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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」4-10

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第4レース 第9組 正直者のジレンマ

第4レース 第10組 せっかちなantinomy

「あー、ちゃんと来たね。いい子だ」
 電車、バスと乗り継いでたどり着いた、オープンテラスのあるカフェ。
 横髪を三つ編みにして後ろで結わえ、カフェ用のエプロンを着けた舞先生が笑顔で迎えてくれた。
 電車に乗った後は、世界陸上と甲子園の話をしながらここまでやってきた。
「……来なかったら空席できるでしょ? 気分悪いし」
 邑香が素っ気なくそう返し、ため息を吐く。俊平は1人ついていけずに首をかしげる。
「2人、知り合い?」
「この子、いつも部活で最後までいるから」
 舞先生はしれっとそう言い、ニコニコと笑う。
「俊平からも言ってやってよ。お前が帰らないと先生帰れないんだぞーって」
「うるさいなぁ。そんなに遅くまでは残ってないでしょ」
「おー、こわ」
 茶化すような舞先生の態度に、邑香は不快そうに眉をひそめる。
「あ、そうだ。ナオちゃんも来てるよ」
 呼び方が随分馴れ馴れしくなっていないだろうか。
 舞先生が指し示した先、杖をついた状態で、拓海と話をしている奈緒子が立っていた。アコースティックライブだけあって拓海は普段の装いよりも更にシックで大人びた服を着ている。奈緒子もリハビリの時のカジュアルで可愛らしい服装ではなく、しっとりとしたワンピース姿だった。
「ナオちゃん?」
「俊平と仲良い中学生」
「ふーん」
「なに、その反応」
 邑香の視線が痛い気がして苦笑しながら尋ねるが、彼女は特に何も言わずにバッグからチケットケースを出した。
「はい、チケット2人分」
「席は空いてるところならどこでもいいよ。1杯目だけ先に教えて」
 邑香がチケットを渡すと、舞先生が2人にメニューのソフトドリンクのページを見せてきた。
「グレープジュースとアップルサイダーで」
 メニューを見て即答した後、我に返って邑香を見る。
「で、大丈夫?」
「うん。ありがと」
「先生、お金は?」
「後会計。空席埋めに来てってお願いしたんだから、出したげる。好きに頼んでいいから」
 気前よくそう言うと、俊平にメニューを手渡し、後から来たお客さんに挨拶して駆け寄っていってしまった。
「和食だったらなぁ……」
 俊平の持っているメニューを覗き込んで、邑香がぽそりと言い、先に歩いて行ってしまう。
「舞先生、命拾いしたね」
 苦笑しながらそう言い、彼女の後を追った。
 体が弱いので誤解されやすいが、彼女はよく食べる。燃費が超絶悪いので、彼女用に糖タブレットや飴玉、チョコバーを持参するようになった。勿論、今日もバッグに入っている。
 日の当たらない、風がよく通る2人用のテーブル席を選んで邑香が腰かけたので、隣の席にドカリと腰を下ろした。バッグを足元のカゴに入れた後、邑香の荷物も受け取って入れてあげた。
「こういうの来るの初めてだな」
「2人とも、音楽にはあんまり興味ないもんね」
「集中用に聴いたりはしてるけどな」
「シュンはいつも陸上中心だからねぇ」
「洋楽とか」
「歌詞分かるの?」
「全然。かっこいいから。ユウってなんか得意な歌とかあるの?」
「……歌謡曲とか」
「かようきょく」
「あとは、演歌……?」
「えんか」
 思ったよりも渋い趣味に思わずオウム返しをしてしまう。全然知らなかった。俊平の反応に、邑香が照れくさそうに唇を尖らせる。
「うちで音楽よく聴いてるの、おばあちゃんだし。だから、若い子たちの話、わかんないんだよね」
「……おまぃのほうがオレより若いからね」
「1つしか違わないじゃん」
「なんだなんだ~。早速痴話喧嘩かな?」
 舞先生が先程注文したドリンクを持ってきてくれた。テーブルに置きながらからかうようにそう言い、オーダーメモをエプロンのポケットから取り出して笑う。
「頼むもの決まってたら聞いちゃうよ」
「センセ、副業禁止じゃないの?」
「これは完全にボランティアなので、報酬はございません」
「大変だね」
「……思ったよりしみじみした声で言われたな」
 邑香の言葉に舞先生は苦笑を漏らし、もう一度お伺いを立てるようにこちらに視線を寄越す。
「これって何時くらいまでの予定すか?」
「2時間くらいだけど、飽きたら出てっていいから」
「そういうもんなんですか?」
「そういうもんよ。あたしのおすすめはこの辺りかなぁ」
 2人ともメニューを開こうとしないので、舞先生が代わりに開いて見せてくる。
「……脂質が高い」
 隣で邑香がぽそりと言ったのが面白くて、俊平はふはっと笑う。
「こらこら、成分で話をするな」
 こつんと小突く舞先生。
「別にいいよ。食べてもその分動くし」
「今ってお医者さんたちにトレーニング量調整してもらってるの?」
「まぁ、そう」
「だったら、それより多くは動かないほうがいいよ。まだリハビリトレーニングの段階でしょ?」
「ん? うん」
 前はこんなこと言ってこなかったのに、どうしたんだろう。
 オシャレ系メニューが多く、ピンと来るものもなかったので、注文を邑香に任せ、俊平は2人のやり取りを眺めているだけ。
 ふと、店の奥に視線を遣ると、奈緒子がこちらに気が付いて手を振ってくれた。笑顔で小さく手を振り返すが、それだけで、特に彼女はこちらに近づいては来なかった。

