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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」2-1

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第1レース 第15組 夕色探索

第2レース 第1組 Sweet Sweet Cotton Candy


 ”あの”冬の日は雪が降っていた。
 歩行者用の信号は青。何の疑問も持たずに前に足を出した。
 レッスンに遅れそうで気が逸っていたのもあったと思う。
 自分にも不注意な部分はあった。もっと、気を付けて歩いていれば、あんなことにはならなかったのだろうか。
 車の急ブレーキの音だけ覚えている。
 次に目を覚ました時には、奈緒子は病院のベッドの上にいた。
 雪で視界が悪かったとはいえ、車側の前方不注意。
 母の話では、奈緒子は車に綺麗に跳ね飛ばされたらしい。
 診断は、左太腿の複雑骨折。治療に2~3カ月。そこからリハビリで半年ほど経過を見ることになったと。そんな説明を受けた。
 あの時、半分だけ、ほっとした自分がいたのはどうしてだろう。

:::::::::::::::::

 ノルマのリハビリが終わって、周りを見ても俊平の姿がなかった。
 月曜も水曜もこの時間だったから、意識的に合わせてみたのだけれど、そんなにいつも同じ時間で都合はつかないか。
 奈緒子はしょんぼりしつつも、自分には最大の味方がいることを思い出して、スマートフォンをバッグから取り出した。
「スマホさん、お願いします!」
 連絡用のアプリを開いて、お気に入りの柴犬のスタンプ―とてもアセアセしているものと、ちらりと覗き込んでいるものを連続で―を俊平宛に送る。

ふじ【俊平さん、帰っちゃいましたか?】

 夕方の日が傾き始めた時間帯。
 病院敷設の庭のベンチに腰掛けて、奈緒子はじっと画面を見つめていた。
 送ってしまった。 送ってしまった。 送ってしまった。文明機器って怖い。 何これ。
 自分があんなにやきもきして出来なかったことを、こんな簡単に実現してくれるなんて、怖すぎる。
 でも、きちんと届いているのだろうか。 届いていたとしても、見てくれるだろうか。
 もしかしたら、気が付かないで帰ってしまうことだってありうるのだ。そんなことを考えていたら、自然とそわそわと体が動く。落ち着かない。
 1人内心バタバタしていると、俊平から返信が来た。

俊平さん(^^♪【どこにいる?】

 奈緒子がつけ直したハンドルネームのせいで、とても陽気に見えるが、俊平の返信はいつも10文字以内で、多少の素っ気なさがあった。実際そうではないことを知っているので問題ないが、月曜に連絡先を交換して、少しやり取りをしてみて、本人とのギャップで、少し可笑しさを覚えた。

ふじ【病院のお庭のベンチです!
     俊平さん、まだ病院にいるなら、一緒に帰りませんか?
     駅前のアイス屋さん、行きません?】
俊平さん(^^♪【わかった。待ってて】

