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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」3-9

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第3レース 第8組 誰よりも優しいあなたへ

第3レース 第9組 ESCORT FRIEND

 普段仲良くしているノリのいいタイプとは異なるスローテンポの、ひよりの間が好きだった。
 できるのに前にでしゃばることを嫌うひよりは、見ていてたまにもどかしい。
 ひよりと見上げる空はいつだって綺麗で、ひよりと並んで料理をするのはいつだって楽しい。
 部活のない日に2人で寄り道をして食べるハンバーガー。他愛のない会話。
 ひよりと一緒にいると、心が楽になる。心の風通しが良くなった気がする。
 たくさん助けてもらったから、力になりたかっただけなのに。

 藤波市の多目的運動公園。
 公園に設置されているバスケットゴール目掛けてシュートを放つ。
 集中できていないのもあって精度が良くない。
「あーーーーーー、そうですよねーーーーーー」
 夜の公園であることも忘れて、割と大きな声で嘆きながら、転がっていったボールを追いかける。
 ボールを拾い、地面で数回バウンドさせる。そして、先程のやり取りを振り返り、1人で鬱モードに入る。
「アタシにだけはってなんだーーーーーー」
 お節介かもしれないといつも気を配りながら動いていたつもりだった。でも、どこかでたぶん間違えたから、ひよりは怒ったのだろう。
 やっぱり、気が付いているなんて言わないほうがよかったのかもしれない。
「はぁ……」
 鬱モードから切り替えられずにその場にしゃがみこむ綾。
 そうしていたら、公園内のランニングコースを走っていた人影がこちらに近づいてきた。
 21時過ぎでも運動目的の利用者が多いので、たまに利用しているのだが、さすがに怖くなって身構える。
「知ってる声だと思った」
 今最も聴きたくない男の声がした。
「昼泳いで、夜はバスケしてんの。元気すぎねぇ?」
 トレーニングウェア仕様の谷川の姿が外灯の灯りに照らし出される。
 タオルで汗を拭うと、呆れたようにこちらを見てくる。
「谷川こそ、あんだけ泳いだのに、夜は走ってんじゃん」
「日課だから、走らないと落ち着かねーんだよ」
 目を細めて不機嫌そうに答え、こちらに近づいてくる。
 ひよりはああ言っていたが、やはり、昼の言い合いを彼も記憶にとどめているのか、少々表情が険しい。
 細原たちがいた手前、いつも通りにしただけか。
「昼は悪かったな」
 ぶすくれて言いづらそうにしながら彼がそんなことを言う。虚を突かれて、綾はぽかんと口を開けた。
「なんだよ、その顔」
「や、びっくりして」
「ちょっとトゲトゲしかったなって気になってたから」
 気まずそうに視線を落とした状態でそう言い、近くまで歩いてくると綾と同じようにその場にしゃがみこむ。サポーターを巻いた右足が少し窮屈そうだ。
「過ぎたことだし」
 正直それどころではないので、今、谷川のことはどうでもいいし、などと心の中の綾が呟く。視線をボールに移し、ため息を漏らす綾。
「乗り越えたつもりでも乗り越えられてねーんだよ。精神修業が足らねー」
 谷川の言葉に視線を上げると、彼は真面目な顔で地面を睨みつけている。
「……まぁ、挑戦できずに高校最後の大会が終わったんだから、仕方ないんじゃないの」
