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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」9-1

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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閑話 君と過ごした日の冬の匂いは

第9レース 第1組 断られたら諦めるからさ

 耳元でシャキシャキと髪の毛がカットされる音を聴きながら、俊平はボーッと鏡を見つめていた。
 陸上部で世話になった志筑雪晴の父親・安曇(あつも)が経営している美容室。
 すっきりシンプルとした内装で、鏡台は2つ。待合エリアに硝子のローテーブルと、椅子が3つ。自宅併設なので、そこまで広くはない。
 サービス価格でカットしてくれるので、ひと月に一度通っている。
 2学期開始前に行こうと思って予約を入れてもらっていたのが今日だったことをすっかり失念していて、昨晩慌てて奈緒子に「今日は手伝えない」と連絡を入れたのだった。
「俊平、相変わらず毛量すげーな」
「もふっと感が」
「この長さでもふっと感とか言われてもな。犬かよ」
 安曇が俊平の返しに笑いながらツッコミを入れてくる。
 背が高くシュッとしたスタイルで、美容師らしいおしゃれな服装、髪型。切れ長で涼し気な目に整った顔立ち。ワイルドに整えた髭。
 今も近所の女性陣にモテモテなご様子だが、学生時代もたいへんモテたろうことが想像できる。そんな雰囲気のある人だ。
 逢沢先生の話だと、高校時代はそれなりに名の通った陸上選手だったようだし、非の打ち所がない。
「アツモさんってマジで40代すか?」
「んー? そうだなぁ。もうそんな年ですなぁ」
「うちの親父なんて見た目は細く見えるけど、お腹出てきてますよ」
「……オレは元々肉つきにくいし、毎朝走ってるからな」
 適当な会話を交わしながら、おまかせで切ってもらっていると、店の奥で階段を下りてくる足音がした。
 ガラリと戸が開いて、雪晴が顔を見せる。3月最後に会った時と違って、だいぶ明るい髪色になっていた。左耳に着けているのはピアスだろうか。
「おー、久しぶり、俊平」
 いると思わなかったので、俊平は驚いて一瞬固まった。すぐに切り替えて白い歯を見せて笑いかける。
「ぶちょー、帰ってきてたなら連絡くれよー」
「昨日の夜行で帰ってきたばっか」
「あ、そうなんだ」
「サークルの合コンとか、ペンションのバイトとか、チャラついた用事でなかなか帰ってこなくてな」
 2人が嬉しそうに言葉を交わしている間を縫って、安曇が皮肉るように言った。
 カットが終わったのか、パッパッとブラシで俊平の頭から首にかけて払ってくれている。
「へぇ……ぶちょーは陸上は続けてんの?」
「俊平、オレの話を聞いてたか?」
 鏡越しに真顔の安曇。
「えー……まじか。やめたの?」
「大学行ったからには色々やってみようかなーって模索し始めたら、それどころではなくなった」
 雪晴は悪びれることなくそう言い、ポリポリと頭を掻く。
 俊平は少しばかり残念だったものの、すぐにへらっと笑った。
「まぁ、楽しいならいいんじゃね?」
 安曇が戸棚まで歩いていき、シェーバー片手に戻ってくる。うなじともみあげの辺りをジジジ……と刈り取り、俊平に被せていたカットクロスを外してくれた。
「ハイ、お客さん、終わりましたよ」
 低い良い声で囁き、ポンポンと肩を叩いてから店の奥に引っ込んでゆく。
「あれ?」
「ちょっとトイレ。店番しとけ」
 ぞんざいに言われ、やれやれと言いたげな顔をする雪晴。それが面白くて俊平は声を上げて笑う。
「あ、アイス取ってくるわ。一緒に食べようぜ」
「いいの?」
「いいよいいよ。来ても、いつもの人だろうし」
 フットワーク軽く奥に引っ込んで、すぐに戻ってくる。手にはチューブタイプの2人で分けて食べるアイスが握られていた。
 さっと切り離して、片方を俊平に渡してくる。ソーダ味だった。
 雪晴が待合エリアの椅子に腰かけたので、俊平もそちらに移動する。
「怪我の経過は?」
「そこからかぁ」
「そりゃー! 当たり前だろうが!」
「一応順調なほうだよ。ランニング許可出てしばらく経ったし」
 アイスの容器を切り離し、蓋に当たる部分に残ったアイスを吸い出してから、本体に吸いつく。夏の味がした。
 雪晴もしばらく無言でアイスを吸い、少ししてから首をゆっくり回した。
「それでも、まだ本気で走っちゃダメ期間だろ?」
「……まぁ、そう」
「卒業式の後、あんなことになって、気が気じゃないまま、引っ越したからさぁ……」
「足切断しました。もう無理ですって言われても、たぶん、オレ走るからなぁ」
 それは怪我をしてみて自覚したことだった。
「あー、そうだな。お前はそういう奴だ。だから好きだよ」
 俊平のあっけらかんとした言葉に、納得したように笑い、またアイスに口をつける。
「今、瑚花さん帰ってきてるよ」
「ッゲホ!」
 タイミングを見計らって言うと、面白いようにむせてから、彼がこちらに視線を寄越す。
 手が冷たくなって持ち替えてから残りを吸っていると、雪晴が気を取り直して尋ねてくる。
「椎名元気?」
「元気そうだった、かな。顔見に行けばいいじゃん」
「……お前なぁ……。俺はただのクラスメイトだっただけだし、その、お前と違って近所でもなんでもないんだぞ。野菜買いに来たぜーってノリで行けねーから」
「んー。うちだって、小学校は一応学区が違ったからそこまで近くないよ」
「お前には、椎名の妹と付き合っているっていう……輝かしい称号があるから」
「ははっ」
「? なんだよ、その笑いは」
「振られた」
 この会話何回目だろうなと思いながら、俊平はあまり突っ込んでほしくないオーラを出しつつ、簡潔に答えるだけ。
 思ってもいない言葉だったのか、雪晴はパクパクと口を動かすだけ動かして、何も音を発さずに、頭を抱えた。
「え? いや、そんなはず……お前らが? ないだろ、そんなわけあるはずが」
 ブツブツと呟いているところに、安曇が戻ってきて開けっ放しになっていた家に繋がる戸を閉める。
「こら、バカ息子。客来たらどうすんだ。戸は閉めとけ」
「そんなん気にするようなお客さん、来ないだろー」
「ったく、減らず口ばっか達者になりやがって。で、何の話してたんだ?」
「ぶちょーが片想いしてる人も今帰省中だよって」
「バッ、おまえ!!!」
 俊平の口の軽さに怒る様を見て、俊平も安曇も苦笑する。安曇が腰に手を当てて、はーとため息を吐いた。
「なんだよ、オレの息子なんだから、だせーことしてねーでシャキッとしてこいよ」
「はぁ?!」
 息子を挑発するように言い、退屈そうに欠伸をする安曇。
「完全に興味ないくせに焚きつけるようなことを……」
「”色々やってみようかなーって模索”中なんだろ? いつまでも高校の頃の片想いなんか引きずってんな。スパッと振られて来い」
「ちょっと待て! 振られるの確定で話をするな!!」
「えー……だって、これだぞ、これ。振られるだろー」
「これってなんだよ」
「流行りの色に乗っかって、自分に合わない髪色を選んだ、仮にも美容師の息子だぞー?」
「これは、思ったより色が抜けたんだよ!」
「お前にはそういう色は似合わねーからなって散々言ってきてたのに」
 あまりに小気味の良いやり取りに、俊平は耐えきれず肩を震わせて笑う。
 俊平がおかしそうに笑っているのも気に食わなかったのか、雪晴はアイスを完食すると、近くに置いてあったゴミ箱に捨てて立ち上がった。
「あー、もう。俊平、案内しろ!」
「へぁ?」
「椎名の家だよ!!」
「えー……オレを巻き込まないでよぉ……」
 無駄な抵抗と思いつつ、目を細めて困惑した声を発した。