 返信の内容に、ニッコリニコニコ頬をほころばせる奈緒子。
「スマホさん、私、あなた大好き」
 そう言って、スマートフォンをキュッと抱き寄せる。
「ナオコちゃん!」
 その声で奈緒子は顔を上げた。
 10メートルくらい離れた場所から、俊平が大きく手を振っている。
 すぐに奈緒子は満面笑顔になった。
「俊平さん♪」
 その笑顔を見て、満足そうに俊平も白い歯を見せて二ヒヒと笑う。
 奈緒子が立ち上がろうとするのを制し、素速く駆けてくると、隣にドッカリと腰掛けた。
 少しだけ汗のにおい。何気ないことにドギマギしてしまう。自分が言うのもなんだけれど、この人は距離感ゼロなのだ。素で。
「暑いねー」
「は、はい。でも、この時間帯は、ちょうどいいくらいです。お昼寝も、出来そう」
「けど、こんなとこで寝たら焼けちゃうから気をつけてな」
「大丈夫ですよ♪」
「ほ?」
 奈緒子の返答に、不思議そうに目を丸くする俊平。
 奈緒子はグッと拳を握り締めて、元気いっぱいに言い放った。
「日焼け止め、バッチリ塗ってますから♪ 紫外線は乙女の大敵なのです☆」
「はは。ナオコちゃんはいっつも元気だなぁ」
 誉めてくれた気がして、嬉しくなって更に顔がニコニコになる。
「よく言われまぁす。元気だけが取り柄なので♪」
 ニコニコ笑っている奈緒子を見て、俊平がとても優しく目を細めた。
 見られているのが恥ずかしくて、話題を続ける。
「けど」
「ん?」
「俊平さんだって、いつも元気です!」
「え? あ、ああ。うるさいよね、オレ。年上って感じしねぇだろ? いつも言われるんだ」
「いいえ。朗らかなのは、とても良いことだと思います。……私は、尊敬してます」
「尊敬?! いや、それは不味いだろ。オレなんか、尊敬しちゃ……」
 俊平が本当に慌てたように、手を横に大きく振った。
 照れてる? 可愛い。
 奈緒子は少しイタズラ心が働いて、小首をかしげて畳みかけるように尋ねる。
「どうしてですか?」
「や、だって、オレ、バカだし、うるさいし……体力以外、自慢できるとこないぞ?」
 ――そんな風に言わないで。
 ――私は、あなたの暖かさが好きです。
「いつでも、笑顔でいることの凄さ」
「へ?」
「それを教えてくれたのは俊平さんです」
「…………?」
「行きましょうか?」
 俊平の不思議そうな表情。奈緒子はにっこり笑って、杖を握ると立ち上がった。
 気持ちに気付かないで欲しい。気付かれると恥ずかしいから。
 でも、言わなくても届いて欲しい。どんなにあなたが素敵かを簡単に伝えられるから。
 そこまで考えてふと思う。
 ……人間って、我侭だな。

::::::::::::::::

 少し遠回りをしながら、駅前までの道を一緒に歩いた。
 俊平は優しい。合わない歩幅に、奈緒子がペースを上げようとすると、すぐに察したように歩くペースを合わせてくれる。
 ニコニコ笑顔で話す奈緒子の話を、豪快に笑いながら頷いて聴いてくれる。この人の笑顔が、奈緒子はとても大好きだ。
 先週は少し元気がなかった気がしたけれど、今週話してみたら、元に戻っていた。何かあったのかなと気になっていたから、元通りになっていて安心した。
 駅前の人通りの多いエリアに入り、俊平が少し奈緒子のほうに寄ってきた。
 ドキリと心臓が跳ねる。
「夕飯時だから少し混んでるね」
「そ、そうですね」
 近くでする声にびっくりしながら頷く。
「この前できたアイスクリーム屋でいいんだよね?」
「あ、はい! 日曜にも友達と行ったんですけど、気になる味がたくさんあったので、俊平さんとも一緒に行きたいなぁって思って!」
 無邪気に答えると、その答えに俊平が照れたように首筋を掻く。奈緒子は小首をかしげる。
「……あれ?」
 俊平がどこか遠くを見るように視線を上げた。
 奈緒子はよくわからず、また首をかしげる。
「どうかしました?」
「あ、いや、聞き覚えのある曲が……」
「曲……?」
 俊平の言葉につられて耳を澄ますと、スピーカーを通したピアノの音に乗って、女性の歌声が聴こえてきた。
 透明感のある歌声。何よりも、ピアノの音が自由で、まるで風のよう。
 自分だったら、どう弾くだろう。もっと、弾むように。もっと、飛ぶように。パッと譜面が頭の中に浮かんで、軽やかに走っていく。
「あー、ストリートライブやってるっぽい?」
「珍しいですね」
「だね、この辺だと見たことないや。行ってみる?」
 音に惹かれて、奈緒子はその問いにすぐ頷いた。


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第2レース 第2組 自由な月


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