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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-16

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第15組 夏色想い出タルト

第7レース 第16組 やり直し青春クリームソーダ

 放課後、教室から見下ろす校庭の景色には高橋がいた。
 高橋があの時我慢していた言葉を口にしてしまったのは。言わせてしまったのは自分だった。
 だから、高橋は悪くない。
 高橋は以前言っていた。『谷川はそのままでいてくれよ』と。
 そのままでいられずに怪我をして、失望させたのは自分自身だ。
 それでも、高橋と同じ立場になった時に、俊平が取ろうとした行動を見たことで、高橋の劣等感(プライド)を刺激することになってしまった。
 あの時の高橋の言葉は、きっとそういうことなのだろう。

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『谷川くん』
 4月。時間を持て余して、放課後教室でぼーっと窓の外を見つめていると、舞先生が声を掛けてきた。
 気さくでフレンドリーな先生ではあるが、それでもさすがに着任早々、生徒を呼び捨てにはしていなかった。
『車道先生。なんすか?』
『教室の前通ったら、キミがいるのが見えたから声掛けただけ』
『……そっすか』
『何見てるの?』
『……別に。何も』
 問いに対して誤魔化すように俊平はフイと視線を逸らし、前髪を直す。
 舞先生が窓枠にもたれかかって校庭の様子を見下ろしている。長い睫毛が日に透けて茶色く染まっていた。
『陸上部なんだっけ』
『……勉強熱心ですね』
『受け持ちの生徒のプロフィールくらいは把握しとかないと。キミ、すごいねぇ。中学では全国大会の常連。進学校の藤波にして、スポーツ推薦で企業からも声が掛かってる』
『この怪我でダメになっちゃいましたけどね』
 舞先生の明るい声に、自嘲気味に返し、俊平は膝をさする。
 暗いトーンの俊平に舞先生は困ったように目を細め、天井を見上げた。
『今は休む時だと思って』
『え?』
 舞先生が人差し指を立てて、俊平の胸をトンと差した。
『休む時は休む。やる時はやる。勉強する時は勉強する。遊ぶときは遊ぶ。そういう切り替えは大事だよ』
 急に胸元を突かれて戸惑っていると、舞先生の切れ長の目が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
『俊平は今どうしてるの? ただ、ぼーっとしてるだけ?』
 ナチュラルに名前呼びに切り替わっていたが、特段嫌な気にもならず、ただ受け入れている自分がいた。

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 事あるごとに舞先生は俊平に声を掛けてきた。
 はじめはうざいなと思っていたが、5月も中旬に差し掛かるころには、そういうものだと体が認識するようになっていた。
 この先生のニュートラルさは、たぶん個性だ。
『俊平、国語力がない』
 中間テストの後、バッサリ言われ、さすがに俊平も頭を抱える。
『文字読んでると眠くなってくるんすよ』
『ああ、あたしの友達にもそういう子いたわぁ』
 ケラケラ笑ってから、ん-むと唸る舞先生。
『どういう意図で書かれたかとか、登場人物のその時の心情とか、正直興味ないんすよ』
『……まぁ、気持ちはわからないでもないけどねぇ』
 教科書をペラペラ捲りながら舞先生もおかしかったのか笑っている。
『でも、本って便利なんだよ?』
『どんな風に?』
『数百円で小さな世界に触れられたり、先人の知恵に触れられる。こんなすごいツール、そうないでしょ。俊平だって、陸上関連の本ならきちんと読むんじゃない?』
『……それは、まぁ』
『物語に出てくる登場人物は全員友達だと思えばいいよ。本を読んでいる時だけの関係だから、めんどくさくもないし、後腐れもないでしょ?』
『そんな言い方する人初めて会った』
『まぁ、かく言うあたしも高校時代は、小説よりも評論やエッセイ派の人間だったのであれですが』
『……じゃ、どこから好きになったんすか?』
『苦しかった時に、小説の登場人物に救われたの』
『救われた……?』
『自分と同じ悩みを持っていたけど、その登場人物はあたしとは全然別の選択をしてた。それが衝撃だったのと……あとは、小説で書かれるほど、この悩みはメジャーなほうの感情らしいって、なんかそう思ったら、自分はこの世界で1人きりで、自分しかこの痛みを知らないんじゃないかって考えているのが馬鹿らしくなった』
『…………』
『自分のペースで、自分と向き合うために、本を選ぶっていう選択もできるんだよ』
『ふーん』
『俊平、これ読んでみない?』
 そう言って渡されたのは、駅伝選手が主人公の小説だった。

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『俊平、友達ほんとにいないんだねぇ』
 6月のとある日、教室で1人受験勉強をしていると、舞先生がまた声を掛けてきた。
『うっさいなぁ』
 冗談半分で軽口を返すと、舞先生もおかしそうに笑う。
『キミってさ、学生らしいことしてきたの?』
『ほとんど部活しかしてこなかったっすね』
 その部活も辞めたわけだけれど。
『あたしの幼馴染にも、そんなやついたけどね。ちょっと自慢していい? 今、そいつ、プロのバレーボール選手やってんの』
『へぇ……』
 突然の自慢話にどうリアクションを取ればいいか分からず、ひとまず反応だけ返す。
『反応薄いなぁ』
『や。すごいすね。羨ましい』
『バレー馬鹿だったけど、アイツは学校行事にも全力の男だったよ』
『はぁ……』
『俊平はこれから先も陸上頑張るつもりなんだよね?』
『はい』
『そしたらさ、今しかないと思わない?』
『……今しか?』
『分からないならいいや』
 まだまだ暗いトーンの俊平に、舞先生は苦笑いして目を閉じた。

