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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」5-1

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第4レース 第10組 せっかちなantinomy

第5レース 第1組 なつなぎだより

 お盆明けの登校日。
 俊平の様子がおかしい。先週の水曜はあんなに楽しそうに家を出て行ったのに、今日は元気がない。気のせいだろうか。
「カズ、ここ、これで合ってるか?」
 休み時間、数学を見てほしいと言われたので、彼の様子を窺いながらぼーっとしていると、返答が無かったためか、俊平が顔を上げてこちらを見てきた。
「おい、カズ」
「……ん?」
「ここ、合ってる?」
 コンコンと叩いて指差したところに視線を落とす。正解だった。
「大丈夫だよ」
「サンキュ」
「頑張ってんな」
「走るしかねーからな」
「ん?」
「オレは、走ることしかできねーから」
「……そんなことねーだろ」
 少なくとも、自分なんかよりも俊平はよっぽど人の感じていることや痛みに敏感だ。
 和斗には把握はできても、その人の感じていることまで理解はできないし、分かってあげようとも思わない。俊平は優しいのだ。
 黙々と問題を解き、詰まったらしいところで、和斗がぽそっとアドバイスをする。集中力がすごいし、飲み込みも早い。俊平が走ること以外にも本気になるような人間だったら、自分なんてきっと太刀打ちできないだろう。昔から、自分は彼に対して、激しいほどのコンプレックスを抱いている。それはずっと拭いきれずに心の奥底に眠ったままだ。
「谷川、めっちゃ頑張ってんね」
 綾が音もなく現れて、ノートを覗き込んできた。さらりとこぼれ落ちる柔らかそうな長い髪からほわりと爽やかな香りがした。彼女は男女隔てない分無防備すぎてたまに心配になる。和斗は不自然にならない程度に軽く咳払いをした。俊平がすぐ顔を上げて言い返す。
「元々就職組だったから遅れてんの!」
「あー。大丈夫大丈夫。アタシも似たようなもんよ。バスケばっかしてたから」
「……大丈夫、とは」
 綾の切り返しに呆れたように俊平は頬を引くつかせた。
「瀬能さん、何か用?」
「ん? あ、今ちょうどアタシの友達が教室来てるから、顔合わせしちゃおうかなと思ってさ」
「顔合わせ?」
「文化祭、手伝ってくれる子」
「……ああ」
「大丈夫? やだったら、休み明けでも」
 和斗のリアクションが薄かったからか、綾が気を遣うように言い加えてきたが、俊平はペンを置いて笑った。
「いいよ。いつ挨拶したって変わんねーし」
「おっ、ありがとう」
 俊平の返しにほっとしたように笑むと、綾は廊下のほうを向いて手招きをする。視線の先には、女子が2人立っていた。黒髪ストレートロングで手足の長い女子と、前髪パッツンで美意識の高そうな小柄女子。どちらも空気が華やかで、綾の友達というのも頷ける空気があった。ゆったりと歩いてきて、髪の長いほうの女子がにこーっと笑いかけてくる。普段接さない系統の女子だ、と肌で感じ取る。
「生徒会長さんと谷川くん、よろしくね~。まさか、2人も手伝い組だなんて思わなかった。嬉しいなぁ」
「よろしく。名前なんてーの?」
「須藤巴(すどうともえ)でーす」
 鼻にかかった甘ったるいよそ行き声。俊平はこの手の女子は得意じゃない。ちらりと彼のほうを見てみると、特に気にもしないように笑い返していた。
「でー、こっちが、高梨(たかなし)コズエ」
 めんどくさそうに巴についてきていたコズエがため息を吐いてから、こちらを見た。
「よろしく」
 ハスキーな声。
「おう。えーと、須藤と高梨、な」
 俊平は覚えるように2人の顔を見上げ、白い歯を見せて笑い、頷いてみせる。
 それが嬉しかったのか、巴がにこにこ笑顔で、長い髪を掻き上げた。
「やっぱ、谷川くんいいわー」
「……は?」
「んーん。こっちの話。私たち、たぶん、メイクと衣装担当でお手伝いするからさー、是非、谷川くんのこともいじらせてね」
「巴」
 にこにこしている巴に俊平が引いているのを察したのか、コズエが止めに入ってくれた。彼女の腕を引いて、俊平と和斗から少し遠ざける。
「わー、なになに」
「急に言われても、引くでしょ、そういうの」
「えー、だって、私、谷川くんの顔好きだし」
「だから、そういうの。相手、恋人いるんだから、間違えたら迷惑かかるでしょ」
「……ごめんね。巴、顔が好き、とかよく言ってくる子でさ」
 2人の様子を窺っていた綾が間髪入れずにフォローに入ってきた。
「他意はないから。たぶん」
 巴の行動に少々驚いたのか、綾も自信なさげにそう言い、苦笑してみせた。
「近くで見られるって思ったらつい」
「ほら、もう行くよ」
「えー、もっと話したいー」
「時間だから」
「わかったってば。じゃー、2学期よろしくね、生徒会長さん、谷川くん」
「おぅ」
 コズエに手を引かれて巴の声が遠のいていく。廊下側の席に座っていたひよりの肩をポンと叩いて、無邪気にひらひらと手を振って廊下に出て行ってしまった。肩を叩かれたひよりは、反応に困ったのか、ただ2人のことを見送っているだけだった。
「……なんか、女子全開って感じのやつが来たな」
 俊平がボソッと呟く。
「あー、アタシと話してる時はあそこまでじゃないんだけどね……。びっくりしたわ。ごめんね」
「いや、謝ることじゃないけど」
「そういえば、1、2年の時は、瀬能さん、あの子たちとよくつるんでたね?」
「あら、よくご存知で」
「そりゃまぁ、目立つし」
 感心したような綾の返しがおかしくて、和斗はくすりと笑いながら返す。確か、もう1人いたはずだ。派手めな女子でつるんでいたからとても目立っていた。
「高校入ってすぐ話しかけて来たのよ。巴がアタシの前の席で、コズがアタシの後ろの席だったんだ」
「なるほど」
「その時の第一声も”えー、めっちゃ顔綺麗。羨ましい~”だったんだよね」
「あれが平常運転」
「そう。だから、あんまり気にしないでね」
 俊平のドン引きした様子がおかしいのか、綾は笑いながらフォローを入れてくる。
「あ、そうだ。明日の夜、お祭りあるじゃん?」
「棚川和(たなかわ)の?」
「そう」
 棚川和は藤波の隣駅だ。藤波ほど大きい施設はないが、聖へレス大学関連の学舎や弁天様を祀る神社がある。
「せっかくだし、景気づけに行かない? ひよりと試作品作って持ってくから、その時に感想聞かせてよ」
「……瀬能さん、そういうのは」
 以前、圧をかけたのにまだ懲りていないのか。
「お盆ずっと勉強してたから飽きたし、たまにはいっか。いいよ」
「え、おい、しゅんぺー」
 あっさり了承する俊平に和斗は戸惑うしかない。
「サンキュー。せっかくだから、浴衣着てきてよ。夏っぽくさ」
「浴衣……」
「あ、無理にとは言わないけど」
「まぁ、気が向いたらな」
「サンキュー。じゃ、あとで待ち合わせ時間とか連絡するね」
 自然なノリでそう言い、綾が席に戻っていく。ちょうどチャイムが鳴ってしまい、俊平に問い詰める間さえなくなってしまった。

