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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」3-8

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第3レース 第7組 すり硝子の向こう側

第3レース 第8組 誰よりも優しいあなたへ

『ひより、料理教えてくれない?』
 良くも悪くも注目を浴びやすい綾と、つかず離れず、親密ではないけれど、たまに話す関係が続いていた中学3年の初夏。彼女からそう声を掛けられた。
 困っている様子の彼女を放っておけなくて、そのお願いを引き受けてから、もう3年が経つ。
 料理を教えに、瀬能家に行って、弟の麻樹とも仲良くなって、それが段々普通になっていった。
 じっくり腰を据えて話してみると、綾はとても地に足のついた考え方をする人で、温度が合うと感じることも増えていった。
 それでも、物静かでおとなしい自分と、明るくてさっぱりしている彼女は、性質が異なりすぎて、今でも、たまに居心地が悪く感じる瞬間がある。彼女は常にスポットライトの中心にいる。自分はそうはなれない。自覚があるから、つい線を引いてしまう。
『ひよりはさ、好きな人いないの?』
 バレンタインが近くなって、友達に相談されたらしい綾がちょっと困った様子でそう問いかけてきたことがあった。
 当時は特にいなかったので、ただ首を横に振っただけ。
『もしできたら教えてね。力になれることがあれば、なりたいし』
 普通に接していた男子から、よく告白をされて困っているくせに、そんなことを優しい目で言ってくる人。
 この人は、いつだって、自分のことじゃなくて、他人のことだ。

:::::::::::::::::::

 たった1人で臨んだ、高校初めての文化祭。
 立ち回り方が分からず、コミュニケーション面で要領の悪いひよりは、すべての調整をミスしてしまった。
 焼き直したクッキーは間に合ったけれど、告知用のポスターは間に合わなかった。簡素な飾りつけと共に、会議室から借りたデスクに販売用のクッキーを置いているだけ。
 和斗が点検で顔を出して、爽やかな笑顔でクッキーを買って帰った以外のお客さんは、ひよりと仲良くしてくれているクラスの女子数人だけ。
 家庭科室を使わせてもらえたのは良かったけれど、校舎内の立地としては人の動線上になかった。告知ができなければ、気が付いてくれる人も少ないだろう。
 クッキーの焼き直しがなければ、ポスターくらいは作れたろうか。でも、空いた時間でやっておくことを自分がしなかったのが悪い。
 だから、あの人たちのせいじゃない。……綾のせいじゃない。自分に言い聞かせながら、下唇を噛み締める。
『ひより、遅くなってごめんね』
 クラスの当番が終わり、綾が顔を出してくれたのが文化祭終了1時間前だった。せっかく作ったクッキーは捌けそうにない。
 来てすぐ、状況を察した綾がひよりの肩を叩いて励ますように笑う。
『任せて、ひより。お客さん連れてくるから♪』

:::::::::::::::::::

