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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-8

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第7組 色褪せたスモーキースカイ

第7レース 第8組 ふるいに掛けられる僕たちは

 高校1年3学期の終業式。
 離任者の発表があって、欠伸を噛み殺しながら突っ立っていた俊平の目はあっという間に覚めた。
『以上3名が転任となります。それでは、挨拶を』
 校長先生が何か話しているが、ほとんど耳には入ってこない。その後、逢沢先生が呼ばれて壇上で話し始めた。
 そんな話、全然聞いていなかった。
 逢沢先生は晴れやかな表情で闊達に話し終え、深々と礼をする。
 教員が先に拍手をし、それに倣うように生徒たちも拍手をする。
 俊平は現実を受け止めることができず、ただ、棒立ちで壇上から降りてゆく逢沢先生を見つめていた。

 式が終わってすぐ、俊平は逢沢先生の元に向かった。志筑部長も遅れてやってくる。
『先生、どういうことですか?』
『すまん。残りたいと要望は出したんだが……』
 逢沢先生の歯切れは良くなかった。事前に生徒の間でそういう話が広がることもなかったのは、そのためだったのだろうか。
『31日まではこれまで通りに部のことは見るし、お前たちそれぞれ、練習メニューも考えてあるから、それもあとで渡すよ』
『……その後は?』
『……別の先生が顧問になる』
『別の先生って……』
 俊平が険しい表情で見上げるので、逢沢先生も困ったように目を細めた。
 志筑部長が俊平の肩に手を回し、たしなめるようにポンポンと優しく肩を叩いてくる。
『谷川、先生困ってるだろ』
『だって』
 ごねるように口を開こうとしたが、逢沢先生がそれを遮って話し始める。
『お前の成長を見るの、楽しみだったんだけどな。すまん』
 社交辞令でもなんでもなく、その言葉は、おそらく本心からの言葉だったろうと思う。

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 よく片付いた自室でベッドに寝転がったまま、逢沢先生からもらった練習用ノートをパラパラと捲る。
 メニューの特性や回数、注意事項などが細かく記載してあった。
 部員分これを作成してから異動していったのだから、相当な作業だったろうと思う。
 家でできそうなトレーニングを見繕って、ヨガマットを敷いてあるトレーニングエリアに飛び起きた反動と共に降り立つ。
 ノートを見つめ、スマートフォンを取り出し、参考になる動画がないかを探した。
 せっかく細かく書いてくれているけれど、俊平は難しいことを考えるのが苦手だ。
 手当たり次第に試してみて、手ごたえを見て行くことしかできない。
 環境に言い訳なんてしない。
 中学の頃は、専門の先生も、一緒に走ってくれる仲間もいなかった。元に戻っただけだ。
 何も変わらない。
 藤波高校に進んだことを無駄にしたくない。
 自分の選択を無駄にしたくない。
 だから。
 この状況に、絶対に言い訳なんてしない。

:::::::::::::::::::

