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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-9

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第8組 ふるいに掛けられる僕たちは

第7レース 第9組 それぞれの努力の形

 高校2年のインターハイ地区大会前。
 高校最後の大会に向けて、3年の先輩たちの練習にも力が入っていた。
 普段は居残り練習をしない先輩まで、いつもよりも遅い時間まで練習をして帰ってゆく。
 いつもこんなに活気があったらよかったのに。そんな言葉が俊平の頭を過ぎった。
『俊平先パイ、もしよければ、一緒に走っていただけませんか?』
 大会前の温度に当てられたのか、電車通学でいつも早めに帰る圭輔も今日は残っていた。
『ああ、いいよ。ユウ!』
 頷いてすぐに邑香の名を呼ぶと、察したようにストップウォッチを持ってこちらにやってきた。
 数日前、告白を断り続ける罪悪感に負けて、邑香が俊平と付き合っていることを話して以降、俊平も隠すことはせずに、いつも通り接するようにしていた。それを他の陸上部員たちがどう思っていたかは知る由もない。
『今日、ピストルないから、誰かにフラッグ振ってもらわないと』
『ぶちょー、空いてる?』
『今回の大会の主役をこき使うかー』
 フォーム確認をしながらちょうどよく近くを通ったので、即座に俊平が声を掛けた。志筑部長は茶化すような声でリアクションをした後、すぐに邑香の持っているフラッグをもぎ取るようにして受け取った。
『はい、はいはい、駆け足駆け足』
 俊平と圭輔を急かすように言い、駆け足で志筑部長も進む。
 その様子をおかしそうに柔らかく笑って見送っていた邑香も、ゴール地点に向かって少し早足で歩いてゆく。
『俊平、お前はいい人材を部に連れてきたよ』
 並走していると、志筑部長が真面目な声でそう言った。
『え? ユウ?』
『そう。急に倒れるのはビックリするけど、優秀だと思うよ』
 大切な人を真っ直ぐに誉められて、なんとなくむず痒くなり、鼻の頭を手の甲でこする。
『邑香ちゃん、運動経験ないんですよね?』
『うん』
 圭輔の問いに頷くと、その横から志筑部長が感心した声を発した。
『それなのに、アドバイスが的確なんだよなぁ』
『そっすか』
『うわー、お前、もしかして分かってない?』
『え? や、そんなことはないすけど。ユウは、オレにはあんまり口出してこないから』
 圭輔と志筑部長は顔を見合わせ、はーと息をつく。
『まぁ、こんな武士みたいなやつに、物言いできねーよなー』
『は? 武士? オレが?』
 言われた俊平は理解が出来ずに目をパチクリさせる。その様子を見て、圭輔が大口を開けて笑った。
『先パイ、ストイックオブストイックだからなぁ』
『……そうか? やりたいようにやってるだけだけど』
『そういうとこ、心配ではあるんだが。岸尾、お前、ちゃんとコイツのことフォローしてやってな。俺なき後、コイツの理解者はお前だけだぞ?』
『ぶちょー、死ぬんすか?』
 俊平のあっけらかんとした返しがツボに入ったのか、圭輔がまた大口を開けて笑った。

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 地区大会が終わり、俊平は県大会に駒を進めることになったが、他の部員は敗退となり、3年の引退が決定した。
 3年の抜けた部は賑やかさは目減りしたが、先輩たちがいることで委縮していた部分もあったのか、少しだけ和やかさが増したように感じた。
 部長を任命された幅跳びの里中が真面目に挨拶をし、新生藤波陸上部の始動となった。
 気がつけば、高橋が陸上部に来る頻度は週1まで減っていた。
 頭数が合わずあぶれた俊平のストレッチを邑香が手伝ってくれる頻度も増えた。
『高橋先輩、来ないね』
『……うん』
『やる気がないなら辞めたらいいのに』
『高橋はそんな奴じゃないよ』
 邑香の言葉に、反射的に俊平はそう言葉を返してしまい、すぐに我に返った。
『ごめん、ユウに言っても仕方ない』
『んーん。あたしは、2年生のことはよくわからないから。シュンがそう言うなら、そうなんだね』
 全く気にしていないような声で邑香は言い、俊平の脇に手を添えて、開脚前屈の補助をしてくれる。
『前から思ってたけど、柔らかすぎない?』
『怪我しないためにフニャフニャにしてるから』
『筋肉はガッチガチのくせに』
『へへー、鍛えてますから』
 笑いながらやり取りをしていると、隣でストレッチをしていた小松がからかうように笑った。
『こんなとこでいちゃつくなよなー』
 鈍感な俊平にもわかる。その笑い方は嫌な笑い方だった。

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 インターハイ県大会を突破したものの、地方大会敗退で終わり、迎えた高校2年の夏。
 去年の夏はとても暑かった。体の弱い邑香は順応できずに何度も部活中に倒れた。
 その度に、邑香を抱きかかえて保健室に運ぶ。
 俊平のその姿は、多くの生徒が目撃することとなり、いつの間にか、その夏の風物詩となっていた。
『あれ? 谷川?』
 保健室に無事送り届けて校舎を出ると、昇降口から高橋が出てきた。おそらく、これから塾なのだろう。制服姿だった。
 もう、練習には来ないのだろうか。
 俊平は昨年彼と交わした会話を思い返しながら、歯痒さで眉根を寄せた。
『高橋、これから塾?』
『うん。……ほら、俺、高校進学、我儘言っちゃったからさ。大学は親の言う通りにしないといけなくなったんだ』
 5月頭には話してくれなかった本当のことを、高橋は極力笑顔で話してくれた。
 
