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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」2-2

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第2レース 第1組 Sweet Sweet Cotton Candy

第2レース 第2組 自由な月

「キーボード担当が遅刻ということで、音源での歌唱になってしまい、申し訳ありません。今の曲はわたしが3年ほど前に作った曲です。曲名はありません」
 奈緒子を連れて、人をかいくぐった先、往来の邪魔にならない駅前のちょっとした空き地に拓海が立っていた。
 バンドのボーカルモードなのか、シックな服装に、髪の毛を後ろで括り、邪魔にならないように髪留めで留めている。
 傍らにはキーボードが置いてあるが、彼女が弾くわけではないようで、主もなく、ポツンという擬音が似合う佇まい。
 一緒に演奏するはずだったメンバーが来ていないというのは結構なトラブルだと思うが、拓海は涼しい顔で繋ぐように話をしている。
 拓海の姿が見える位置で、ちょうどベンチが空いたので、奈緒子を連れて腰かけた。
「俊平じゃん」
 横からそんな声。振り返ると舞先生が立っていた。
「あれ? 先生、どしたんすか?」
「ん? やー、拓海のストリートライブの準備と撤去の手伝いに駆り出されたのよ」
 やれやれとでも言いたげな口調でそう言い、はぁとわざとらしくため息をつく舞先生。すぐに奈緒子に目をやる。
「可愛い子連れてるじゃん。妹さん?」
「いや、違います。リハビリ仲間っす」
 すぐにそう返すと、奈緒子がニッコリ笑顔で舞先生に挨拶をした。
「藤奈緒子です♪」
「あら、可愛い。車道舞です。俊平の学校の先生やってます」
「……キーボードの方、どうされたんですか?」
 俊平と同じことが気になっていたようで、奈緒子がすぐに尋ねる。
「あー、日程間違えて覚えてたとかでねー。元々こういう時のために音源は持ち歩いてるからいいんだけど……ホント、賢吾さん、人巻き込んでおいててきとーっていうか」
 舞は相当いらっと来ているのか、2人には聞こえないくらいの声で、何かブツクサ言い続けている。
「俊平さん、あの人の曲、ご存知なんですか?」
「あー、さっきの曲、先々週、たまたま河川敷で歌ってるのに遭遇して」
「そうなんですね♪ 良い曲でした」
「あ、ナオコちゃんもそう思う?」
「はい。すごく、ピアノが自由で」
 俊平の返しに、奈緒子はニコニコ楽しそうに頬をほころばせて話してくれる。
「オレが聴いた時はボーカルだけだったから、伴奏ありは今回が初めて」
「そうなんですね。弾いてみたいな」
 奈緒子がぽろっと口にした言葉に、自分自身で驚いたように口を押さえる。
 ピアノが好きな奈緒子のことだから、そういう感想が出ても違和感もないので、俊平は奈緒子のその反応を不思議に思い、様子を伺う。
「藤さん、ピアノ弾ける人?」
 舞がすかさずそう問いかける。
「ナオコちゃん、聖へレスの中等部の子です」
「ありゃ、音楽大学附属……」
「そんな、大したものでは。今、足のリハビリ中で、コンクールとかは出てないですし」
 2人の言葉に気恥ずかしそうに奈緒子は目を伏せて、ブンブンと手を胸の前で振ってみせる。
 落ち着かないように、結った長い髪に触れた。
「弾いてみる?」
「え?」
「舞先生、また、そういう思いつき……」
「え、だって、失敗したとしても、面白そうじゃん。少なくとも、音源で歌うよりは。拓海、今つまんなさそうだし?」
 そういう理由……?
「月代さんって、楽しそうな時、あるんですか?」
「えー、俊平、それは言いすぎだよ。あの子だって、人間だよ?」
 俊平の言葉が可笑しかったのか、舞先生が失笑を漏らしながら、そう返してくる。
「ここをお借りしている時間も限られていますので、次の曲を」
 拓海が次の曲を紹介し始めたところで、舞が拓海に軽く手を振る。
 それが視界に入ったのか、拓海が言葉を切り、よくわからないように首を傾げる。それはそうだ。この流れは誰も想定していない。
 舞先生が奈緒子の手を取る。
 引かれるままに立ち上がるが、杖を置いたままだったので、慌てて右手で杖を持つ。
「わ、私、この足だから……」
「簡易椅子でよければ、あるから」
「舞、なに?」
 マイクをオフにして、拓海がこちらに尋ねてくる。
 構わずに舞先生が奈緒子の手を引いて、拓海の元へ歩いて行く。
「飛び入りで、可愛いゲストが参加してくれるそうです!」
 マイクなしで大きな声で舞がそう言い、簡易椅子を奥から取ってきて、キーボードの前に設置する。
「高さ調節するからおいで、藤さん」
 拓海も奈緒子も困惑しているが、状況的に逃げられなさそうなことを悟ったのか、奈緒子が杖をついてゆっくりキーボードのほうに歩いてゆく。拓海も、足元に置いておいたバッグから譜面を入れたファイルらしきものを取り出して、キーボードのほうに行き、譜面台に設置した。
