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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-14

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第1レース 第13組 調べ物は苦手です。

第1レース 第14組 知らない景色

 コピー機の前で2人並んで、コピーの操作を繰り返す。3分ほど、無言が続いていた。水谷は話題を振れば話すタイプのようだけれど、基本的に自分からは話しかけてこない。とはいえ、親しくもない相手とずっと無言というのも、間がもたないもので、堪えきれずに俊平から話しかけてみることにした。
「ごめんね、水谷さん」
「え? な、何がですか?」
「いや、無理やり都合つけて参加させてもらった感が凄まじいなぁってずっと思ってたから」
「…………。そんなことは、ないです」
 身長差が20センチ以上あるから、俊平からは俯いている水谷の表情は見えない。否定するように水谷は首を横に振ってくれるが、やっぱり表情は見えない。
「むしろ、声を掛けてくれて、助かってます。人も足りなかったから」
「ホントに?」
「はい」
 水谷は頷き、そのまま、コピー機のカバーを持ち上げて、次にコピーする箇所を開くと、スキャン台に乗せる。
「でも、水谷さんも瀬能もさ、ぶっちゃけ、オレのこと、あんまり好きじゃないでしょ?」
 俊平のその言葉に驚いたように、コピー機を操作する手を止めると、彼女がこちらを見た。
 本当に色素の薄い子だな。透けた薄茶の目と目が合って、改めてそう感じる。
「え、わた、わたしは」
 視線が合ったことで恥ずかしくなったのか、かぁっと彼女の頬が赤くなった。すぐに、せっかく合った視線も逸らされる。
「すみません、あの、人見知りで……。ただそれだけなので。嫌い、じゃないです」
「初めて話した時はもうちょっと友好的な感じがしたんだけどな」
「あの時は、綾ちゃんもいたから。すみません、不快な思いをさせてしまってたんですね」
「え、いや、別に不快とかはないんだけど、気になって。だって、ふつーに考えて、話したこともない野郎が混ざってくるの、嫌じゃない?」
 改まった声に、俊平は動揺して首筋を掻く。苦笑交じりで言葉を付け足すと、水谷も考え込むように俯いたまま止まった。
 操作の続きを代わりにやろうと、俊平はパネルに手を伸ばす。ピッピッと電子音が響き、ガシャガシャと音を立ててコピーが始まる。
 今後2人で作業することもあるだろうから、極力気まずさは薄めておきたいのだけれど、難しそうか。
「綾ちゃんは、男の子が苦手なので」
 ぽそりと水谷の声。何かの聞き間違いだろうか。
 瀬能は誰に対しても区別がないし、態度もそんなに変わらない。そういうイメージの女子だった。
「そこは、ちょっと気になったんですけど、でも、谷川くんも細原くんも、いい人そうだなって思っていたので、嫌とかはないです」
 ぼそぼそと、コピーの音に掻き消えそうな声量で話す水谷に、俊平は戸惑いながらも、本人の口から「嫌ではない」という言葉を聴けたので、少しだけほっとして、頬を緩める。
「そか」
 次の本を開いて、スキャン台に置いてあった本を取り出す水谷。俊平は不要になったほうの本を引き受ける。
「あ、今の話、秘密ですよ」
「え?」
「あの、綾ちゃんの、こと」
「ああ、うん? わかった」
 彼女の真面目な表情に、俊平はわかったようなわからないようなニュアンスで返事をして、首を掻く。そして、口元に人差し指を当てる。
「内緒話ね」
 その反応に虚を突かれたように、水谷が目をぱちくりさせる。すぐに笑い声が漏れた。
「はい、2人だけの内緒話です」
「りょーかい」
 その後ものんびりコピーをしながら、時折、ぽつりぽつりと会話。少しだけ、水谷の肩の力も抜けたように見えて、俊平は目を細める。
「水谷さんはさ」
「はい?」
「お菓子屋さんになるの? 料理を作る人になるの?」
 突然の問いにびっくりしたようにまた目を丸くする。そのリアクションは想定していなくて、俊平は慌てて言葉を継ぎ足す。
「や、あの、めちゃくちゃ頑張ってないと、あんなに美味しいクッキー、作れなくね? って思って。そういう方面に興味があるのかなって、勝手に思っただけなんだけど」
 水谷はきゅっと唇を噛み締めるようにして笑った。
「……そう、ですね。できたら、すごいなって思います」
