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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」9-2

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第9レース 第1組 断られたら諦めるからさ

第9レース 第2組 夏に吹く春風

 夏休み最終日、家庭科室でひよりとユキのお菓子作りを手伝っていたら、ひょっこりと椎名邑香が顔を見せた。
 巴が写真を見せてくれたので、彼女が谷川の元カノであることは綾も知っていた。
「こんにちわ」
「あ、椎名さん、こんにちは。一緒に作る?」
 ひよりは全く動じず、むしろ、彼女が来るのが自然なことのように笑顔で受け入れている。
 ユキが状況を飲み込めないように綾を見てくる。良かった。同志がいたようだ。
「……お邪魔なのでは」
「え? そんなことないよ。綾ちゃん、ユキちゃん。椎名邑香さんです。お菓子のことでアドバイスをくれたのが椎名さんだよ」
「あっ、そ、そうなんですか……!」
 突然の美少女の登場にユキが戸惑いを隠し切れずに声を上ずらせた。
 彼女のアドバイスがひよりは嬉しかったようだ。
 できれば、ひよりの好きなようにさせてやりたかったのだけれど、やりたいようにやっていい、という言葉だけが本人のためになるわけではない。
 綾は少し悔しい感情もありつつ、極力平静を保って、彼女に微笑みかけた。
「はじめまして。瀬能綾です」
「バスケ部の……?」
「? ええ」
 椎名がゆっくり家庭科室に入ってきて、綾のことを上目遣いで見上げてくる。
 ……ああ。これは眩しいな……。思わず、そんな言葉が心の中を駆け巡った。
 巴が美少女、顔が良い、最高と絶賛するだけはあった。
 一応写真で顔は把握していたけれど、本物のほうが100倍可愛かった。
「中学の大会で見たことあります。誰よりも綺麗なフォームだったからよく覚えてる」
 無愛想かと思いきや、そんな言葉を繰り出して、少し嬉しそうに頬をほころばせる椎名。
 ただただ可愛かった。

 ――ちょっと待て、谷川。なんで、こんな凶器を野放しにした。

「あたし、本当はバスケやりたかったんです。……でも、色々あってできなくて」
 椎名は長い睫毛を伏せてそう言うと、すぐに水道の蛇口を捻って手を洗い始めた。
「お手伝いできることがあるようであれば手伝います」
「椎名さん、何か良いことあった?」
 椎名の様子を見て、ひよりが微笑ましそうな口調で言った。
 人見知りのひよりが、こんなにあっさり心を許すなんて。少し意外だった。
 椎名は目を見開いてひよりを見た後、長い睫毛をすっと伏せて笑った。
「良いことではない気がしますけど」
 スポーツタオルで濡れた手を拭いて、すぐにひよりの傍まで歩いていく。
「ちょっと安心することがありました」
「……そっか。それはよかったね」
 ほわーんとひよりが頷く。
 2人の間に漂う独特のほんわかした空気に、ユキが動揺したように綾を見た。
「どした?」
「氷の椎名さんが笑ってる」
「氷って」
 ユキの表現が可笑しくて綾はすぐに笑い返す。ユキが眼鏡をそっと直して、ひそひそと続けた。
「先輩、ほんと俗世に興味なさすぎですよ」
「……なんかそれ、巴にも言われたな」
「普段見かけても、ツーンとされてるんですって」
「話しかけてもツーンとしてるの?」
「それは……知らないです。1年なので……話したことないし」
「ぼーっとしてるだけなんじゃない?」
「うーん……。美少女の笑顔は眩しいですね」
「おっとー、ユキ、浮気かー?」
 綾がそっと姿勢を崩して、ユキの顔を覗き込んでからかうと、ユキが眩しそうに目を細めた。
「! 先輩、顔近いです。先輩は顔が強いんだから。ステイ!」
「巴と同じこと言うじゃん。なんなの、その、顔が強いって」
 理解できない言葉に綾は笑って、ウリウリとユキの頬をつついた。
 ひよりがそれを見て、ふふっと笑う。
「2人とも楽しそう。何の話?」
「顔が強い、って何? って訊いてたとこ」
「あー……綾ちゃんは美人さんだからねぇ」
「あれ? ひよりはわかるの?」
「……眩しいのに近くに来るからいつも思ってたもん、中学の頃」
 そんなことを思われていたとは思いもしなかったので、綾はパチクリと瞬きをしてから、少し気恥ずかしくて、顎を撫でた。
「先輩照れてる」
「え、照れてはいない」
 ユキがし返すようにからかい口調で言ってくる。すぐにフルフルと首を横に振った。
 椎名がその場に出てくる情報を手繰り寄せるように考えてから、そっと口を開いた。
「お2人は中学が一緒なんですか?」
「そうそう。同中」
 綾がすぐ答えると、ひよりもほんわかした笑顔で頷いた。
「そうなんですね」
 納得したような椎名の声。
「椎名先輩って、細原先輩と同じ中学なんですよね?」
 ユキが少し考えてから尋ねる。
 細原の大ファンだからそこに食いつくのは正しい行動だった。
「カズくん……は、うん、同じ中学です」
「カズくんって呼んでるんですか?」
 もしかして、ユキは谷川と彼女が付き合っていたことを知らないのだろうか?
 自分も知らなかったことだから、それを咎めることはなかなか難しいものの、少々ひやりとした。
「あ、えっと……友達なので」
 椎名が言葉に詰まるように少し考えてから、すぐにそう返した。
 ユキはただのミーハーなファンなので、あまり気にしないように笑う。
「そうなんですね! 先輩って、中学の頃はどんな感じだったんですか?」
「今よりもっとすかしてたよ」
「すかしてた?!」
「カズ様って呼ばれてて」
「カズ様!!」
「あ、本人は知らなくて。裏で、女の子たちが呼んでただけだけど」
「へー。なんかわかるかもー」
「野球部のエースで、生徒会も、最後の期は生徒会長だった」
「?1」
 その言葉に、ユキが意外そうに目を見開いた。
 食いつくように、椎名に詰め寄る。
 びっくりしたように椎名が少しひよりのほうに寄った。どう見ても怯えている。たぶん、こういうのに慣れていない。
「野球?! 先輩、野球やってたんですか?!」
「う、うん。とっても上手で……3年の最後の大会では、優秀選手に選ばれてた」
「へー! 知らなかったです!」
 ユキのキラキラした目を見て、椎名はまだ怯えたような目をしている。
 綾がすぐにユキの首に手を回して、そっと後ろに引かせた。
「わわ、先輩、なんですか」
「猫が怯えてる」
 綾がそれとなく言うと、椎名が目をパチクリさせた後笑った。
「なんですか、猫って」
「怯えた猫に見えたから」
「確かに、こういう子のノリには不慣れですが」
 椎名は苦笑した後、すぐにひよりのほうに向き直って、ひよりが作業していた工程を引き継ぐように手を差し出した。
「ありがと」
「いえ」
「2人も、おしゃべりばかりしてないで、そろそろ手伝ってね」
 ひよりの言葉に、ユキと綾は顔を見合わせ、くすっと笑う。
 たまにひよりはいたずらっ子をなだめるお母さんみたいな口調になることがある。今がまさしくそれだった。
「「はーい♪」」
 声が綺麗にハモった。
 その様子に、ひよりと椎名が顔を見合わせて、おかしそうに笑った。