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 舞先生の貸してくれた小説には、ライバルと競い合い、切磋琢磨して成長を遂げてゆく駅伝選手たちの青春が描かれていた。
 そこには、俊平が心のどこかで探していた、仲間そのものがあった。
『オレにはいなかったな……』
 読み終わった後、そっとそれだけ呟いた。
 そうなれると。そうなりたいと思っていたのは自分だけだった。
 そうなりたいと思っていたのに、自分は何も伝えられなかった。
 チームとしての輝きに憧れがあったのに、自分はその作り方さえ、わからなかった。
 ぼんやり涙が溢れてきた。寝転がったままだったので、そのまま耳朶へと雫がこぼれ落ちる。
 この感情はなんだろう。
 悔しさ? 寂しさ……?
 自分が陸上部から姿を消すことは、高橋への贖罪のつもりだった。
 彼が大会まで陸上部の練習に顔を出しているのを見届けてほっとした。彼が笑顔でよかった。心からそう思う。
 だけど。

 ――……どうして、あそこにオレはいないんだろう。

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『俊平さぁ、文化祭で何かやらない?』
『は? 唐突だな』
『あ、いや、拓海もうちの高校の文化祭のことで、頼みごとがあって呼んだから、ついでに思い付きでね』
『おもいつき』
 俊平の呆れたような口調に、拓海がクスリと笑う。
『楽しいよ、文化祭。割と、ちゃんとやってみるとさ』
『3年って自由参加でしたよね?』
『んー……まぁ、そうなんだけどねぇ。教師としては、今しかできないこと、一生懸命やってみたらどうかなーって思うわけで』
『…………』
『クラス単位でできるかどうかは置いといて、少し考えといてくれない?』
 舞先生は見透かすように微笑むと、ひらひらと手を振って、元来た道へと戻っていった。
 それを追って拓海も歩き出したが、ふと立ち止まって振り返った。
『きみの声、綺麗な空みたいなブルーなのに、ところどころヒビが入っているみたいで今とても聞きづらい』
『え?』
『きみが誉めてくれたさっきの歌は、道が見つからなくて迷っている旅人の歌だよ』
 何を言ったのかよくわからないまま戸惑っていると、更にマイペースにそう続ける拓海。
『誰でも正しい道を進みたがるけど、正しい道はひとつじゃないし、急いで進んでもゴールが近くにあるとは限らないんじゃないかな』
 そこまで言うと、満足したようにスタスタスタと行ってしまった。
 夏休み前の月代拓海との出会いとともに舞先生に言われた言葉は、俊平の心の水面をようやく揺らした。
 このままでいいだなんて、自分は思っていない。
 何かしなければ、たぶん、自分は後悔する。
 もう、こんな気持ちになるのは嫌だ。
 どうせする後悔なら、やるだけやって、やりきって。それでも、ダメなら仕方ない。
 そういう後悔のしかたが良い。

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「やり直したかったんだ」
 水谷の問いに答えを返すのは、かなりの時間を要した。
 どう言えばいいのだろうと思ったのが半分。自分でも分かっていなかったのが半分。
「やり直し……?」
「細かいことは話したくないから話さないけど」
「あ、う、うん。もちろん。話したくないことまで話す必要はないよ」
 俊平の言葉に水谷は大きく頷いて優しく言ってくれる。なので、俊平も笑顔で返す。
「できなかったことをやり直してみようって思った。水谷さんたちの手伝いをすることになったのは、たまたまだけど」
「……できそう、ですか?」
「ん?」
「できなかったことのやり直し」
 俊平のことを心配するように水谷が小さな声で言う。
 俊平は水谷から視線を逸らし、じっとお化けチョコタルトを見つめる。

 教室での顔合わせ。図書館で2人でした内緒話。水谷とのやり取りには少しばかりのこそばゆさがあった。
 邑香との久々のデート、からの別れ話。悲しいのに夏の夜空が綺麗だった。
 プールでの瀬能との言い争い。事情も分からない相手に不機嫌を露呈した自身を恥じた。
 夏祭りのグループ行動。帰り道で和斗と喧嘩になったが、ようやく、彼自身と向き合えた気がした。
 奈緒子とのライブハウス初体験。青春バンドのお手伝い。音楽のことはよくわからないのに、なし崩し的に巻き込まれていることが楽しくもある。
 水谷のアイデア出しを手伝って家庭科室で過ごした昨日と今日。ああでもないこうでもないと話をしながら、あまり触れたことのない作業をやるのは無心になることができてよかった。
 悲しいこともあったけれど、きちんと楽しい出来事もたくさんあった。

「……うん。たぶん、できてるんだと思うよ」
「……そっか」
「うん」
「だったら、よかった、です」
「水谷さん、すぐ敬語戻っちゃうね」
「……これはもう癖なので許して」
 俊平の指摘に、一瞬、「あっ」という顔をして口元を抑えた後、困り眉でそう言って水谷が笑った。

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