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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-15

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第1レース 第14組 知らない景色

第1レース 第15組 夕色探索

『ふっふん、今回もおれの勝ちだな』
 子どものように白い歯を見せて笑いながら、身体測定の結果と俊平を見比べる。
 中学3年の春のこと。これは毎年のやり取りだ。
 運動神経では俊平に勝てないが、身長の高さだけは、これで6連勝となる。
 部活のない放課後、3人での帰り道、コンビニで買い食いをしながらだべる。たったそれだけのことだけど、和斗にとっては、そんな大したことのない日常がとても大切な時間だった。
 俊平が悔しそうに目を細め、むーと唸っている。俊平に唯一コンプレックスがあるとすれば、背が思ったほど伸びないことだろうか。
 アスリートにとって、身体的な面での成長はやっぱり気になるらしい。
『……男子って、なんですぐ、背のことで張り合うの? くだらないと思うなぁ』
 2人のやり取りを横で見ていた邑香がぼんやりとした声でそんなことを言った。
 そりゃ、君は”他人は他人。自分は自分”な人だからね。そんな言葉が内心過ぎる。
 邑香は、昨年の騒動で短くなってしまった髪の毛をいじり、少し考えてから慰めるように俊平の肩を叩いた。
『俊平くんだって伸び盛りなんだからすぐ伸びるでしょ。気にしたってしょうがないよ』
『椎名、くだらなくなんてないんだ。身長だけはさぁ』
 俊平が真面目な顔で語り始めるが、興味もなさそうに邑香はフランクフルトをぱくつき、ぼんやりと空を見上げる。
『聴いてねーし』
『しーなちゃんだもんよ、仕方ない仕方ない』
 和斗と俊平だけだった空間に、当然のように椎名邑香が加わったこと。それが去年の春から変わったこと。
 昨年の秋のことだったろうか。俊平が女子のことを話題に出すようになった時は、天変地異でも起きるんじゃないかと思った。
 けれど、聞いているとどうにも色恋沙汰ではなかった。放っておけない、というのはあったものの、和斗からすると、まだ彼らの関係は、ただの友達だった。
『あ、そういえば、和斗くんって一部の女子に”カズ様”って呼ばれてる?』
 急にそんな話題を振られて、食べていた唐揚げを盛大に吹き出しそうになる和斗。
 俊平がおかしそうに大きな笑い声を上げる。
『なにそれ、初耳なんだけど……!! ハハハハ』
『は? なにそれ? はぁ?』
 和斗もあまりのことに、顔を真っ赤にして邑香を見た。様付けで呼ばれてるなんて知らない。
『……あー、これって、もしかして、言っちゃダメだった?』
『知らないし。なんだよ、それ!』
『えー、椎名、もっと詳しく知りたいなぁ』
 悪乗りして俊平が邑香に次を促す。こいつは、いつもこうなんだ。和斗はわなわなと口角を震わせる。
『た、ただ、あたしが聞いたのは、和斗くんが俊平くんといる時だけ、すごい年相応になるから可愛いって……女子たちが騒いでいるのに遭遇しただけなんだけど……。その子たちが”カズ様”って呼んでたから気になって』
 邑香の言葉で、ゲラゲラ馬鹿笑いしていた俊平が静かになる。
 和斗も照れくさくなって首筋を掻く。
『あたしは、2人が2人で話してるところしか見てないからわかんないなぁって思って』
『えー、そうなのー? カズ様ー?』
『う、うっさい、しゅんぺー。その呼び方、もっかいしてみろ、身長削るぞ』
 からかい口調の俊平に、和斗はキレ気味で言葉を返した。
『……あたしには、和斗くんも子どもにしか見えないんだけどなぁ』
 その様子に、ぼんやりと邑香が呆れたような声を発した。

