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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-3

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第2組 夕暮れキャラメリゼ

第7レース 第3組 叶わない約束


『ユウ! こんなところにいたー!』
 昨年の体育祭の最中。
 日射しが熱くて日陰で休んでいると、赤いハチマキをした俊平が駆け寄ってきて、自分の腕を掴んだ。体温の高い俊平の手にドキリとした。
『走れる?』
『え、なに?』
『借り物競争! 一緒に来て』
『……別にあたしじゃなくても』
『だめなーの。ユウじゃないと』
『なんで?』
『いいから、来てくださーい』
 揉めている時間が勿体無いのか、俊平は明るい調子でそう言うと、強い力で邑香を立たせ、そのまま引っ張る。
 こうなると、何を言っても聞かないのだ。それは邑香も知っているので、仕方なく引かれるままについてゆく。
『オレの出番なのに、なんで見てないの』
『ごめん、出るの知らなかった』
『えー、言わなかったっけ』
『聞いてない』
『そっか。言った気でいたわ』
 邑香に素直に返されて、俊平もあっけらかんとそう言い、笑う。
『残す走者は、序盤トップを快走していた陸上部のエース・谷川くんです。お題が難しかったのでしょうか。谷川くん、頑張ってください!』
 放送部のアナウンスに、2人で失笑する。
『はっず……!』
『探すのに時間かかったんだからしょうがねーだろ』
 普段あまり体なんて動かさないから、彼の少し速いペースについてゆくだけで息が上がった。
 足手まといになるのが嫌で、どの競技にも参加しなかったから、体育祭の賑やかな空気の中、風を切って走ることになるなんて想像もしていなかった。
 突き抜けるように澄んだ秋の空が綺麗だった。
 手を引かれるままに走っていると、彼がいつも見ている景色に近づけた気がして段々嬉しくなってくる。
 体育委員が白いテープをわざわざ用意して、2人がゴールするのを待っていた。
 ゴールテープを切ると、元気なアナウンスが校庭に響き渡ったが、気恥ずかしくて、邑香は俯いたまま肩で息をするだけ。
 判定係の体育委員が駆け寄ってきて、俊平の持っていたカードを受け取り、確認する。
『”仲の良い後輩”』
 読み上げられたワードに、邑香は顔を上げる。
『オッケーでしょ?』
 俊平が照れることなく言うと、判定係も邑香をそっと見てから笑う。
『仲の良いどころじゃないしね。おつかれさん』
 次の走者たちが走り出す準備をしているので、そちらにOKのジェスチャーをして、彼は所定の位置に戻っていった。
『ユウじゃないと不正解でしょ?』
『ケースケ君だっているじゃない』
『あれは”部の後輩”じゃん』
 こちらから見ている分には仲の良い先輩後輩にしか見えないのに。俊平の仲良し基準はハードルが高い。
『はー、もう。なんて書いてあるのかドキドキしちゃった。2人でグラウンド走らされるだけでも羞恥プレイなのに』
『なんて書いてあると思ったの?』
 ”好きな人”、”大切な人”、”恋人”……脳裏を過ぎるだけ過ぎって、言葉にはならなかった。
『”仲の良い友達”とかだったら、シュンはカズくんを選んだろうしなぁ』
『は?! ないない。何が悲しくて、カズと手繋いで走らにゃならんの』
『ちょっと見てみたかったかも』
 からかい口調で言うと、俊平が本当に嫌そうに顔をしかめた。そんなに嫌なのか。”仲の良い友達”であることは間違いないだろうに。
 おかしくなってクスクス笑うと、俊平が不愉快そうに唇を突っ尖らせて、何やらブツブツ言っている。
 小声すぎて聞こえないので、邑香は特に気にせず、ゆっくりと俊平の背中を押した。
『邪魔になるから戻るよー』
『押さなくても歩けるよ』
『あはは』
 朗らかに笑いながら、俊平を押して歩いていると、志筑(元)部長と行き会った。からかうように彼が笑う。
『相変わらず仲良いなぁ、お前ら』
『はは』
『あ、椎名。姉さん、次走るぞ』
『え?』
『出目によっては、また走るようかもしれないから、連れて行きやすいとこに立っててやれよ。じゃあな♪』
 バチンとウィンクをしてそう言うと、軽やかな足取りで走って行ってしまった。
『ぶちょー、瑚花さんのこと好きだよなぁ』
 あっけらかんと俊平が言ったので、邑香はびっくりして、彼の後頭部を見上げた。そういうことには興味がないと思っていた。
『瑚花さんの最後の勇姿、2人で見守る?』
 クルっと振り返って俊平が白い歯を見せて笑った。
『それじゃ、死ぬみたいじゃん』
『だって、高校最後のイベントだろ』
『……まぁ、そうだけど』
 中学の頃、彼はそんなこと気にしたこともなかったのに。
 どう足搔いたところで、姉も俊平も、自分を残して先に卒業してゆくのだ。
 自分にとっては、まだ次の体育祭があるけれど、彼にとってはこれが最初で最後の体育祭だったことに気が付く。
 そして、来年は、自分にとって最初で最後の文化祭。
 俊平のジャージの袖をつまみ、そっと引き寄せる。
『ん? どした?』
『シュン、来年はうちの高校、文化祭あるよね? そしたら、一緒に回ろうね』
 喧騒の中、ポソリと囁いた言葉。きっと、彼にだけ届いていた。

