 須藤の言葉に高梨はやれやれと呆れたようにため息を吐く。
『なに、その反応。地味子ちゃんは地味子ちゃんじゃん。よくあれで綾と並べるなぁって逆に感心しちゃうんだけど』
『巴さぁ、悪気ないんだろうけど、誤解されるからあんまりそういうこと言わないほうが』
 高梨がそこまで言ってから考え込むように目を細めて、すぐに話を切り替える。
『そんなん言ったら、あたしやあんただって似たようなもんだし』
『え』
『綾が飛び抜けてキレイなのは、そういうの興味ないあたしでもわかる。あんたが言ってることってそういうことじゃん』
『…………』
『引き立て役になりたくなかったら、並ばないのが一番だよ』
『なにそれ。引き立て役とか。そんなこと思ってないし!』
 高梨の言葉に憤慨したように須藤が言い返す。
『んー、まぁ……打算がなかったといえば嘘になるけどさぁ。あんなに目立つタイプの子、友達になっといて損ないじゃん。スクールカーストの頂点って感じ。男子とのコンパとか組みやすいかなぁとか思ってたんだけどなぁ』
 意図せず立ち聞きすることになってしまったひよりは、その言葉でカッとなって、隠れていた角から出て、スタスタスタと2人の元に歩み寄った。
『え、なに?』
 突然現れたひよりに驚いたように須藤がこちらを見る。
 高梨も怪訝な顔でひよりを見ている。須藤は背が高いが、高梨とひよりは背の高さも同じくらいなので、視線の高さも同じだった。
『……そういうこと、綾ちゃんには絶対に言わないで……』
 声を出したつもりだったが、随分とか細い声になってしまった。
 それでも、きちんと聴こえたようで、須藤が唇を尖らせる。
『なにー? 立ち聞き?』
『綾ちゃんは』
 ひよりは須藤に詰め寄る。
『綾ちゃんは別に、自分が特別だとか、そんなこと、思ってないから。絶対にそういうこと、彼女には言わないで』
 眼鏡越しに、須藤をにらむように見上げて、なんとかそこまで言ってのける。
 距離が近いことを嫌ってか、須藤がひよりの体をドンと押した。
 その衝撃で、持っていたクッキーと包装紙がその場に散らばる。落ちた衝撃で、ボロボロと砕け散るクッキー。
 小学校の頃のことが過ぎって、ひよりの脈拍が速くなる。
『巴、あんた……』
 慌てて高梨が落ちたものを拾おうと屈むが、須藤が腕を掴んで止めた。高梨が仕方なく元の姿勢に戻る。
 須藤の顔には表情がなかった。それが逆に怖かった。
『なんだろー。なんかむかついたー』
『巴、謝んなよ』
『えー、私悪くないしぃ。行こう、コズ』
 半ば力尽くで高梨を引き連れて教室に戻ろうとする須藤。
『綾ちゃんは優しくて、暖かい人だから』
 ひよりは押し寄せるトラウマを振り払って、声を絞り出した。その言葉で、須藤が足を止める。
『……あなたみたいな人が、綾ちゃんを傷つけることを言うの……。これまでも見てきた。もし、そういうことを彼女に言ったら、わたしはあなたを許さないから』
 ひよりにしては珍しく強い言葉。
 目立たないように縮こまって生きてきたひよりには荷が重くて、そこまで言ったら、涙がポロポロとこぼれてきた。
 須藤はその言葉をきちんと受け止めたのかもわからない素振りで、そのまま歩いて行ってしまう。
 高梨がこちらを気にして何度も視線を寄越す。
 足元には文化祭用に焼いたクッキーが散らばっている。袋から飛び出していないものもあったが、仮留めの段階だったから、ほとんど使い物になりそうにない。中身が割れたものもある。選別し直さないといけない。
 ポタポタと床に涙が落ちる。
 別に、言わせておけばよかった。悪口でもなんでもない。彼女に伝わらなければ問題なんてなかった。
 けれど、居合わせてしまったから、不器用な自分は、それをそのままにできなかった。
『あー、もったいねー』
 涙を拭っていると誰かが駆け寄ってきて、朗らかな声とともにクッキーの残骸を拾い集め始めた。
 そう。これは、水谷ひよりが谷川俊平に初めて出会った、あの日の出来事。

:::::::::::::::::::

 俊平と2人で見上げた星空は綺麗だった。
 夏の明るい夜空は、黒と緑を混ぜ合わせたようでいて、不思議な透明感がある。
 その不思議な画用紙の上を、ほろりほろりと星が滑ってゆく。
 彼と幻想的な星空を見上げることなんて、きっとないと思っていた。なのに、彼は隣にいる。
 ちらりと俊平を見上げると、何か考えるように目を細めていた。こんなに近くで甚平姿の彼の横顔を見るのは、これが最初で最後だろう。
 焼き付けるように見つめていると、鼻の奥がつんとした。
 好きな人と、同じものを見上げて、同じ目的を持って学校行事に取り組む。
 俊平が言ったように、同じ目的のために動いているだけのただの仲間だけれど、ほんの1カ月前の自分は、こんな奇跡が起こるなんて想像もしていなかった。
 涙が出そうになって、ひよりは先に踵を返してしゃがみこんだ。
 カメラを綾たちに向けると、綾が白い歯を見せてこちらに笑いかけてきたので、微笑み返してすぐにシャッターを切った。

:::::::::::::::::::