:::::::::::::::::::

 放課後、生徒会の作業が終わって、誰もいない教室に戻った。
 昼前には生徒たちも解散となったので、午後学校に残っている生徒は部活動か委員会活動のある生徒だけだった。俊平も親に買い物を頼まれたと言っていたので、すぐに帰ったようだ。
 校舎の南側に面した教室は光が入りやすく明るくていいのだが、夏はとにかく暑い。廊下の窓も開いていなかったから耐えられず、和斗は窓を開けた。開けた途端、校庭で部活動をしている生徒たちの声や金属バットの音が近くなる。
「……青春だねぇ」
 呟いて、眼鏡の位置をそっと直す。自分が苦心の末に捨てたものが校庭にはある。俊平は名残惜しそうに窓の外を見つめていたものだが、和斗にはこの光景は全く名残惜しいものではなかった。陸上部員たちは外周トレーニングにでも行っているのか、校庭にはマネージャーがいるだけのようだ。
「ゆーかちゃん、今日は大丈夫そうか」
 なんとなく気にする癖がついてしまったので、言い聞かせるように呟き、ふーと息を吐き出す。
 中学で俊平が邑香の話をするようになった時はさすがに驚いた(それまでは専ら陸上か前の日に見たアニメの話だった)けれど、彼が邑香のことを大事にしているのは分かったので、気にするようにしていた。邑香が女子に絡まれた時も、俊平に教えたのは和斗だった。親友の大事な人だから、出来るだけ大事にしたい。それは自分なりの誠意のつもりだ。当の邑香にはどうにも煙たがられているようだが、長い付き合いなので、親愛の証だと思って受け止めるようにしている。
 廊下で足音がしたので、和斗は窓を閉めて帰り支度を始める。少し経ってから、車道先生が教室に顔を見せた。
「あ、よかった。和斗、まだいたね」
「おれに用ですか?」
「俊平に渡さないといけない資料があったんだけど、伝えるの忘れててさ」
「何の?」
「大学の資料。怪我はしちゃったけど、実績もあるし、推薦できそうなところ見繕ってもらったのよ」
「なるほど。分かりました」
「和斗、いつもありがとね」
「……当たり前のことをしてるだけなので」
「先生たちも気にするようにはしてるみたいだけど、校外のことまでは目が行かないからさ」
「……去年、気にしてくれてたらよかったんですけどね……」
「…………。誰だって、全部は完璧にはできないよ。大切なのは繰り返さないことだから」
「そう、ですね」
「あたしは聴くことしかできないけど、何かあったら気軽に相談しに来てね」
「はい」
「俊平のことじゃないよ? 和斗のことね」
「……おれは、別に相談するようなことないので」
「あはは、それは頼もしいなぁ」
 和斗の返しにゆるく車道先生は笑う。
 誰に対しても、大体どう振る舞えばいいのか分かるのだが、掴みどころがないところがあるからか、この先生に関してはそこがよく見えてこない。
「あ、そうだ」
「はい?」
「あれから、俊平と邑香の様子、どうかな?」
「……? 何の話ですか?」
「先週、知り合いの演奏会に2人で来てもらったんだけど、微笑ましい感じの空気になってたから、ちゃんと話せるようになったのかなって気になってて」
「……先週。水曜ですか?」
「あ、うん。そう。邑香ってあんな表情するんだなぁって微笑ましかったよ」
「そりゃ、まぁ……」
 高校入学後、2人が恋人同士だと発覚した時だって、普段の澄ました顔と全然違う彼女を見て、周りがざっと身を引いたのだから、当然のことだ。邑香をあんな風に笑顔にできるのは俊平しかいない。
「何も、聞いてないです」
「まじか」
 今日、俊平の様子がおかしかった。理由はなんとなくわかった気がする。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)