「今日はお出掛けしてたんだね」
 お風呂から上がると綾から電話が掛かってきた。
 パジャマ姿でベッドに腰掛け、元気な綾の声に聴き入る。この時間は嫌いじゃない。
 彼女が電話を掛けてくる時は大体話を聞いてほしい時だから、ひよりはただ頷いていればいい。
「アサが友達と遊びに行くって言ってたから、それに合わせてねー」
「そっか」
「文化祭の手伝いしてくれる、バスケ部の子と一緒に」
「それで、谷川くんたちと会ったの?」
「そうそう。すごい偶然」
「塾の帰りに2人に会ったよ」
「アタシらより先に帰ったのに、遊び倒してるなぁ。まぁ、人のこと言えないけど」
「……ほんと、2人、仲良いよね」
 夕方あったことを思い出して、ひよりはそっと目を細める。
 彼が足を怪我して、陸上部に行かなくなって、そして、邑香と一緒にいるところを見なくなってから数カ月。
 ずっと心配していた。でも、あの状態の彼女を見ないふりをして放置していくわけではなかった。
 それであれば、きっと関係の修復も出来るに違いない。
 ――よかった。
 すべての感情を押し殺すように、ただひと言、心の中で呟く。
「あのさ、ひより」
「ぅん?」
「アタシの勘違いだったらごめんなんだけど」
「なぁに?」
「ひより、あの2人の、どっちか、……好きだったりする?」
「……突然、なに?」
 綾の問いにドクンドクンと耳が脈打ち始める。
 返した声がいつもより低く出てしまったせいか、電話の向こうで綾が慌てたように吐息を漏らした。
「あ、えっと、やっぱり、やめよ。ごめん」
 取り消すように言って言葉に迷うのか静かになる綾。
 ひよりは白い天井を見上げて、小さく息を漏らす。
 自分からしたら、いちばん仲が良いんだから、誤魔化せるわけ、ないか。
「他人の事情に首突っ込んだらいけないの、分かってるんだけど、つい」
「……何かあったの?」
「や、ちょっと、谷川と一瞬言い合いになっちゃって」
「谷川くんと?」
「何も知らないのに、立ち入ったこと言っちゃったかなって……ちょっと反省してて」
「それを、わたしに聴いてほしかった?」
「そう、だね」
 綾は綾でもやもやしているのだろう。聴いてあげるくらいなら、できるか。
「どうぞ」
 優しい声で促したが、彼女は躊躇うように黙り込んでいる。
「綾ちゃん、逆に気になって眠れなくなる」
「あ、う、うん」
 部屋の窓を開けているのか、電話の向こうで風鈴の音が鳴る。
「ひよりが、夏休み前に、谷川は陸上部で、全国大会にも出たことがあるって話してくれたから、純粋に気になって、”部活はいいの?”って訊いちゃったんだよね」
「うん」
「そしたら、いつものヘラヘラした感じから、ガラッと様子が変わって。その、事情を教えてくれたんだけど。”辞める必要あったの?”って訊いたら、結構むちゃくちゃなこと言い出したから、なんだこいつって思っちゃって」
「むちゃくちゃなことって?」
「んー、”大会に出られないなら意味がなかった”とか、”趣味でやってるだけの同じ部のメンバーをサポートしても意味ない”とか」
「……そう」
 彼がたった1人で夕暮れの校庭を走っていた姿を思い起こす。
 彼と一緒に居残り練習をしている人なんて、いなかった。その言葉が出ても、無理もないんじゃないかと思ってしまう。
 だけど、本当にそうなのだろうか。
「わたしが、谷川くんを好きだったら、やめたほうがいいよって言うつもりだった?」
「……そう、だね」
「谷川くんと綾ちゃんは、似てると思う」
「え?」
 ひよりの言葉を理解できず、綾がきょとんとした声を出した。
「他人に本音を話さないと思う」
 また、向こう側で風鈴の音。ガラスを弾くような澄んだ音が鳴っている。
「谷川くんには谷川くんで、そう言わないと割り切れない事情があるのかもしれないよ?」
「触れられたくないとこに踏み込んだんだから警戒されて当然とは思うけど」
「綾ちゃんとしては、言い方があるだろって思ったんだよね、きっと」
「そう、だね」
「わたしは谷川くんのこと、そんなに詳しくないけど、谷川くんはそんな人じゃないと思うよ」
「そっか」
「言い合いになったのは、あの写真を撮った後?」
「撮る前」
「それで、あんなに無邪気な顔して写真に写ってたんなら彼は気にしてなさそうだね」
「……そうかなぁ」
 心配げな綾の声。
 通話したまま、夕方送ってくれた写真を見返すが、彼の表情には何のトゲもない。学生とはいえ、アスリートを目指している人だ。細かいことは引きずらない性格なのだろう。
 他人の気持ちに変に鈍感なところのある綾に、こうして気を遣わせるのも気が引けてしまう。話せることは話しておいたほうがいいのかもしれない。
 眼鏡を外してベッドに寝転がり、ぼんやりした視界のまま、天井を見上げ、ふー、と深く息を吐き出す。
「綾ちゃん」
「ん?」
「……わたしは、谷川くんのことが好きだけど、それだけだから」
 ひよりの言葉の意味がわからなかったのか、綾からのリアクションがなかった。
 また、向こう側で風鈴の音。
「え、と、話してくれてありがとう」
「いつから気付いてた?」
「夏休み前の、谷川とぶつかりそうになった時。あの後、ひよりの様子がおかしかったから」
 目蓋を閉じて、小さく「そっか」と返す。
「ひより、その、さっきの、どういう意味?」
「え?」
「それだけだからって」
「言葉のとおりだよ。わたしは、見てるだけでいいから」
 数秒の間。ため息を吐いたのか、吐息の音がした。
「ひよりは昔からそうだね」
「え?」
「ひよりがそうしたいなら、それでいいと思ってきたけど」
 彼女の声に耳を澄ませたまま、目を開く。
 綾が言葉に困るように、また、間が空いたので、ひよりは息を吐き出して、口を開いた。
「綾ちゃん、わたしね。透明人間でいいと思ってたの」
「え?」
「なんでもそれなりにこなして、誰かの中に強い印象で残ることもない。それでいいと思ってた。だから……」
「ひよりはそこにいるじゃない」
 怒ったように綾が珍しくひよりの言葉を遮った。
「……ひよりが告白する気がないのは分かった。進展を望まないのも分かった。ただ、楽しく、文化祭まで過ごせればそれでいいなら、そうできるように心掛ける」
「綾ちゃん」
「だけど、ひよりが、自分のことを大切にする気がない気持ちで、それを言っているのなら、アタシは”分かった”って言えない」
 それを、他人優先のあなたが言うのか。
「ねぇ、綾ちゃん」
 ぎゅっと強く目を瞑り、言うか言わないか思案しながら、それでも言わずにいられなくて続ける。
「綾ちゃんにだけは、それは言われたくない」
「……ぇ」
 絶句したように、漏れ出た声だけが聴こえた。
 それはちょっとしたニュアンスの違いだ。ひよりの意図した意味で、彼女に届かなかったことが容易に分かった。
 付け足そうとしたけれど、綾はショックだったのか、静かになり、すぐにこう言った。
「ごめん、アタシ、ちょっと頭冷やすわ」
「綾ちゃ」
 そこでプツッと通話が切られ、スマートフォンの画面には通話時間が表示された。
 どうしよう。どうしよう。間違えた。
「掛け直さなきゃ」
 数秒固まっていたが、その言葉とともに通話ボタンをタップする。
 何回掛け直しても、彼女は出なかった。

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