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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-15

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第14組 許せない気持ち

第7レース 第15組 夏色想い出タルト

「ちわーっす」
 奈緒子たちの練習を30分ほど見学してから体育館を抜けて、家庭科室に顔を出した。
 陽気なその声を、水谷がほんやりとした笑顔で迎えてくれる。
「あれ? 今日も来たの?」
「美味しそうな匂い嗅ぎながら勉強するの、割と捗ったから」
「ふふ、そっか」
「場所借りまーす」
 肩に掛けていたバッグを下ろして、低い椅子に腰を下ろす。
「あ、うん。それは構わないけど」
「サンキュー。今日は何を作るの?」
「昨日寝かせてたクッキーを今は焼いてて。これからタルトを作るところ」
「タルト」
「手間はかかるけど、カフェで出すにはちょうどいいかなぁって思って」
「色々模索してるんだもんね。でも、タルトでゴースト感出るかな?」
「あ、うん。いいこと思いついたの」
「へぇ?」
「そうだ! あとで、また、メレンゲ作るの手伝ってもらっていいかな?」
 楽しげに水谷が手を打ち鳴らして、俊平に尋ねてくる。
 昨日頼まれてめちゃくちゃ卵白をかき混ぜまくったのだった。お菓子作りにも力仕事が存在してよかった。
「モチロン♪」
「じゃ、頼む時声掛けます」
「へーい」
 満面笑顔で頷いて、俊平は勉強道具を取り出し、ノートを開く。
 色々準備をしているのか、水谷がパタパタと用具を取り出してきては、カタカタと音を立てている。
 この作業音が心地よくて、昨日も勉強が捗った。
 現国文の過去問を開いて、先に設問を読んでから、文章に目を通す。
 国語は眠くなるので、あまり得意ではない。そのため、数をこなして、体に馴染ませようとしているところだった。
「……夏休み、あっという間だったね」
 珍しく、水谷から話題を振ってきた。俊平は顔を上げて笑う。
「確かに……?」
「あ、そんなことなかった、かな?」
 メンタル面で割と忙しなかったから、あっという間という認識はなかった。けれど、それを彼女に言っても仕方ない。
「リハビリトレーニングに受験勉強、力になれたのか全く分からないけど文化祭準備……盛り沢山だったなぁ。夏祭りも楽しかったね」
「う、うん。星空、綺麗だった」
「星空?」
「夏祭り」
「ああ、うん。なんか、流れ星めっちゃ流れてたよね」
「あとで調べたらペルセウス座流星群のピーク日だったんだって。あの夜」
「へぇ……」
「でも、あんなに降るんだなぁって感じだよね」
「確かに」
 俊平はニッカシ笑って頷く。そして、夏祭りの話で、お化け屋敷のことを思い出して、そっと顔を覆った。
「え? どうしたの?」
「とても今更なんだけれど」
「え?」
「あの時は本当にごめんなさい」
 両手を合わせて頭を下げる俊平。水谷は小首をかしげて天井を見上げ、すぐに笑った。
「谷川くん、お化け屋敷の中でも、ずっと、わたしに謝ってたよ。気にしなくていいよ?」
「そうだっけ……? 記憶が全然ないんだよね」
「わたしはいい思い出になったから、全然気にしなくていいよ」
 柔らかい笑顔とともにそう言うと、水谷は作業に戻ってゆく。手を動かしながら静かに言った。
「……そういえば、今日、陸上部で何かやるみたいだけど、谷川くんは行かなくていいの?」
 俊平は一瞬表情を凍らせたが、悟られないようにすぐに何食わぬ顔で笑った。
「オレ、部員じゃないから」
 俊平の言葉に驚いて、水谷がまた作業の手を止め、目をまぁるく見開き、こちらを見た。
「怪我した後、辞めたから」
 思い当たったことでもあったのか、その言葉に納得して頷く水谷。
「……そういえば、この前綾ちゃんがそんなこと言ってた」
「え? あー、プールで」
「口喧嘩になったって気にしてて」
「あれはオレが悪かったので」
 瀬能が相談していたことをぽろっと漏らしてしまった水谷は、少々慌てた調子でフォローをし、その度に墓穴を掘る。
 それが可愛らしくて、俊平はくすりと笑った。
「休部してるんだとばっかり思ってた。そのまま引退になったんだと……」
「薄情だから辞めちった」
 軽薄な調子でそう言い、話題を嫌うように、参考書に視線を落とす。その空気には水谷も気付いたのか、それ以上は踏み込んで来なかった。

:::::::::::::::::::

 退院後初日の登校日。
 焦った俊平は無理に陸上部の練習に出て、ウォームアップの段階で、膝に力が入らず、崩れ落ちるように転んだ。

 ――嘘だ。嘘だ。誰か、嘘だって言ってくれ。手術は成功したんじゃないのかよ。こんなのオレの体じゃない!