『陸上部、入っていいよね?』
 春休み終了直前。
 邑香の誘いで、デート(未だにこの言葉に違和感がある)をしている最中。夕飯を食べに寄ったファミレスで、小首をかしげ、笑顔で彼女が言った。
 ステーキを切るのに悪戦苦闘していた俊平は、その言葉と、彼女の打算的とも取れる可愛らしい表情に、気を取られて、ガッシャンと激しい音を立てて皿をひっくり返しかけた。
『わわ、何してんの!』
『あっぶね!』
 邑香がすぐに反応して皿を押さえ、俊平も力を入れていた手を引っ込める。
 なかなかな音だったからか、2人の席の近くの家族連れがこちらを見た。
 俊平はへらっと笑って、その視線に応え、ポリポリと頭を掻く。
『切るの得意じゃないなら、切ってあげるよ』
 カトラリーケースから新品のフォークとナイフを取り出し、俊平の前に置いてあった皿を自分のほうに寄せて彼女は笑う。
『人が真剣に肉を切ってる時に、そういう顔するのはダメだと思うんだよなぁ』
『そういう顔?』
『邑香さんはさぁ、自分が可愛いってことを、多少は自覚したほうがいいと思うんだよなぁ』
 俊平は極力彼女に言っているのではなく、独り言を言うかのようなトーンでそう言い、はぁとため息を吐いた。
 邑香がその言葉に耳を赤くする。紫外線と相性の悪い彼女の肌は白くて、血色が良くなるとすぐにわかる。
『へ、変なこと言うと、このお肉、食べちゃうよ?』
『それはダメ。今日のオレのタンパク源だから』
『……んー。なんで、急にそんなこと言うの。恥ずかしいじゃん』
 そんなの決まっている。お返しだ。
 俊平は軽く舌を見せて笑い、牛乳をゴクリと飲んで気を落ち着かせる。
 さて、話を戻そう。
『頑固なの知ってるから、止めても無駄なのは分かってんだけどさ。オレは一応、ダメって言っておくから』
 逢沢先生の代わりに顧問になった酒田先生は典型的な文科系で、運動部のことは何もわからない。
 そして、そのわからない分の溝を彼が埋める気がないことも、春休みの期間でなんとなく感じ取ってしまった。
 せっかく、邑香が待望の部活をやるのであれば、もっと熱意のある部活のほうが絶対にいい。
『陸上部じゃなくてもいいんじゃないの? ユウ、頭いいし、文科系の部活だって選び放題じゃん』
『運動部のマネージャーをやることが、子どもの頃からの夢だったんですー!』
 俊平の言葉にムッとし、唇を尖らせる邑香。
 他人からしたらそれは小さな夢だと思うのかもしれないけれど。
 中学時代、少しの間だけバスケ部のマネージャーだったと聞いたことがあったのを思い出して、俊平はうーんと唸り声を上げるしかなかった。
『せめて、女子部の何かに』
『やだー。中学の時怖い思いしたからむりー』
 ――声が白々しいんですが。
 とはいえ、上級生に絡まれているところを助けたのも事実なのだった。
 他人のことは言えないけれど、彼女は存外に誤解を招きやすい体質だ。自分の目の届く範囲にいてくれたほうが、守りやすいだろうか。中学時代に考えたことが、その時も過ぎった。
 話しながら器用にひと口大にステーキを切り分け、邑香はそっと皿をこちらに戻してくる。
『はい、召し上がれ』
『サンキュー』
『いいえ♪』
 礼を言ってすぐに口いっぱいに肉を頬張る俊平を見て、邑香がとても愛しそうな目で笑った。

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『椎名さん、色々気が利くから、部員の雑務がだいぶ減って助かるね。小松たちも誉めてたよ』
 5月の連休明けの練習。クールダウンのストレッチを久々に高橋としていると、穏やかな声で彼がそう言った。
 3月の真ん中あたりまで部活を休んでいた高橋からは、復帰してからも、昨年のような熱意は感じられなかった。
 事務的に部活を必要最低限だけこなし、来ない日もあった。
 どこかで話し合おうと思っていたけれど、なかなかその時間も取れなかった。だから、話すなら今しかないと思った。
『高橋、最近、なんか忙しいの?』
 長座前屈をしながら、それとなく尋ねる。背中を押す高橋の手に少し力が入ったことを感じ取った。
『行きたい大学決めたから、勉強にウェイト置くことにしたんだ』
 藤波高校は県内では進学校で、熱心に休まず部活をしなくても問題はない。その選択を責める理由を、俊平は持っていなかった。
『そっか。陸上部は? 続けるんだよね?』
『うん。できる範囲で』
 後ろでする声はさっき邑香を誉めてくれた声と比べて暗く感じた。
『谷川はさ』
『え?』
『……ダメかもなって、思わない?』
 高橋の声はか細かったのに、嫌に耳に響いた。
 その言葉に、ドクンドクンと俊平の頭が脈打つ。嫌な感覚。ずっと考えないようにしてきた言葉だった。
 高橋の顔を見られる態勢ではない。彼はその言葉をどんな表情で言ったのだろうか。
 ――藤波高校に進んだことを無駄にしたくない。自分の選択を無駄にしたくない。だから。この状況に、絶対に言い訳なんてしない。
 嫌な脈を振り払うように、その言葉を頭の中で繰り返す。
 目の前がくらりと揺れたが、ストレッチと一緒に息を吸い直して、気を取り直した。
『やれることやるしかないから』
 少しの間の後、俊平はそう返した。高橋の手の力が抜けたのを背中で感じる。
『……うん。お前は、そういう奴だよな』
 その言葉を、高橋がどんな表情で言ったのか、俊平にはわからない。

