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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」閑話

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第8レース 第14組 brillante cielo

閑話 君と過ごした日の冬の匂いは

「眠かったら寝てていいよ。起こすから」
 乗る予定の電車に乗れて、2人並んで座って話していたら俊平がそう言って笑った。
 朝は得意じゃないので、たぶん、眠そうなのが顔に出ていたのだと思う。
 表情に出にくくてわかりにくいと言われがちな自分にとって、俊平がすぐに察してそう言ってくれることが、心地よくて安心できた。
「せっかくのデートだし」
 素直じゃない返しをして、彼から顔を背けて欠伸を噛み殺す。
 邑香の欠伸がうつったのか、俊平もふぁぁと欠伸をした。
「へへ。オレもちょっと眠いなぁ」
 そう言って背もたれに身を預けて座り直す俊平。
 座席の端に座らせてもらったので、何も気にせずに邑香は俊平の肩に頭を預けた。
 少しびっくりしたようだったけど、彼は何も言ってこなかった。
 冬の外気で冷えた体に、彼の少し高めの体温が心地よかった。
 たぶん、あの冬の日の夢の国デートが、はじめてデートらしいことをした2人にとっての記念日だ。

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「小学校の修学旅行以来だなぁ♪」
 俊平が楽しそうにそう言って、エントランスをくぐってゆく。
 キャストスタッフの挨拶と誘導に従って、邑香も俊平の後を追った。
「シュンくん、目的地決めてから動こうよ」
 すぐに呼び止めてそう言うと、俊平が振り返った。
 すーっと戻ってきて、ニコニコ笑顔でこちらを見下ろしてくる。耳としっぽが見える心地がした。
「……わんちゃんみたい」
「は?」
 邑香の言葉に不服そうに俊平が眉をひそめたが、邑香は見ないふりをして、先程渡されたマップを広げた。
「シュンくん、乗りたいのある?」
「マウンテンシリーズ」
「……あ、ごめん。あたし、絶叫系は」
「あ。そっか。具合悪くなる?」
「乗ってみないとわからないけど、それで迷惑かけちゃうのは嫌かな」
「そっか。んー。そしたら……」
「あ、お化けのやつ、今クリスマス仕様みたい。これ乗らない?」
「ぃ?!」
 俊平が変な声を発したので、邑香は不思議に思って彼を見上げる。
 あからさまに青ざめていた。もしかして……?
「怖いのダメ……?」
「ま、まさかぁ」
 誤魔化すように笑っているが、誤魔化しきれていない。
 邑香はジト目で見上げ続ける。俊平は目を合わせてくれなかった。
「……まぁ、奥の方にあるみたいだし、これは行ってみて空いてたらでいいや。道すがら色々見てこ」
 やんわり笑ってそう言うと、俊平もようやく笑顔に戻った。
「夢の国初めてなんだもんな。絶対楽しんで帰ろうぜ」
「ふふ。うん♪」
 お店が並ぶ街並みを通り過ぎて中に入ると、さぁっと視界が開けて、シンボルのお城が見えた。
 本当に来たんだな、としみじみした心地になる邑香を見透かすように、俊平がこちらを覗き込んでくる。
「写真撮る?」
「え?」
「耳も買う?」
「耳……?」
 ちょいちょいと彼が指差した先にはワゴンがあって、そこに、カチューシャや帽子、ヘアバンド、耳つきパーカーなどが並んでいた。
「……浮かれてるみたいでちょっと恥ずかしいね」
「いいじゃん。夢を見に来たんだし」
「……実は、ちょっと憧れてた……」
「じゃ、買おう。オレが出すよ」
「え」
「もうすぐ誕生日じゃん?」
 ふにゃりと無垢な笑顔でそう言って、邑香の手にそっと触れて引っ張ってくれる。
 繋ぎ慣れていない手に内心ドキドキしながら、彼についてゆく。
 少しの間、カチューシャやヘアバンドを見繕っていたけれど、彼に視線を移すと、値札を見つめて頭を悩ませているのが、すぐにわかった。
「いいよ、無理しなくて」
「いや、虎の子入れてきてるから大丈夫」
 ムンと気合を入れるように彼は言ってくれるけど、1個しか年は違わないし、陸上漬けでバイトなんてしていないのだから、やっぱり少し気が引けた。
 邑香は少し考えるように視線を動かして、ふと目についたキーホルダーを手に取る。
 クリスマス仕様で可愛らしいキーホルダー。
「……どした?」
 俊平が耳のついたキャップを手に取っていたけど、それに気が付いて、商品を戻してこちらにやってきた。
「これ、お揃いで買お?」
「え……?」
「こっちのほうが普段つけられるし」
「……気、遣ってない?」
「お誕生日様が言ってるんだぞ?」
「! ははー。仰せのままに」
 邑香が小首を傾げて言うと、俊平が少しだけ目をパチクリさせた後、陽気にそう言って胸に手を当てた。
 俊平が2つ手に取って、ワゴンスタッフに声を掛ける。
 待っている間にパーク内を見回して、邑香はお城の写真をパシャリと撮影した。すぐに瑚花に送る。

お姉ちゃん【あ、無事着いたんだね。
      乗りたいアトラクションの
      ファストパス拾えそうなら
      拾いながら歩きなよ?】
ゆうか【ファストパス……。
    そんなのがあるんだね。
    わかった】
お姉ちゃん【2人とも
      ぼーっとしてるから
      ちょっと心配だな。
      あんまり遅くならないようにね】
ゆうか【はーい】