 自分は少なくとも挑んで負けた側の人間だから。
 挑もうと思っても挑めなかった人のほうが、辛いに決まっている。
 それは、少し時間を置いて想像してみれば、簡単にたどり着く答えだった。
「オレの事情に瀬能は関係ないからさ」
 なかなかストレートにぶった切ってくる男だ。
「関係ない人を不愉快にさせるのは、ダメだろ。だから、ごめん」
「や、その、アタシが立ち入ったことを訊いたのがそもそも悪いでしょ。ごめんね」
 あまりに素直に謝ってくるので、毒気を抜かれてこちらも頭を下げる。
 なんだか、イメージと違う。もっと軽薄で失礼な男だと思っていた。
「ボール借りていい?」
 視線を合わせることなく、淡々と言われ、綾はそっとボールを転がしてやる。
「どうぞ。今日の瀬能さんはシュート成功率0%だから」
「え、なんかあったの?」
 さすがにそこで彼も顔を上げた。綾が何も答えないので、ボールを拾い上げ、ゆっくり立ち上がり、てきとーなフォームで、ひょいとシュートを放る谷川。
 ガゴォンとリングに当たってボールが転がっていく音が聴こえる。この距離でジャンプ要らないのか。羨ましい。
 谷川がボールを拾いに走っていく。その風で前髪が目に入った。そっと前髪を直し、ゆっくり立ち上がる。
 ドリブルしながら戻ってきて下手投げで綾へパスをしてくる。夜間で暗いのに、随分鋭いパスだった。手首の柔らかさで衝撃を吸収し、胸の前できゅっと受け止める。
「やー、専門外はダメですな」
「谷川、なんでもできるわけじゃないのね」
「肩は強いからスポーツテストはオールAなんだけどね。バスケは苦手」
「そうなんだ」
「で、なんかあったの?」
 首をかしげてこちらを見下ろしてくる谷川。訊かれて答えると思っているのだろうか。
「瀬能の事情にオレは関係ないから、話したくないなら聴かないけどさ」
 表情で察したのかそう言うと、その場で屈伸をしてランニング再開の準備を始めた。
「ひよりと喧嘩しただけ」
「え? なんで?」
「それは言えません」
 ひよりにならともかく、谷川にペラペラ話すほど、分を弁えない女ではない。
「仲が良いほど仲直りの仕方がわからなくなるから、早めに話したほうがいいと思うよ」
 真面目な声。気が付くと、屈伸はやめて心配そうにこちらを見ていた。
「出すぎた真似したかなと頭を冷やしに」
「その結果、夜の公園で叫びながらバスケする怪しい奴になってたわけ」
 くくっとおかしそうに笑う谷川。
「腹立つ言い方」
「わりぃわりぃ。……まぁ、瀬能、過保護そうだもんな」
「は?」
「水谷さんは水谷さんで、言いたいこと言わなさそうだし」
 そう言われて先程のやり取りを思い出す。
『綾ちゃんにだけは、それは言われたくない』
 あれは、いつも言ってくれなかったことを、言ってくれただけのことなんじゃないだろうか。
「友達って、対等なもんでしょ」
 白い歯を見せて軽薄に笑うツンツン頭。
『力になれることがあったらなんでも頼ってね』
 自分が彼女の力になりたいと考えていた分だけ、彼女だって同じことを思っていたんじゃないのか。
 綾に抱えているものがあることを、ひよりがなんとなく察しているのだとしたら。
「ああ、そっか」
「ん?」
「ごめん、アタシ帰るわ」
「そう。遅い時間だし、途中まで一緒に行くか?」
「大丈夫。走って帰るから」
「わかった。気を付けてな」
「うん。……谷川」
 ランニング再開のために肩回しを始めようとした谷川を呼ぶと、彼は不思議そうにこちらを見た。
「さんきゅ」
 笑顔でそう言うと、谷川の視線が少し泳いだ後、いつものように白い歯を見せて笑い返してきた。