:::::::::::::::::::

 陸上部員がクールダウンを開始したので、邑香は松川と後片付けを始めた。
「明日、追い出しレースですね」
 ラダーを畳みながら松川がふと話題を振ってきた。収納用の折り畳みボックスを開いて、地面に置いてから邑香も頷く。
「そうだね」
「谷川先輩って、来るんですか?」
 夏祭りの時に”別れた”という話を聞いてから極力避けていただろうに、その時の松川には躊躇いがなかった。
「……来ないよ」
「そう、なんですね」
「シュンは、辞めたつもりでいるから」
「え……?」
「だから、ケースケ君が声掛けても来るわけないし、あたしも声なんて掛けられないの」
「どういう、意味ですか?」
 松川の怪訝な表情。邑香は無言で松川が持ってきたラダーを受け取り、ボックスに仕舞った。
 何も答えてくれない邑香に、眉根を寄せる松川だったが、すぐに気を取り直して尋ねてきた。
「……なんで、別れたんですか?」
 邑香がボックスを持とうとするのを半ば奪い取るようにして持ち上げ、先を歩いてゆく。
 気が付くと、力仕事のほとんどは彼女がそれとなくやってくれていた。
 松川は優しい。その背中が微笑ましくて、きゅっと口角を上げて軽く笑う。
 ついてこない邑香を気遣うように、松川が立ち止まって振り向いた。
「先輩?」
「え?」
「もう。私の話聞いてます?」
「……別れた理由?」
「それ聞かれてるのに、なんで笑ってるんですか?」
「え? 松川さんが可愛いなぁって思ったから、かな?」
 噛み合わなさに呆れるように松川がため息を吐く。
「まぁ、私が質問していい話じゃないですよね」
「そんなことはないけど」
「私は、先輩たちが仲良くされていた頃を知らないので、わからないですけど」
 邑香が歩き始めると、それに合わせて松川も足を前に進める。
 松川は1年なので、俊平が邑香に退部の話をしたタイミングと入れ違いで入部してきた。
 だから、風の噂で、あの2人は付き合っていてとても仲が良かった、という話だけは知っていても、それを実際に見たことはない。
「夏休み前、谷川先輩が先輩に付き添って帰ったじゃないですか」
「うん」
「大丈夫そうだなって、その時思ってほっとしたのに」
 ボックスを持ち上げ直して、更にため息を吐く松川。
「先輩には、寄り添ってくれてる人がいないと、心配です」
 邑香を見下ろして、真面目な表情で言ってくる背の高い後輩。
 なんで、この子、こんなに自分に懐いているんだろう。いつも思っている言葉が浮かぶ。
「あたし、そんなに頼りないかぁ」
「そういう意味じゃなくて」
「だからだよ」
「え?」
「誰かがいないとどうにもならない自分じゃダメだなって思ったの」
 邑香のその言葉に松川は返す言葉が見つからなかったのか、視線を外して前を向いた。
 邑香は道すがら、落ちている備品を拾い集めて、松川の持っているボックスに投げ入れていく。
「先輩のそういうところすごく好きですけど」
 だいぶ経ってから松川がそう言った。
 部室の扉を開けて、松川を先に通してやる。
「……なんか、見ててもどかしいです」
 悲しげな声でそう言い、ボックスをロッカーの上にひょいと乗せてしまう。背が高いからできることだなぁと感心しながら見守る。
 突然ザッと風が吹いて、校庭の砂埃が礫のように飛んできた。部室にも入ってしまい、立ち上った埃で邑香はケホケホと咳き込む。
「あー、みんなが戻ってくる前に掃き出さなきゃ」
 松川がすぐに用具入れに向かっていく。邑香はジャージについた砂埃を払いながら、校庭に視線を向ける。
 ふと、大荷物を抱えて歩いていく俊平が視界に入って、思わず、そちらを見てしまった。
 先々週演奏会を見に来ていた女の子と楽しそうに何か話しながら、校庭を突っ切ってゆく。
「ケホ」
「先輩、大丈夫ですか?」
 後ろで掃き掃除をしている音がする。
「うん」
「砂、掃き出しちゃうので、どいててくださいね」
「ありがと」
 邑香は髪についた砂を払いながら、部室の入口から少しだけ離れ、壁にもたれかかって小さくため息を吐いた。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)