『谷川はさ』
『え?』
『……ダメかもなって、思わない?』

 あの時の高橋の言葉が脳裏を過ぎる。
 あの時、もっと別の言葉を掛けてやれていたら、違ったんだろうか。
 ”ダメかもな”という気持ちと、”オレはできる。まだできる”という気持ちがずっとせめぎ合っている。高校に入ってから、ずっとずっとそうだ。
 だから、そのせめぎ合いの中で、ネガティブな感情に負けてしまった人の気持ちも、俊平には分かる。
『……高橋』
『ん?』
『無理はしなくてもいいんだけど、また部活来いよな』
 俊平がそんな言葉を投げかけてくるとは思いもしなかったのか、高橋が意外そうに目をパチクリさせた。

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 夏休み明け。高橋が久々に部活に参加した。
 俊平は嬉しくて頬が綻んだが、彼には俊平よりも親しくしている部員がいたので、特に声は掛けなかった。
『やっべー、サボりすぎた。全然体ついてかねー』
 肩で息をしながらその場にへたり込む高橋に、邑香が気を利かせて水の入ったコップを持ってきた。
『椎名さん、ありがとう』
『いえ。だいぶ久々なので無理しないでくださいね?』
『……うん』
 ゴクゴクと勢いよく水を飲み、プハーと息を吐き出す高橋に、さすがにおかしかったのか、邑香がくすりと笑った。
 俊平も近くまで歩いて行ってしゃがみこみ、からかうように笑う。
『無理すんなよ』
『おう』
『塾はいいのか?』
『夏期集中講座受けてたんだよ。模試の結果が良かったから、秋は部活していいって』
『そうなんだ。お前も大変なんだな』
 気遣いと労いのつもりで言った言葉だったが、高橋は複雑そうな表情でそれを受け止めたように見えた。
『全然来られてなかったから浦島太郎だよ。後輩たちにも、やる気のない先輩が急に来たって思われてないかな』
『……そんなこと』
『いいって。事実じゃん』
『高橋』
『諦めたんだから事実じゃん』
 絞り出すように言う高橋に、俊平は眉根を寄せてどうにか否定の言葉を告げようとしたけれど、上手い言葉が見つからなかった。
『高橋先輩』
『ん?』
『部活は部活でしかありません』
 横で聞いていた邑香がそう言ったので、高橋が驚いたように邑香を見上げる。
『どんなスタンスで取り組むのも、その人の自由です』
『…………』
『シュンは高橋先輩が来るのを待っていたので。それだけは分かってあげてください』
『バッ、ユウ?!』
『言ってたじゃない』
『……言ったけど! 本人に言うなよ! ハズイだろ!!』
 邑香の口を塞いで、小声で圧をかける。特に物怖じせずに、じとーっとした目で邑香はこちらを見てくるだけ。
 きょとんとしていた高橋が、2人のやり取りを見て、数秒してから笑い始めた。
『なに笑ってんだよ、高橋!』
『いやだって。笑うだろ!』

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 新人戦まで、言葉どおり、高橋は真面目に練習に参加してきた。
 約5カ月いたりいなかったりで、特に夏の期間は1回も練習に来なかった先輩部員のことを1年はよく思っていないようだった。部員たちと距離がある俊平にすら、その声が届く程度には。
 別メニューで筋トレをしながら、短距離組のタイム計測の様子を見守っていると、圭輔と高橋が一緒に走ることになったのが見えて、俊平はゴール地点まで駆け足で向かった。
 ストップウォッチを持った邑香が、それに気が付いて横目でこちらに視線を寄越す。
『そんなに気になるの?』
『そりゃーね』
『……高橋先輩、速いのになんでこれまで休んでたの?』
 彼女の素朴な疑問には、俊平は何も返さず、ただぼんやりと呟いた。
『来てなかったけど、筋トレはサボってなかったんだろうな。心肺機能は落ちてたけどさ』
『運動部って、男子でも女子でもめんどくさいんだね』
『え……?』
『あたしは、速い人が出場するのでいいと思うんだけど』
 ため息混じりでそう言い、ピストルの準備ができたと手を振ってくれる男子部員に邑香も手を振って応えた。
 呼びかけに応えるように、圭輔と高橋がそれぞれの挙動でクラウチングスタートの構えを取る。
 高橋は真っ直ぐゴールだけを見つめていた。
 ピストルが空に向けられ、パァンと紙火薬の弾ける音が校庭に響く。
 スタートの飛び出しは圭輔のほうが速かったが、高橋は動じることなくスピードに乗るまで顔を上げなかった。
 70メートル地点で圭輔を追い抜き、そのまま全力疾走でゴールラインを駆け抜けていった。高橋が小さくガッツポーズをしたのが見えた。
 邑香が2人のタイムをメモに取り、俊平に見せてくる。
『これは』
『決まりだねぇ』
 2人は合わせたわけでもないのに、波長の合った声でそう呟く。
 圭輔だけが、納得のいかない表情でクールダウンの腿上げをしていた。

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