:::::::::::::::::::

 帰宅して放置していたスマートフォンを見ると、ひよりから恐ろしい数の着信が来ていた。
「こっわ」
 さすがにその数に引いてしまう自分。でも、そのくらい心配してくれたのだろう。申し訳ないことをした。
 綾はボディシートで汗を拭ってから床に腰を下ろす。
「出てくれるかな」
 通話ボタンをタップし、スマートフォンを耳に当てる。着信音1回目で即ひよりが出た。
「綾ちゃん……!」
 今にも泣きそうなひよりの声。いや、これは、間違いなく泣いていたろうか。
「出てくれないから焦ったよー。ばかー」
 わー、この子、こんなところもあったんだ。思わず、そんな言葉が過ぎった。
 3年も仲良くしていたのに、まだまだ知らない一面があるのかもしれない。
「ごめんごめん。でも、頭冷やしてくるって言ったじゃん」
 頭の中を整理したくて電話を切っただけなのに、なんだろう、この温度差は。
 綾はおかしくなって笑い声をこぼした。
「なんで、笑ってるの? 笑い事じゃないんだけど!」
「や、その、ひよりに”ばか”とか言われたの、初めてじゃないかなって思ってさ」
「え?」
「いつも、ニコニコして、アタシの話すこと聴いてくれるだけで、自分のことはあんまり話してくれないからさ」
「……それは、話を聴いているのが楽しいから」
「いつもありがとう」
「こ、こちらこそ」
 綾の真っ直ぐな言葉に照れたのか、どもりながら言葉が返ってくる。
「ふふっ」
「今度はなに?」
「ひより、着信回数がとんでもないことになってたよ」
「ご、ごめん」
「束縛系だったか」
「怒るよ」
「うん、ごめん。で、アタシにだけは言われたくないって、どういう意味なのか教えてくれるかな?」
 ニコニコ笑顔のまま問いかけた。ひよりとなら話せば分かり合える。
「自分を大切にしてないのは、綾ちゃんじゃんって意味です」
 拗ねた声でそう言ってくるので、つい笑ってしまう。
「アタシ、大切にしてないかな」
「してないでしょ。いつもいつも、周りのことばっかり」
 両親が共働きで帰りも遅い。
 祖母が亡くなってから、平日はほとんどの家事を綾がしていた。その姿をひよりは見てきている。誤魔化せるはずもなかった。
「大切にしてないことはないよ」
「嘘つき」
「その分、ひよりや麻樹が大切にしてくれてるじゃん」
 優しい声でそう言うと、ひよりが無言になった。
「あー、もう」
 ぼそっとそんな声。
「綾ちゃんはこれだから……」
「照れた?」
「呆れてるんです!」
「WHY?」
「お願いだから、苦しかったら話してね」
「んー、はい、わかりました」
「ほんとに分かってるのかなぁ」
 話しても何にもならないことを、話しても仕方ない。そんな言葉が過ぎる。
「ひよりも、もう少しアタシを頼ってよ」
「頼りにしてるよ。むしろ、勝手にエスコートされてて、いつも怖い」
「なにそれ」
「文化祭準備に谷川くん連れてきちゃうし」
「あれは、たまたま声掛けられたから」
「あのね、綾ちゃん」
「ぅん?」
「わたしはノミの心臓なので」
「ぅん」
「綾ちゃんたちみたいなキラキラした人たちと一緒にいるのだけで精一杯なの」
「???」
 ひよりの言っていることがよくわからない。
「……わからないよね。無自覚だもんね」
「えっと、谷川と無理やり出掛ける用向きとか、そういうのを組まないほうがいいってことかな?」
「みんなでならいいけど、2人は無理だから。強制イベントとか発生させないでほしいです」
 早口で予防線を張ってくる親友。
「ひよりって」
「なに?」
「そんなに早口で話せたんだね?」
「綾ちゃん、わたしの話聞いてる?!」
 綾の返しにさすがに怒り始めるひより。こんなに情緒不安定なひよりは初めてで、ちょっと楽しんでいる自分がいる。
「聴いてるよ。わかった。何より、カノジョいる男にドカンと行ったれとも、アタシは言えないなって考えてたし」
「あ、知ってたんだ」
「夏休み前に巴から。あと、細原からも圧掛けられた」
 あれは怖かった。
「……結構有名なカップルなんだよ。知らない綾ちゃんがむしろ珍しい」
「世俗に興味がないからね」
「そうだね。……わたしが周りからどう見られてたかも、きっと知らなかったでしょ……」
「え?」
「なんでもない」
 ひよりの声が小さすぎて聴き取れなかったが、それ以上は彼女は話してくれそうになかったので引き下がる。
「だったら、文化祭仲間で思い出いっぱい作ろうよ」
「……いいのかな」
「恋はよくわからないけど、好きでいるのは自由だと思うよ」
「綾ちゃんは器が大きすぎるから」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「少なくとも、ひよりは透明人間じゃないからさ」
 先程の通話でひよりの言っていた言葉を借りる。
「そこにいるんだよ。アタシにとっても、谷川にとっても。それだけは、揺らがない事実だから」
「うん、ありがと」
「だから、誰がどうだからとか、そういう話で、自分の気持ちをなかったことにはしちゃいけないよ」
「うん」
「アタシが見てるから。さっきはそう言いたかったんだよ」
「……わかりました……」
「どうしたの?」
「顔が熱いの! ユキちゃんも言ってたけど、綾ちゃん、ほんとそういうところが!」
「そういうところ……?」
 本当によくわからないので首をかしげると、向こう側でひよりが呆れたように笑った。

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