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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-7

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第6組 味気ないガトーフレーズ

第7レース 第7組 色褪せたスモーキースカイ

 秋祭りで邑香の告白を受けてから、練習を早く切り上げた日は、帰りに椎名青果店に立ち寄ることにしていた。
 ――遠くの高校に行ったら会えなくなる。あいつ、1人で大丈夫かな。
 そんな懸念をしていたくせに、進学後も陸上一筋で、結局彼女と会う機会なんてそうなかったことを反省する。
 中学の頃はなかったはずの欲目が、俊平を焦らせている。中学で全国大会に出場できたという実績が逆に、自分を追い詰めているのかもしれない。
『なんか、気遣わせてる?』
 店番を瑚花に代わってもらい、近くの公園のベンチに腰かけて話をしていたら、急に邑香がそんなことを言った。
 約半年、ほとんど顔を見せなかった俊平が、この2週間で数回顔を出しているのだから、怪訝な顔にもなるだろう。
『え? いや、顔見たいから来てるだけ』
『……そう。ならいいんだけど』
『来週から記録会続くから、また忙しくなるし。その前に充電してるだけだよ』
『充電……?』
 俊平の言葉に邑香は首を傾げる。なので、恥ずかしいのを堪えて、俊平は両手を口元に当てて、逡巡してから口を開く。
『邑香の顔見ると、元気もらえるんだよ』
 顔が熱くなるので、そのまま両手で顔を覆うようにして背を丸くする。
 彼女がどんな表情をしているのかなんて全然見えなかった。数秒の沈黙。
 ――ノーリアクションは余計恥ずかしいから、何か言ってくれ。
 内心そんな言葉がこだまする。
『なら、良かったけど』
 素っ気ない声でそれだけ。
 その言葉を言うのにも結構勇気が要ったので、俊平はさすがに顔を上げて邑香を見る。
 邑香の耳は真っ赤だった。視線を合わせることもなく、秋の暮れかかった空を見上げているだけ。
『邑香?』
『どう、リアクションすればいいか、わかんなくて。ごめん』
 そう言ってから、邑香は耳を冷やすようにそっと手を当て、深く息を吐き出した。
 告白された時、俊平もどうリアクションすればいいか戸惑ったので、わからなくもない。
 ずっと、友達の距離でじゃれ合ってきた。だから、急にそんなことを言っても、確かに調子が狂う。
『……よかった。あたしが嬉しいばっかりじゃなくて』
 2人の間に沈黙がしばらく流れたが、邑香がくすっと笑いながらそう言って、こちらを見上げてきた。

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『谷川、調子上がってきたな』
 記録会の前日、逢沢先生がストップウォッチを嬉しそうに掲げて笑ってみせた。
『先生、タイム気にすんなって言ってませんでした?』
 さすがに矛盾した彼の言動に、俊平も笑い返す。
 見せてもらうと、標準記録を余裕で突破していた。
『明日しくじらなきゃ行けますかね』
『天候、体調、会場との相性……色々あるからなんとも言えんが、ベストを尽くすしかないだろうな』
 逢沢先生は腕を組んで悩ましそうに言い、俊平の肩をポンポンと叩いた。
『志筑も調子上がってきてるようだし』
『ぶちょーは欲がないから』
『走るのが好きなだけだからな、あいつは。血筋だろう』
『え?』
『あいつの親父も、昔いい選手だったんだよ。走るの好きなだけだったから、高校卒業と同時にすっぱり辞めたみたいだが』
『そう、なんすか。あー、だから、陸上の話、すげー分かるのか、あの人』
『そのへんのこと、全然話さない人だからなぁ』
 俊平が納得して手を打ち鳴らすと、おかしそうに逢沢先生は笑う。年齢的に同世代なのかもしれない。
『しかし、ここのところ、焦りが先行しているようだったから心配してたんだが、先々週くらいから調子いいな? 何かあったか?』
『……良いとこ見せたい相手がいるだけでーす』
『ほう?』
 俊平は恥ずかしくなって鼻をこすり、視線を逸らす。
 言葉の意味を図りかねるような声を発した後、逢沢先生はようやく理解したように笑った。
『なんだー。青春だなー、谷川ー』
『他の人には言わないでくださいよ!』
 カラッとした逢沢先生のリアクションに、余計むず痒くなって、俊平は口元に人差し指を当て、言い聞かせるように言った。

:::::::::::::::::::