 俊平の位置からは3人の会話はほとんど聞こえない。
 ただ、その慌ただしい様子に、道行く人たちが足を止め始めた。
「なんかやってる?」
 先程の曲が終わった後、すぐにいなくなってしまった人たちもいたので、ちょうどベンチも空いている。
 パフォーマンスとしては、これはこれでありなのかもしれない。
 俊平は膝で頬杖をつき、その様子を見守る。
 先程まで困惑していた奈緒子が、譜面台に置かれた譜面に目を通して、とても楽しそうに目を細めているのが見えた。
 ああ、あの表情、知ってる。俊平は心の中でつぶやく。
 入院している時に出会った奈緒子は、いつも1人だった。
 いつも、窓の外を見つめて、窓枠を鍵盤に見立てて、指を動かしている。そんな子。
 明るい性格の子だから、小児病棟ならすぐ友達もできたはずなのに、彼女はいつも1人で、目の前にないピアノを弾いていた。
 奈緒子の純粋なピアノへの気持ちを感じ取って、彼女の背中を見る度、「頑張らないと」と思った。
「突然ですが、キーボードを代わりに弾いてくれるという天使の登場です」
 拓海が切り替えた表情でそう言った。
「本当にぶっつけ本番ですので、広い心で聴いていただければと思います」
 奈緒子のほうに視線を遣り、目配せをする。奈緒子が意図を察したように指を動かし始めた。
 暖かなキーボードの音。それをバックに、拓海が曲名を告げる。
「次の曲は『ぽおらるとーん』」
拓海が歌い始めたところで、舞がちょうど戻ってきて、俊平の隣に腰掛けた。
「舞先生、むちゃくちゃ」
 すぐに小声でそう言うと、舞先生は茶目っ気たっぷりな笑顔を見せた。
「だって、弾きたそうにしてたじゃん」
「そりゃそうですけど、ふつー、ぶっつけ本番します?」
「いいの」
「何が良いんすか」
「……少なくとも、拓海の表情が変わったから」
 舞先生が歌う拓海を真っ直ぐ見つめて、静かな声で言った。俊平も拓海に視線を向ける。
 確かに、これまでとは違う空気。心ここに在らず。自分の心など見せるものかといった様子を見せていた拓海ではなかった。
 奈緒子と合わせるために、時々キーボードのほうを見、テンポがずれても、上手く誤魔化すように歌い上げる。
 奈緒子も楽しそうに指を跳ねさせている。その調子に押されるように、拓海が笑った。
 キーボードの音が幕引きの音を鳴らし、辺りが静かになる。
 その演奏を聴いていた通行人たちから拍手が起こった。
「拓海が人に合わせるなんて珍しいもん見たなぁ」
 舞先生の呟きが耳に入る。
「ありがとうございました。色々トラブルがあって、歌う曲数を減らすことになりましたが、足を留めていただき、嬉しかったです。定期的にライブもやっていますので、ご興味ありましたら、ペーパーをお持ちください。今日はキーボードとの組み合わせでしたが、回によって、編成が変わったりしているので」
「そうなんすか?」
 拓海の言葉にびっくりして舞に尋ねる。
「あの子、明確にバンドに属してはいないんだよね」
「え。でも、バンドのボーカルやってるって、初めて会った時に」
「あの子はボーカルだから。あと、説明めんどくさかったんじゃない?」
 俊平のツッコミに、舞先生がめんどくさそうにそう言った。
 たぶん、舞先生も拓海も、自分に色々隠しているので、こういうあしらいをされるのだろうな、などと考えてしまう。
 ペーパーを受け取ったり、バンド名を確認して検索したりする人波がようやく捌けたので、俊平と舞は立ち上がる。
「俊平、撤去、手伝ってもらっていい?」
「……まじかぁ」
「嫌なら」
「やりますやります。その代わり、ナオコちゃんに、アイスおごってあげてください」
「そうね。無理言っちゃったしね」
 俊平の頼みに、舞先生が快諾して、スタスタと歩いていく。
 拓海は自分で持てるものを手慣れた様子で片付けている。奈緒子が譜面を持って、拓海のところに歩いていった。
「ありがとうございました。楽しかったです。すみません、途中いくつかミスって……」
「初見練習なしで、あれなら上出来」
「この曲、すごい難しかったです」
「うん。試すにはちょうどいいかと思って」
「え……?」
 拓海の言葉の意味が分からずに首をかしげる奈緒子。舞先生がすぐにフォローに入る。
「拓海、誤解招く言い方しないの」
「だって、はじめから、そういうつもりだったんじゃないの? 舞」
「それも、誤解招くから~」
「2人とも、ナオコちゃんが困ってるから、ちゃんと話してあげてください」
 俊平が見かねて声を掛ける。大人2人が中学生を困らせるな。俊平のツッコミに、拓海が姿勢を正すように立ち上がった。
「月代といいます」
「あ、ふ、藤奈緒子です」
「あなたに、バンドのキーボードをお願いしたいなって思ったんですけど、受けてもらえますか?」
「……え?」

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)