:::::::::::::::::::

 息巻いて出てきたくせに、雪晴は店の近くまで来て、瑚花の姿を確認した途端、すっと顔色を変えた。
「あ、やっぱ、ムリ」
「へ……?」
 さすがにキョトンとせざるを得なかった。
 すごすご、商店街を引き返してゆくのを俊平は追いかける。
「さすがに3年拗らせたから勇気が……」
「3年かぁ。高1の時から好きだったんすか?」
「おう。ずっと同じクラスだったし」
「ああ。2人理系ですもんね」
「そそ」
「どういうとこが好きなんすか?」
 この際だからと尋ねると、雪晴は照れくさそうに耳の後ろを人差し指で掻いてから口を開いた。
「なんでもハッキリ言うところ」
「あー。オレはそこが苦手なんすよねぇ」
「え? 苦手なの?」
 俊平の言葉が意外だったようで、雪晴が不思議そうに目を見開いた。
 俊平は居心地悪く首を動かして、空を見上げる。
 邑香と付き合うという話になるまでは、言葉にしない謎の笑顔圧力だけだったのだが、付き合い始めてからはなんでもハッキリ言ってくるようになって、俊平はいつもタジタジだった。さすがに、「そういうところが嫌い」とまでハッキリ言われたのは、この前が初めてだったけれど。嫌いとまで言われると、陸上のことしか考えてないぼやっとした自分でも傷つく。
「まぁ、色々あるんすよ」
「椎名、妹大好きだもんな。シスコンもあそこまで行くとほんと」
「……仕方ないと思います。そればっかりは」
 邑香が別れ話をしてきた時に言われた言葉を思い返して、俊平は目を細める。