 秋の大会までは怒涛のように時間が過ぎた。
 自己ベストで全国の猛者たちとぶつかり合って、それで、今自分がどの位置にいるのか。それを知りたかったから。
 大会向けに、俊平だけ逢沢先生が組んでくれた別メニューに移行し、部のメンバーとは別行動をすることが多くなった。逢沢先生も俊平のために、時間を割くウェイトを増やしてくれているのを感じた。振り返ってみると、それを快く思わない部員たちもいたのではないだろうか。
 その結果、高橋と一緒に走ることもしばらくなかった。
 メニューをこなしながら、遠目で短距離組の練習を見ていると、高橋のフォームが目に付いた。
 俊平はクールダウンが終わった後に、彼に声を掛ける。
『高橋、腕の振りもっと強くしてみろよ。お前ならもっとタイム伸びるよ』
 夏の終わりに約束したとおり、気付いたことを彼に伝える。
 高橋は俊平の言葉を受けて、作り笑いを返してきた。その時はその違和感に気付きもしなかった。
 2人のやり取りを見ていた、他の1年がヒソヒソと隣の部員と話しているのが見え、首を傾げる。
『ちょっと、今迷走してて。サンキュー。参考にするよ』
 俊平がその空気を感じ取る前に、高橋が明るい声でそう言った。
『先生に相談したら?』
『うん。……でもま、ほら、今は、お前の対応で先生も忙しいだろうから』
 遠慮がちに言い、俊平の腕をポンポンと叩いて、高橋は笑う。
『もう少しで大会だし、お前はコンディション重視で動けよな』

 ――あの時、お前の苦しみに気付けていたら、何か違ったのだろうか。

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 校庭に寝転がって、秋の夕空を見上げていると、制服に着替え終わった志筑部長がやってきた。
 しゃがみこんで、俊平の顔を覗き込んでくる。
『お前、何やってんの? 体冷えるぞ?』
『……空、綺麗だなぁって思って』
『んー。まぁ、綺麗だが』
 俊平の言葉には同意するものの、回り込んで俊平の腕を引っ張り、立たせてくれた。
『イメトレしてたんすよ』
『イメトレ?』
『全員抜き去って、その先に広がる青空を』
『ああ、そういうこと』
『もう、そのくらいしかできることないなぁって思って』
『まぁな。……谷川、今は忙しいから仕方ないけど、終わったら少し部内にも目を向けてくれ』
 志筑部長は言葉を選ぶようにそう言って、持ってきてくれた俊平のタオルを肩に掛けてくれた。
『え? どういう意味……?』
『今は大会のことだけ考えてればいいよ』
『……そう』
 志筑部長の言葉の意味が理解できたのは、残念ながら、大会の後ではなく、膝の怪我をした後だった。

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 全国大会でいろんな選手たちの走りを見たことが刺激となって、俊平の調子は上り調子だった。
 自分なりの目標や課題を可視化して、そこに行き着くためにはどうすればいいかを逢沢先生と話す。
 熱意のある生徒の相手は楽しいのか、逢沢先生も、ついつい俊平の対応時間が長くなっていた。
『冬の時期は怪我もしやすい。瞬発性のあるトレーニングよりも、体づくりに割いたほうがいい』
『基礎トレかぁ』
『走るの大好きなお前からしたら嫌だろうけど、これも大事なことだよ』
『わかってます』
『上半身と体幹を徹底的に鍛えよう。蹴り足の強化にも繋がるから』
『はい』
『お前は特に、下半身が発達してるから、油断すると足の力に振り回されるんだよ』
『ふむ』
 逢沢先生のアドバイスを真っ直ぐ受け止め、自分の中でイメージをする。
 子どもの頃から考えなくても速く走れた。
 だから、強くなるための理論が必要で、それを学べるのも嬉しいのだけれど、考えれば考えるほど、体がそれに上手くついてこないことも分かっていた。
『考えなくてもできるようになるまで、ただひたすら反復練習』
 俊平の考えていることを見透かすように、逢沢先生が言った。
『せっかくだし、水トレも増やすか。部員全員で』
『オレ、泳ぐのそこまで得意じゃないっす』
『泳ぐ以外にも色々できるから。良い機会だし、そっち方面でも組んでみよう』
 楽しげに言い、メモを取る逢沢先生。俊平はそれを胡坐をかいた状態で見つめるだけ。
『……そういえば』
『ん?』
『最近、高橋、練習来てなくないですか?』
『ああ、ちゃんと連絡は来てる。サボりじゃないよ』
 優しい声で笑い、逢沢先生は軽く頷いた。
 サボり以外に何があるんだろう。
 そんな言葉が浮かんだけれど、高橋に対して失礼だし、彼に限ってそんなはずないか、と言い聞かせ、俊平はその言葉を心の中に仕舞った。

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