 ずっとずっと、強いメンタルで撥ねつけてきたネガティブな感情に、その時初めて飲まれた。
 気遣うように高橋が膝をついて、俊平に声を掛けてくれていたが、何を言っているのか、全く聞こえなかった。
 頭の中で、金属製のボウルがグルグル回っているような、変なボワンボワンという音が鳴り続ける。
 息が上がる。込み上げてくる吐き気を必死に堪えて、ゆっくりと立ち上がった。

 次に我に返った時には、もう自室だった。
 いつも整頓されている自分の部屋が、嵐が過ぎ去った後のように荒れていた。
 あんなに大切にしていた陸上雑誌が壁にぶつかった衝撃で皺が寄った状態で床に落ちている。
 巻いて立てていたヨガマットも倒れ、プロテインのボトルに至っては、蓋が開いた状態で床に転がっていた。粉末もこぼれ、カーペットを汚している。
 俊平は背を丸くして自分自身を守るように眠りについた。
 その夢には邑香が出てきた気がする。
 ずっと優しい声で俊平に語りかけて、頭を撫でてくれていた。
 気持ちの悪い吐き気が段々止んでいく。頭の中で鳴っていたボワンボワンとした音が止んでいく。
 夢の中で聴いた邑香の声は、愛しさにあふれていて、とても優しかった。

:::::::::::::::::::

 怪我をして何もできないことは分かっているのに、習慣は染みついていて、放課後一応陸上部には顔を出した。
 記憶に靄がかかっていて、よく思い出せないけれど、部員の一部はそんな俊平を憐れなものでも見るような目で見ていた。
 制服姿に松葉杖をついた状態で、みんなの練習風景を眺める。
 見ることも勉強だ。逢沢先生にも度々言われていた。今はきっとその時だ。少しでも無駄にしないようにと、気持ちを改める。
 図書室で借りてきたリハビリトレーニング用の本に目を通し、その場でできるものを試しながら、たまに、みんなのフォームを遠目に眺めていた。
 気が付いたことはタイミングを見て、本人にも伝えるようにした。
 今の自分にできることはそれくらいだったから。何もしないよりは、そのほうが部のためになる。そう信じていた。
 3学期の終業式の帰りに、和斗にしばらく部活は休め、と言われていたにも関わらず、春休み初日もいつも通り部活に顔を出した。
 数日見ていて気になっていたのか、邑香が家から折り畳みの椅子を持ってきてくれていた。
 それに腰かけて、座った状態でできるリハビリメニューをこなす。
 自分なりに前進するために、頑張っている実感が欲しかった。陸上部に顔を出し続けることは、俊平の意地でもあったと思う。

:::::::::::::::::::

「おー、これは可愛い!」
 チョコレートタルトの上に白いお化けを模したメレンゲクッキーを乗せて完成したものを水谷が見せてくれた。
 お化け形状にはどうにも嫌悪感があったのだが、ぽってりとしたそのフォルムと、愛嬌のある顔が可愛らしくて、俊平は目を細めてそれを見つめる。
「時期的に、文化祭の時はパンプキンタルトにしてもいいかもしれないけど」
「なるほどなぁ。子どもが好きそう」
「あとは、チョコレートで蜘蛛の巣とか、アイシングクッキーでジャック・オ・ランタンとか作って乗せたりもできるかなぁって。検索すると、月並みだったりするんだけど」
「え? ガチでお店のものみたいだよ。水谷さん、すごいね」
 自分のコメントのほうが月並みだった。けれど、その言葉で、水谷が照れたように頬を赤らめて俯く。
「が、頑張るって、約束したから」
「え?」
「夏休みのはじめ。4人で図書館で集まった時」
「ああ」
 図書館のコピー機の前で2人で話した時のことを彼女は言っているようだ。
「谷川くんにはわかってもらえないかもしれないけど」
 水谷が優しく笑って、こちらを見上げてくる。
「あの時、すごく勇気もらえたんです。じゃなかったら、こんなにきちんとしたもの、カフェで出そうって、たぶん思わなかったと思う」
「……オレ、そんなに大したこと言ったかな」
「文化祭でいくつ出るか読めないから、簡単なお菓子でいいかなって、ちょっと弱腰だったんです」
 水谷は不安げに眉根を寄せた後、勇気を出すように拳を握りしめた。
「でも、できないと思ってやったら、きっとできないから」
 しっかりとした語調で、あの時、俊平が言った言葉を口にする水谷。
 俊平の脳裏に春休み初日の高橋との会話が過ぎった。

 ”お前が頑張らなかったからだろ”
 ”他人のせいにすんなよ”
 ”なんで今言うんだよ”
 ”今言われたって、オレにはどうすることもできねーじゃねーか!”

 あの時自分の心の中に泡のように湧き上がって消えた感情が、ブクブクと音を立てて消えてゆく。
 ふーと俊平は息を吐き出し、気持ちを落ち着かせる。
「自分の作ったもので、相手が笑顔になってくれることが嬉しくて」
 胸のあたりで拳を握りしめ、水谷は優しい目をしている。
「お菓子を作るのを好きになったのは、それがはじまりだったから」
「……そっか」
「だから、みんなに笑顔になってもらえるお菓子を作って、高校最後の良い思い出にしたいなって、今は思ってます」

 ――違うんだよ、水谷さん。キミが捉えているような綺麗な意味で、オレはあの時言ってなかったよ。

 俊平は邪気のない水谷の言葉に、グッと息を飲みこんだ。きちんと笑えているだろうか。変に思われる。笑え。
 言い聞かせ続ける俊平に、水谷が違和感を覚えるように目を細めた。
「谷川くん……?」
「え?」
「……どうか、しましたか?」
 澄んだ声。俊平はフルフルと首を横に振るだけ。
 水谷が少し考えてからこちらを見上げて問いかけてくる。
「ずっと気になってたんだけど。谷川くんは、どうして文化祭のお手伝い、参加しようと思ったんですか?」

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