:::::::::::::::::::

「飯も美味かったし、歌も良かったな。やっぱ、月代さんの歌良いなぁ」
 オシャレ飯、と小馬鹿にしていたものの、食べてみたらどれも美味しかった。膨れたお腹をさすり、隣を見ると、邑香も満足そうに頷いた。
「全部、あの人が作った曲なのかな?」
「たぶん」
「『ぽおらるとーん』で活動しているから、動画サイトで検索してみてね」
 入口が会計で詰まっているので、のんびり話していると、お客さんに挨拶して回っていた拓海が2人の席にやってきた。
「俊平くん、来てくれてありがとう」
「あ、や、たまたまなんで」
「そう。そちらは? 妹さん?」
「椎名邑香です。音楽疎いので楽しめるか心配でしたけど、すごい良かったです」
「あら。嬉しい。ありがとう。……あ」
「 ? 」
「春先の迷い猫さんだ」
「ネコ……?」
 拓海の独特の表現に、俊平は思い切り首をかしげてみせる。表情が貧困なので分かりにくいが、言われた邑香も完全に困惑していた。
「あ、ごめんごめん。気にしないで。もし気に入った曲があれば、いつでもいいので教えてくださいね。舞経由でも構わないので」
「はい。家に帰ったらゆっくり聴いてみます」
 邑香がぺこりと頭を下げると、拓海も会釈をして別のお客さんの元に歩いて行ってしまった。
「知らない間に、色々知り合いが増えたんだね」
 特に他意がこもっている声ではなかった。
「月代さんは夏休み前に河川敷で歌ってるの見かけて。そしたら、たまたま、舞先生の知り合いだったんだよ」
「そっか」
「その時、変なこと言われたんだよね。まぁ、ユウもさっき変なこと言われてたね」
「ちょっと変わった人なのかもね」
 入口の方を確認すると、だいぶ人もいなくなっていた。
「そろそろ行く?」
 そう言い添えて、俊平は立ち上がる。カゴを引っ張り出して、邑香に荷物を手渡した。
「バスもちょうどいい時間のがありそうだね」
 スマートフォンを操作して邑香が時刻表を確認してくれた。自分の荷物を肩に引っ掛け、白い歯を見せて頷き返す。
「さすがにこの時間になると、逃したら1時間後とかか?」
「30分後」
「あんまり遅くなるのもあれだし、急ごーぜ」
 まだ立ち上がらない邑香にそっと手を差し伸べる。一瞬躊躇いの色が見えたけれど、俊平の手を取って立ち上がった。
「疲れた?」
「んーん。もう終わりかって思っただけ」
「また、どっか行けばいいじゃん」
「……うん、そうだね」
 寂しげな声にドキリとする。そもそも、こんなに彼女を放置したのは自分なのだ。どの口が言うのか。息を飲み込むと、喉がきゅっと鳴った。
 カフェを出てバス停に向かい、ちょうどやってきたバスに乗った。
 沈黙を嫌うように、邑香は拓海の曲の動画を検索して見せて来る。せっかくなので、2人ともチャンネル登録をした。
 電車に乗り換え、藤波駅まで。
 半日にも満たない時間だったけれど、久しぶりに笑顔で話せて楽しかった。
 夏の夜。空はどうしようもないほど緑がかった星空で。とても綺麗だった。拓海の歌を聴いた後だからかもしれない。その日の星空は、これまで見た中でも一番綺麗だったような気がする。
「家まで送るよ」
「……うん、ありがと」
 当然のように言うと邑香はまた少し躊躇いの表情。なんだろう。
「どうかした?」
 ゆっくり歩きながら尋ねる。日は落ちてもまだ蒸し暑い。ただ、今日はまだ風が通る日で。頬を撫でる風だけは心地よかった。
「シュンさ」
 落ちた横髪を耳に掛け直し、星空を見上げて彼女は考え込むように次の言葉を探していた。
「あたしに、嘘ついてない?」
「オレが?」
 本当のことを話してくれないのは邑香のほうじゃないか。
「言いたくないことはあるけど、嘘はついたことないよ」
「……そっか」
 俊平の言葉を飲み込もうと邑香はゆっくり瞬きをする。
「陸上部辞めたのは、なんでだったのかな?」
「……ごめん。言いたくない」
 たとえ、彼女でもそれは言いたくなくて、俊平ははっきりと返す。邑香は寂しそうに目を細めた。
「キミが辞めてから1ヶ月くらいして……ゴールデンウィークにカズくんと道で会って、その時に言われたの」
「え?」
「”あいつ、そんなに器用な奴じゃないから。ゆーかちゃんから話しかけてやりなよ”って。だから、シュンはあたしと話をしたくないんだと思ってた」
「……それは」
「それからも、カズくんなりに心配してくれたのか、早く仲直りしたほうがいいよって言ってくることがあった。……喧嘩なんてした覚えもない。あたし、シュンに何かしたのかな?」