「冷蔵庫で冷やすの?」
 クッキー生地を寝かせるために冷蔵庫を開けていると、勉強がひと区切りついて、自販機までペットボトルを買いに行っていた俊平が、家庭科室に戻ってきてすぐに尋ねてきた。
「あ、うん。半分は2時間くらい寝かせて、もう半分はひと晩寝かせるつもり」
「へぇ……そんなに冷やすんだ?」
「グルテンを落ち着かせると、サクサクした食感が出るの」
「そうなんだ」
「……谷川くん、この前のマフィンとスコーン、どうでしたか?」
 冷蔵庫を閉じてから勇気を出して尋ね、ゆっくりと振り返る。
 ペットボトルの封を開けて豪快に飲んでいた俊平が、その問いで、飲むのをやめてこちらを向いた。
「あっ、ごめん。感想送ってなかったね」
 申し訳なさそうに頭を掻き、うーんと唸る俊平。
「口に合わなかったかな?」
「あ、いや。その……」
 言いにくそうに眉をへの字にしていたが、意を決したようにこちらに視線を寄越して彼は苦笑する。
「どっちがマフィンで、どっちがスコーンか、わかんなくて」
「あー」
「普段、あんまし気にして食べてなかったっていうか」
 確かに、今回の場合、似たタイプのお菓子を渡してしまったので、場合によってはそういう返しも考えられた。配慮が足らなかったことを反省し、ひよりは持ってきていたお菓子の本を取りに、元の作業場所まで歩いてゆく。俊平も元の席に戻り、またグビグビとドリンクを飲む。
「どっちも美味かったよ」
 フォローするように、それだけは屈託ない笑顔で言ってくれた。
 ひよりは本を開いて、俊平の傍まで行き、マフィンのページを開いて見せる。
「カップ入りだったのがマフィンで、角ばった感じのがスコーン」
「ああ」
 納得したように頷いて、俊平は少し考えてから口を開く。
「ちょっと時間経ってから食べたけど、マフィンはしっとりしてて美味しかったよ。ちょっと甘みが強かったかな」
「うん」
「スコーンは口の中の水分を持ってかれる」
 俊平の表現が面白くて、思わずひよりは吹き出した。
「スコーンは祭りの帰り道に食べてさ」
「うん」
「水分持ってかれんなーって思ったけど、美味しかったからつい次も次も、ってなっちゃった」
「わ、嬉しい」
「茶と一緒に出すならいいんじゃないかな」
「なるほど」
 元よりお茶菓子だから妥当な感想だ。
 言われた言葉を反芻し、すぐに作業場所に戻ってノートを開く。
「アイシング……? も可愛かったね」
「ユキちゃんが考えてくれて」
「へぇ、みんな器用なもんだね」
「作ったことないとそう思うんだろうけど、やってみると、割と簡単なんだよ?」
「んー、でもさ、それをやってみようって思うのも、才能のひとつじゃん?」
「そう、かな?」
「オレは、飯が美味いなぁって思っても、それを自分で作ってみよっかなぁっては思わないし」
「ああ……」
「たとえば、水谷さんが、瀬能のバスケしてる姿めっちゃかっこいい! って思ってたとしても、それで、バスケやってみようって思うかは別問題じゃん?」
「そうだね」
「だから、やってみようと思えるって、それだけで、オレは才能だと思うんだよ」
「……そっか」
「出来不出来は結果に過ぎなくて」
 俊平の真っ直ぐな声に、ひよりは顔を上げて彼を見つめた。
 ひとりで走り続ける彼の背中を見てきた。
 きっと、揺らがず自分を信じ続けられる強さや信念があるから、彼はそうできるんだろうと思っていた。でも、本当はそうじゃなかったのかもしれない。
「……谷川くんは」
「ん……?」
「どうして、いつもあんなに頑張って走れたの……?」
 つい、尋ねてしまった。
 ”あの日”、彼はひよりの心を掬い取ってくれた。彼は何も知らないし、きっと、あの時のことを覚えてもいない。
 ひよりは谷川俊平のことを知らない、ただのクラスメイトで。彼がずっと走り続けていたことなんて、知らないふりをしないといけなかった。
 我に返って口元を押さえるが、俊平はきょとんとしてこちらを見ているだけだ。
 そんなこと、考えたこともなかった、とでも言わんばかりの表情。数秒の間が空いて、彼は口を開く。
「……楽しかったから、かな?」
「楽しかった?」
「練習は1人だったけど」
 夕暮れの校庭を1人で走る彼の姿が過ぎる。ひよりが下校時見かける彼はいつも1人だった。
「レースで、いろんな速い選手と当たって、力でねじ伏せるように抜き去って。その先に広がる青空がすごい綺麗で」
 キラキラした目で、楽しげに彼が話してくれる。
「あの快感を知ったら、走るのやめようなんて、少なくとも、オレは思えないんだよね」
 ひよりは彼のその表情を見惚れるように見つめる。
 照れくさくなったのか、俊平が少し経ってから首を掻いて笑い声をこぼす。
「なーんちゃって。ちょっとかっこつけちゃった。ただの、陸上馬鹿なだけでーす」
「ううん、そんなことないよ」
「水谷さん……?」
 笑いながら話す彼を見ていたら、じんわりと涙が浮かんできた。
 ひよりはそれを隠すように、首を横に振りながら俯いてノートにペンを走らせるふりをした。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)