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 俊平たちがコピーをしに談話室から出て行き、残された2人は沈黙とともに、黙々と資料漁りをしていた。
「瀬能さんはこの後どうするの?」
 本を捲りながら静かに尋ねると、綾も数秒してから顔を上げる。
「もう少し、参考資料探して、その後は閉館まで受験勉強してく、かな」
「ふぅん……。じゃ、参考資料探しまでは付き合おうかな」
「……うん。ありがとう」
「いいえ。夏休み中くらいしか、率先して手伝えなさそうだからね」
 ぎこちない表情で、それでも笑って返してくる瀬能に、いつも通りの優等生スマイルを返す。
「瀬能さんって、友達思いだよね」
「え?」
「だって、自分だって受験で大変でしょ?」
「ああ、うん。でも、高校3年の夏も、秋も、今年しかないじゃない?」
「……そうだね。至言だ」
 綾の言葉にこくりと頷き、本に視線を戻す。
 また沈黙。やっぱり、俊平がいたほうがうるさくて気楽だな。そんなことを考えてしまう。
 ふと視線を上げると、綾が付箋を探すように手だけフラフラと動かしているのが見えたので、そっと届く位置まで付箋を押し出してやる。
 本から視線を上げればいいだけのことなのに、かなりの無精な振舞いがおかしくて、和斗はくすりと笑った。
「ありがと」
「いいえ。あのさ、瀬能さん」
 和斗の呼びかけに綾が視線をこちらに寄越す。
 本当に綺麗な顔立ちをしている。1年にして”ミス藤波”を取った人なのだから当然か。比較対象としてすぐに頭に浮かぶ、邑香とは完全にジャンル違いだ。
「頼んでおいてなんだけど、ほとんど話したこともないしゅんぺーの参加をOKしてくれた理由は何?」
「え?」
「少しだけ、気になってたんだよね。水谷さんの人見知りぶりを見たら余計にね」
 和斗の言葉に、綾は前髪を軽く直し、すっと姿勢を正した。
「手段選んでられないっていうのが、1番の理由かな。人手不足だから」
 模範解答だ。それはあの日も言っていたことだから。
「ひとつだけ、伝えておくけど」
「うん?」
「あいつ、カノジョいるから」
「……そう」
 綾はその言葉に対して、視線が泳ぐ。目を細め、すっと視線を壁に向ける。
「谷川に恋人がいるかいないかって、必要な情報だった? 今の会話で」
「そうだね。ごめん」
 綾の温度低めの声に、和斗はいつも通りの優等生口調で返し、使えそうなページに付箋を挟んだ。
「ひよりたち大丈夫かな?」
「ああ、水谷さん、カッチコッチだもんね、今日」
 和斗は思い出し笑いでもするようにふふっと声を漏らす。綾が訂正するように口を挟んでくる。
「あの子、人見知りだから」
「……まぁ、大丈夫じゃない? しゅんぺーとなら」
「細原は谷川を信頼してるのね」
「……あいつ、良いやつだから」
「そう。アタシはまだ接点が少ないからわからないな」
「まぁ、陽気なバカにしか見えないよね。ぱっと見は」
 綾が探るような声色を発してくるのを、のらりくらり飄々とした笑顔で返す。
「コピー終わったから、こっちの本戻してくるけど、大丈夫か?」
 そうこうしているうちに、談話室のドアを開けて、俊平が姿を現した。
「ああ、大丈夫だよ」
 俊平の問いに、綾と目配せをしてから和斗が答える。
「りょっかい。じゃ、水谷さんは、そろそろ行きな?」
「え、でも……」
「結構時間かかっちゃったからさ。あとはやっとくんで」
「ありがとう、谷川くん」
「いえいえ」
 先程までの固さが嘘のように笑顔で俊平にお辞儀をするひより。
 何があった……? と考えたのは、もちろん和斗だけではなかったようで、綾もパチクリと瞬きをしていた。

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「いやー、まじでおごってくれるなんてなー。しゅんぺー先輩ありがとうございまーす!」
 和斗は昨日開店したばかりのアイスクリームショップを出て、ベンチに腰掛けると、わざとらしく浮かれた言葉を発した。
 俊平が呆れたような目でこちらを見てくる。
「いつも勉強見てもらってる代と今日のお詫び代だから」
「ほう」
 そう考えると、アイス1個では割に合わない気がしてきた。
「今日楽しかったか?」
 カップアイスをスプーンで掬いながら問いかける。
 俊平はキャップを被り直すと、バニラのコーンアイスをなめながら、少しだけオレンジに染まり始めた空を見上げる。
「ああ、たぶん」
「たぶんかぁ。採点が厳しいなぁ。おれは楽しかったぞ」
「お前のそういうところ、尊敬する」
「しゅんぺーは、100点満点しか良かったって言わねーからな」
「お前は違うのか?」
「良かったところがあれば、それは楽しかっただ。そのほうが楽しく過ごせる」
「ふーん……」
「じゃねーと、息苦しくなるだろ」
「なるほどな」
 わかったのかわかっていないのか、わからない温度の声。
 和斗は眉をへの字にしつつ、ため息とともに夕空を見上げる。
 スプーンに乗ったアイスを口に運ぶと、オレンジの風味が口内に広がった。
 まだまだ空気は生ぬるいので、突然舞い込んできた冷たい物質に体が喜んでいるのを感じる。
「あ、ゆーかちゃん、誘ってみたんだよ、昨日」
「え」
「見事に振られたけどな」
「……だよな。そりゃそうだ。オレとなんて嫌だろ」
 苦笑する俊平を横目に見、和斗は首を傾げる。
『シュンがちゃんと前に歩いてるなら、別にいいよ』
 昨日、邑香が言っていた言葉が脳裏を掠める。
 どう考えたって、邑香は俊平のことを嫌いになってはいない。
「そういうことなのかな」
「え?」
 他人の色恋に口は挟んではいけない。それだけは分かるから、不思議そうにこちらを見た俊平に、ただ、笑顔を返す。
「おれは、せっかくなら、ゆーかちゃんも一緒にやりたいけどな。3人だと100点満点で楽しいし」
 思い出すのは、中学時代の放課後。3人で楽しく馬鹿話をしながらの帰り道。ただの友達だった3人の時間。ボケは俊平と和斗。冷めた表情で邑香が適温のツッコミをしてくる。先輩とか後輩とかそういうめんどくさいしがらみもなく、ただ、当たり前のように過ごしていたあの時間。
 どんなに捨て置けないと一緒にいる時間を増やしたって、2人は彼女を置いて、先に進まざるを得ないのに。それでも、できるだけ、彼女を守れるようにと一緒にいた時間。
 たぶん今でも、自分は、あの日の夕暮れの色を探している。
 誰よりも、あの色に執着しているのは、自分だけなのかもなという考えを振り払いながら。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)