:::::::::::::::::::

 その日は掃除が長引いてしまったので、早足で部室に向かっていた。
 5月の陽気は筋肉質の俊平には暑すぎて、早く夏服にならないかなという言葉がすぐに過ぎる。
 昇降口で上履きから外履きに履き替え、つんのめりながら校舎を出ると、水道の水を汲むためにジャグを持って歩いてくる邑香が見えた。
 薄手の長袖Tシャツに長ズボン。見慣れた服装だが、暑そうに見えてしまう。
 もう遅れついでなので、水を汲んだ後のジャグを持ってやろうかと、その場で待っていたのだが、部の先輩が邑香を追いかけるようにして現れた。俊平はあまり意味はない気がするが、日陰に隠れるように下がった。
『マネージャー、持つよ』
『いえ、大丈夫です。練習始まるので、戻ってください』
 物静かな声で拒絶し、ジャグを持ち換えて颯爽とこちらに歩いてくる。
 しつこくするのもカッコ悪いと思ったのか、先輩もすんなり引いて駆け戻っていった。
 なんとなく、安堵の息が漏れる。
 空いた手で横髪を掛け直し、邑香がめんどくさそうに息を吐いたのが分かった。ゆっくりと視線が上がり、こちらの存在に気が付く。
 俊平は白い歯を見せて、ヒラヒラと手を振った。
『モテモテじゃん』
『やめて。そういうの』
 俊平の明るい声を不快そうに受け止めて邑香は目を細めた。
 綺麗な姿勢でこちらまで歩いてきて、ジャグの蓋を開け、水道の蛇口を捻る。
 勢いよく水道水がジャグに注がれ、水音と反響音が鳴る。
『途中まで持つよ』
『もう練習始まってるよ? 着替えも済んでないみたいだし、先に行きなよ』
 邑香は頑固なので、こういう時食い下がるだけ無駄だ。
 先輩の申し出を断った手前もある。仮に俊平が持ってあげているところを見られても、体裁は良くないだろう。
『じゃ、先に行ってる』
『うん。すぐ戻る』
『やっべー、練習もう始まってんだろ、これ!』
 邑香にヒラヒラと手を振って駆け出そうとしたところで、昇降口から慌ただしい足音と声がした。
 振り返ると、高橋と長距離走の小松がそこにいた。2人とも教室で着替えてきたのかジャージ姿。
 俊平と邑香が親しげに話していたのを間違いなく見られた。
 その時はまだ付き合っていることを話していなかったので、気まずさがその場に漂う。
『谷川も遅刻?』
 優しい高橋が場の空気を読んでそう尋ねてきた。
『そう。掃除が長引いちゃって。出たとこに椎名が来たから、”遅れたついでに持とうか?” って訊いたんだけど、いいってさ』
『なーに、いいとこ見せようとしてんだよ、谷川』
 小松がからかうように言って、俊平の脇をすり抜けていく。
 長距離走選手らしい、華奢で小柄な体格の小松は、俊平の鼻先くらいまでしか身長がない。
 俊平はそれを見下ろすように見送ってから、苦笑を漏らした。
『谷川も行こ?』
『おう』
 高橋に促されるまま、俊平も駆け足でその場を後にする。
 並走しながら、高橋が何かを考えるように空を見上げていた。
『この時期の空綺麗だよな』
 俊平がそう言うと、高橋が可笑しそうに笑う。
『谷川は、いつの時期でも、空が綺麗だって言うじゃんか』
『え、そだっけ?』
『うん。去年、一緒に走ってた時もそうだったよ。だから、俺もついそう言うようになったんだよな』
 懐かしむようにそう言い、高橋が笑った。

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