:::::::::::::::::::

 椎名とユキと別れて、自転車を押しながら、2人で歩く帰り道。
 夕方でも夏の暑さは陰りを見せない。
 暑さがあまり好きではない綾はふーと息を吐く。
「椎名さん、楽しそうで良かった」
 ぼんやり夕日を見ながら歩いていたひよりがそう言って、こちらを向いた。
 心からの言葉なのだろう。どこまでも声音が優しかった。
「ひよりはお人好しだからなぁ」
「そんなことないよ」
「さすがにビックリした」
「ふふ。うん、わたしもビックリした。まさか、椎名さんとお話できるようになるなんて思ってもいなかったから」
 ほんわかとしてあったかい。夏なのに、彼女と話していると、たまに春風が吹いたような感覚に囚われる。
「ひよりって時々よくわかんないとこあるよね」
 綾は素直にそう伝えた。ひよりが不思議そうに首を傾げる。
「”ノミの心臓”だとか”綾ちゃんと一緒にいるだけで精一杯だ”とか言いながら、椎名さんとは仲良くなったわけでしょ? 割とこう、神経図太いっていうか。もちろん、いい意味で言ってるよ?」
「誉めてもらえて嬉しくて」
「お菓子?」
「うん」
 ひよりは静かに頷いて、ほわりと笑う。
「身内じゃない人にも、届いてたんだなって思えた」
 その言葉に、綾はぐっと息を飲んだ。
 ひよりは笑顔だったけど、その声にすごく深い感情が乗っていたのを感じたからだった。
「……わたし、あの年、挫けそうだったから」
「え?」
「クッキーも、販売するの、諦めようって思ってた」
「1年の時?」
「うん。ちょっと色々あったの」
 ひよりの目には涙が浮かんでいた。
 綾は尋ねていいのかわからず、視線を彷徨わせる。
 何も知らなかった。ただ、当日だけ助っ人に行って、クッキーを売りさばいただけ。
 彼女に最も近い位置にいる自負があったのに、自分は何も知らなかったのかもしれない。
「……ずっと聞いてこなかったけどさ」
「うん」
「どうして、ひよりは谷川が好きなの……?」
 この夏を通して、綾ももちろん谷川という人物の良さには触れてきたから、今なら”なんでこんな奴”と思うことはない。
 だけど、それにしても、谷川とひよりの間に、接点なんて見受けられなかった。
 きっかけはなんだったのだろう。
「初めて話した時、優しい人だなって思った」
「え?」
「ただ、それだけだよ」
 ひよりの頬には朱が差していた。夕日に照らされて、色素の薄い髪が透けている。
 世界でいちばん綺麗なもの。
 綾の心の中に、そんな言葉が過ぎった。
 ひよりは全く自覚していないけれど、やっぱり、この子は、可愛いのだ。
「そっか」
「うん」
 きっと、ひよりの中で大切にしている思い出がある。
 それを彼女は他人に言うことはないのだろう。
 何も言えなくなってしまって、頷くことしかできなかった。
 ああ、なんだろう。少し妬ける。
「ふつーさ」
「ぅん?」
「元カノなんて目の敵にしない?」
「……どうして?」
「どうして、って」
「わたし、2人のことが好きだったの」
「え」
「見てると微笑ましくて」
 思い返すように目を細めて、くすりとひよりが笑う。
 ああ、そうだ。ひよりはこういう人だった。全然欲がないのだ。
「ひより」
「うん?」
「ひよりはもっとワガママになってもいいと思うよ」
 綾はただそれだけ言って、はーとため息を吐いた。
 彼女の恋の行方。
 きっと欲のない彼女のことなので、その先にはゴールなんて来ない気がする。
 それでも、知ってしまった自分は彼女の背中をそっと包んで押してあげたい。そう、ずっと思っている。
 谷川の無邪気な笑顔が過ぎった。
 チクリと少しだけ胸が痛む。
 自分にはそんな資格ないからな。
 その痛みの正体には気付かないふりをして、綾はすーっと息を吸った。

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