 どこか他人事のような言い方。なんとなく、もやっとして、俊平は唇を心なしか尖らせる。
「できないと思ってやると」
「え?」
「できないと思ってやるとできないよ」
 俊平の言葉に、水谷がこちらを見上げたまま固まった。
 その表情に我に返る。つい口を突いて出てしまっただけなので、そんな顔をさせたかったわけではなかった。
 落ちてくる前髪を掻き上げ、慌てて左手を胸の前で振る。
「や、ちげー。その、悪い意味で言いたいわけじゃなくて」
「……だいじょうぶ、です」
 何に対する大丈夫なのかがわからないので、俊平はすぐに言葉を続ける。
「あの、暑苦しいと思われるかもしれないけど、行動に移さないと結果はついてこないし、できるって思わないとできないんだ」
 自分はそうやって生きてきたから、そうであると思うし。
「水谷さんのクッキー美味しかったし、カフェだって成功させるぞって気持ちでやってほしいなって。主役は水谷さんなんでしょ? 一昨日だって、ほとんど発言してなかったし、なんか、他人ごとなのかなって、たまに感じて、気持ち悪いっていうかさ」
「あー」
「? 水谷さん?」
「あ、いえ……見透かされちゃってたかって、思って」
「…………?」
 横髪を耳に掛け直し、水谷がこちらを見上げてくる。
「他意はないんですけど」
「うん」
「なんで、綾ちゃん、こんなにムキになってるんだろうなって、ちょっとだけ思ってたんです」
 水谷のひやっとした声に、俊平は少しだけ動揺した。彼女は考え込むように目を細め、顎に手を当てる。
「わたしのことなんて気にしなくていいのに。すぐ、自分のことより、他人(ひと)のことなんです。あの子」
 それだけ言うと、出力されたコピー用紙の束を持ち上げる水谷。
「なんか、心配になるんですよね」
「瀬能のこと?」
「本人には言えないけど。でも、高校最後だからって、この前言われて、ああそうだなって」
 俊平はスキャン台から本を取り出し、持ってきていた本をすべて両手で抱える。
「わたしの高校生活、何もないまま終わるのかなってぼんやり考えてたんです。3年生になってから。でも仕方ないか、何もしてこなかったしって気持ちもあって」
 コピー用紙の束を抱えたまま、水谷が窓の外を見つめる。
 『何もないまま終わるのか』。それは、在りし日に俊平が何度も何度も心の中で叫んだ言葉と一緒だった。
 何もなかったわけじゃない。そんなことを言ったら、邑香や和斗に失礼なことはわかっている。けれど、自分自身が高校時代、成し遂げようとしていた目標を、自分は達成できなかった。自分は、なりたかった『何か』に、高校ではなれなかった。
 燻っていた感情の行きどころを探して、和斗に言わせれば”らしくない俊平”で数カ月過ごした。
 かっこ悪い自分を見せたくなくて、邑香との接し方もわからなくなってしまった。
 水谷の言葉に、なんとなく、共感している自分がそこにはいた。
「ずっと、仕方ないかって思ってた」
 その背中を見下ろすように俊平は水谷を見た。
 水谷がふわりとスカートを翻して振り返る。
「綾ちゃんのおかげで、やってみたかったことができそうだから、頑張ります。じゃないと、協力してくれる谷川くんたちにも失礼ですから」
 これまでよりも、しっかりと意志のこもった眼差しだった。だから、俊平は笑顔で頷く。
「うん。絶対成功させようね」
 ゴーストカフェが成功したところで、何かになれるわけじゃない。
 そんなこともわかっているけれど、それでも、楽しいかもしれない、というただそれだけのことで動いたことが、確かに俊平の心の水面を揺らしている。
「はい」
 俊平の言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべ、その後、数秒考えてから、真面目な口調で水谷は切り出してきた。
「……谷川くんに、お願いがあるんですけど」
「え?」
「わたし、すぐ仕方ないかって思ってしまうので。思ってそうだなって感じたら、強めに言ってもらえると嬉しいです。さっきみたいに」
「あ、おう。わかった。あと、オレからもお願いがあるんですが」
「はい?」
「敬語やめて? すっごーく、距離を感じるんで」
「……あ、すみ、ごめん」
「うん」
 言い直す水谷に、俊平は白い歯を見せて、にひひと笑い返した。

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第1レース 第15組 夕色探索


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