 瑚花とのやり取りを終えて、スマートフォンをポケットにしまうと、俊平が戻って来ていた。
「瑚花さん?」
「うん」
 頷く邑香に先程買ったキーホルダーを手渡してくる。
 受け取って頬をほころばせると、すぐに邑香の頭にキャップが乗った。
 ふわふわもこもこ。さっき俊平が見ていた耳つきのキャップだった。
 俊平もすっと被ってにへっと笑う。
「オレが欲しかったから買っちった。カチューシャとかのがよかったか?」
「ううん。あったかい。ありがとう」
「よっし。写真撮ろうぜ」
 昨日は練習を強制休みにされたとぶーたれていたけど、今日は楽しむと切り替えたからか、ここのところのピリついた雰囲気は微塵もなくて、邑香もつられて笑顔になった。

:::::::::::::::::::

 俊平が提げているポップコーンボックスから勝手にポップコーンを取り出して摘まむ。
「ポップコーン美味しい」
 お昼を過ぎて、お腹が空いたものの、どこも混んでいて軽くつまめるものを買って誤魔化すしかなかった。
 パレードの時間が近いらしく、道にはパレード待ちで場所取りをする人も増えてきた。
「パレード見る?」
 俊平がモグモグしながら確認するように訊いてきた。
「夜のが見たい」
「そっかー。じゃ、汽車でも乗る? オレ、あれ好きなんだよね」
「汽車?」
「ぐるっと園内回れるやつ」
「へぇ。乗りたい」
「へへ」
 邑香の返答に満足したのか、俊平が笑ってアトラクションの場所を指差した。
 ああ、ちょうど乗り口が近くにあったのか。
 駅員仕様の冬コートを着たキャストスタッフたちがこちらに手を振っている。
「これ乗ったら、メシ食べる?」
「まだ混んでそうじゃない?」
「難しいなぁ。フードとかって渡された冊子に乗ってるんだっけ? 乗りながら作戦練るか」
「ふふ。そうだね」
 作戦という表現がおかしくて邑香は笑う。
 別になんでもいいな。俊平と一緒に歩いているだけで楽しいし。そんなことを思いながら。

:::::::::::::::::::

「ひっ……!」
 ゴンドラに乗るタイプのお化けアトラクションに入ったが、初っ端からビクビクしているのがわかって、邑香はクスリと笑った。
 "怖いから無理ですやめてください"と彼が言うことはなく、邑香が入りたいと朝言ったのをそのまま尊重してくれた。
 邑香はそっと俊平の手を取って、指の間に指を差し込んで握った。
「大丈夫だよ」
 俊平の手は硬直していて、あちらからキュッと握ってくることはなかった。
 繋ぎ慣れていないから、逆に緊張させてしまったかもしれない。
「あー、こういう感じの……うわっ!」
 少しだけ冷静になったのか、怯えた様子はだいぶ目減りしていて、邑香はそんな彼の横顔を見て笑う。
「そんなに怖くないお化け屋敷って聞いてたから」
「カズとか、オレが苦手なの知ってるから、来ても入ったことなくて」
「そっか。あ、もしかして、このへん、クリスマス仕様かな? へぇ、綺麗だね」
 空いているほうの手で指差すと、俊平がこっくり頷いた。
「うん。楽しい?」
「楽しいよ。今日ずっと楽しい」
「ならよかった」
「あたしは、たぶん、シュンくんとだったら、どこだって楽しめる気がする」
 のほんとそう言うと、俊平がこちらを見た。こちらも俊平の横顔を見ていたので、それでバッチリ目が合う。
 暗くて顔色なんてわからないけど、俊平が照れくさそうに笑った。
「はは」
「?」
「……浮かれてんなぁ」
 ボソッと彼が言って、また前を向いた。
 邑香は不思議に思いながらも、俊平の手をキュッと握り締めて、口元を緩めた。
 最後の最後、ようやく彼のほうから手を握り返してくれた。
 ゴンドラを降りても手は離せないままで、気恥ずかしそうに俊平が首をさすっている。
「怖くなかったかも」
「ほんと?」
「手が気になってそれどこじゃなくて」
「今日はこのまま繋いでていい?」
「お誕生日様の仰せのままに」
 茶化すようにそう言って、俊平が白い歯を見せて笑う。
 少なくとも、嫌ではないことが分かって、邑香はほっと胸を撫でおろした。

:::::::::::::::::::

「エレクトリカルパレードもクリスマスイルミネーションも綺麗だった」
 地元に21時過ぎに着くであろう電車にどうにか間に合って、少し混み合う電車の中そう言うと、邑香を庇うように立っていた俊平がこちらを見て笑った。
「へへ。電車逃がすかもって焦った~」
「これ逃がすと22時過ぎちゃうもんね」
「そそ。瑚花さんに怒られる」
「あたしが我儘言って遅くなったんだから」
 俊平がわざとらしくブルッと体を震わせるのを見て、苦笑交じりに邑香はフォローした。
 とはいえ、俊平はともかく邑香は中学生で受験生なので、あんまり遅い時間に歩いていて、補導されてもめんどくさいことになる。
 1個しか違わないのに。
 少しだけもどかしくなってため息を吐いた。
「疲れた?」
「あ。ううん。大丈夫。シュンくんはすごいね」
「へ?」
「あたし、絶対具合悪くなって迷惑かけちゃうだろうなって思ってたのに」
 そんなこと1回も起きなかった。
「……邑香が楽しくなかったら、オレが楽しめないじゃん」
 邑香の言葉に、俊平が唇を尖らせて当たり前のように言った。
 その言葉は意外だったので、邑香は何回か瞬きをしてから、ふふっと笑った。
「シュンくんのそういうとこが好き」
 夢の国帰りで少しテンションが上がっているのもあって、すごく素直にその言葉が出た。
「バッ……電車ん中!」
「誰も聞いてないって」
 俊平が恥ずかしそうに顔を赤らめたのを見て、邑香は冷静にそう言い、キュッと俊平のジャンパーの袖を握った。

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