『あたし、子どもの頃から体が弱くて、中学に上がる前まではほとんど入院してたんだよね』

 訊かれたくないこともあるだろうなとずっと触れてこなかった、彼女の体のこと。
 あの時、初めて彼女は自分から話してくれた。
 それを聞いて、俊平は納得したのだ。中学時代、邑香が倒れて保健室に連れて行った時に見せた涙や、瑚花が過保護すぎるほど、邑香のことに気を配っていたことに。
 ずっとずっと積算されてきた感情が、椎名家やあの姉妹の間にはある。
 何も知らない自分が、もしかしたら、彼女を振り回して、また調子でも悪くなったら。そう考えるのは当たり前のことだ。

「こんなところで、なにしてるの……?」
 突然聞き覚えがある声がして、俊平はビクッと肩を跳ねさせた。
 声のしたほうを見ると、買い出しを頼まれたのか、大荷物を抱えた邑香が立っていた。
 俊平が言葉に困っていると、雪晴が飄々と口を開いた。
「椎名、久しぶり」
「志筑部長。お久しぶりです」
「ははっ。もう、俺は部長じゃないけどな」
 雪晴までは見えていなかったのか、少しだけ驚いたように眉を上げた後、彼女はすぐに丁寧に挨拶をする。雪晴がおかしそうに返して、すぐに俊平の様子を窺うように横目で見てきた。
「重そうだな。家まで持つの手伝おうか?」
 軽口で雪晴がそう言って、邑香に近づいてゆく。
「でも、すぐそこなんで」
 遠慮がちに言い、すぐに歩いて行ってしまおうとする邑香。けれど、足を止めて振り返る。
「うちに何か御用なんじゃないですか?」
「あー、それはー」
「お姉ちゃんですか?」
「うー、それはー」
 雪晴が言葉に詰まるように同じ感じの言葉を繰り返す。
 邑香は俊平をちらりと見上げた後、何か考えるように視線を地面に落とした。
「……なんかよくわかんないけど、シュン、荷物持ってもらっていい?」
「へ?」
 思いがけない言葉にビックリして邑香を見ると、彼女は複雑そうな表情で目を細めていたが、すぐに素直に言った。
「やっぱり、ちょっと重くて。店番お姉ちゃんと代わって、部長と話せるようにするから」
「椎名」
 雪晴が両手を合わせて嬉しそうに邑香を見る。邑香が困ったような顔でそれを見つめ返した。
 俊平は邑香が持っている重そうなほうの荷物をすぐにひょいと掴んで持ってあげた。
「あー、でもなー」
 往生際悪く雪晴がまたそんな声を上げた。
 邑香に聞こえないように俊平に近づいてきて、雪晴は申し訳なさそうな声を発する。
「すまん。お前が誘ってきてくれないか。秋祭り」
「は? デートってこと?!」
「声がでかい。断られたら諦めるからさ」
「……それこそ、自分で誘いなって」
「誘う勇気なんてあると思うかぁ」
 情けない声に俊平は失笑するしかなかった。
「そんなんで告白できんのかよー」
「自分を追い込めば行けるかもしれない」
「今追い込めなくて逃げようとしたんじゃん」
 コソコソ話している男子2人に痺れを切らしたのか、邑香が咳払いをした。2人とも邑香を見る。
「特に用がないなら、あたし、もう行きますけど。持ってもらったけど、荷物……」
「荷物は持ってくよ。こんな重いの、よく持てたね。前だったら」
「一応、少しだけトレーニングしてるから」
 俊平の言葉に邑香がすぐにそう返してくる。
 邑香が手を伸ばしてくるも、俊平は譲らずに歩き出す。
 頼り切った表情で、雪晴はついてきすらしなかった。
 俊平は大きくため息を吐いた。

 ――受験生なんだけどなぁ、オレ。

 そんな言葉が脳裏を掠めた。

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第9レース 第2組 夏に吹く春風

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