「してないよ」
「カズくんには話せて、あたしには話せないことがある?」
「逆はあっても、それはないよ」
「……よく、わかんないよ……」
「カズとは怪我の話、何もしてないし」
「それ以外は?」
「それ以外?」
「たまに、あたしは、2人に置いてきぼりにされてるなって感じることがあった。でも、それは、2人があたしなんかよりも長い付き合いなんだから当たり前だし、仕方ないと思ってた」
「……ユウは何の話をしてるの?」
「なんで、キミが困ってる時に、隣にいるのが、あたしじゃないの」
 振り絞るような声。邑香が立ち止まったので、合わせて立ち止まり、彼女を真っ直ぐ見下ろす。
 不安げな表情と上目遣い。あの日以降、彼女が俊平にいつも向けてくる顔だ。その顔をさせてしまったのが自分であることしか、俊平には分からない。
「……頼むから、そんな悲しそうな顔しないでくれよ……」
 ぼそっと漏らすと、邑香も懸命に表情を保とうと口角を上げようとしたようだったけれど、上手くいかない様子だった。
「あたしなんていなきゃよかった」
「は?」
「あたしなんて……いなきゃよかった……!」
 彼女は両手で顔を覆って、大きな目からこぼれ落ちる涙を隠す。
 あの日の夕暮れ、彼女は泣いていた。
 その悲しみを拭ってあげたくて、いつも以上に陽気に振る舞った。
 走った後、嬉しそうに笑ってくれたことが嬉しかった。
 初めて彼女が目の前で倒れた日、目覚めた彼女はまた泣いた。
 一緒にいるだけで泣かないでくれるならそれでよかった。
 先輩の女子と揉めても、彼女は気丈に振る舞って泣くこともなかった。
 でも、知ってる。
 彼女の手は震えていた。
 高校進学の話が出始めた夏の日、遠方の高校への推薦が本決まりしそうだと話した時、彼女は寂しそうに目を細めて、それでも、なんとか笑顔で送り出そうとしてくれた。
 その時に思い知った。
 傍にいてあげられなくなることを。
 ――キミが笑ってくれるのならそれでよかったんだ。
「オレはお前じゃないと……」
「あたし、子どもの頃から体が弱くて、中学に上がる前まではほとんど入院してたんだよね」
 俊平が言いかけた言葉を遮って、今まで話したがらなかったことを彼女が話し始めたのでドキリとした。
「登校しても、ふとしたタイミングで調子が悪くなっちゃって。同級生たちも、腫れ物に触る感じというか……可哀想な子って目であたしを見てきて。それがずっと嫌だった」
「うん」
 戸惑いながらも頷く。この話は止めたほうがいいものだろうか。彼女が俯いているから表情が見えない。分からない。
「シュンはあたしが目の前で倒れても、変わらないでくれたね。あの時、とっても嬉しかったんだ」
 4年前のことを思い出して目を細める。分かってあげたくても分からなかった。でも、よかった。やっぱり、あの涙は哀しい涙じゃなかった。
「キミとの出会いで、あたしの世界には風が吹いたんだよ」
 ハンカチで涙を拭い、はぁと息を吐き出す邑香。切り替えたように顔を上げ、こちらを見てくる。その表情はこれまで俊平が見てきた邑香の顔の内のどれでもなかった。心に鍵でもかけたように、遠い気がした。
「告白した時、シュンは『カズくんじゃなくていいの?』みたいなことをあたしに言ったよね」
「そりゃ、オレから見てもカズは良い奴だし、カッコいいから」
「……そうだね。シュンにとってはそうだと思う。でも、あたしにとってはそうじゃないからさ」
 俊平の返しを可笑しそうに受け止めて、邑香は目を閉じてそう言い切る。
「上級生に絡まれたら助けてくれたり、1人なのが心配だったのか、カズくんを紹介してくれたり。あたしにとっての良い奴は、やっぱり、シュンなんだよね」
「なんだよ、急に……」
「だから、あたしが、誰よりも幸せでいてほしいと願うのは、キミなんだ」
「それはオレだって」
「陸上中心のキミにとって、判断を鈍らせる因子があたしなら、いなくならないといけないのは、あたしだ」
 1人で勝手に納得したように邑香は頷く。
 走っても走っても追いつけない。全国大会で出会ったアスリートたちみたいに、彼女が遠く感じた。
「ちょっと待てよ。お前が何言ってるのか、オレには全然……」
「シュン、お願い。あたしと別れてください」
 夏の夜。これまで見た夏の星空の中で一番綺麗だったその日。彼女は今まで見せてきた中で一番哀しい、それでも、一番綺麗な笑顔で、その言葉を口にした。

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