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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-6

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第5組 Colorful Jerry Beans

第7レース 第6組 味気ないガトーフレーズ

『何より、なんで、負けるのわかり切ってるのに、おれが君の都合に合わせなきゃなんないのさ』
 小学4年の時、和斗に言われた言葉だ。
 それまでも。それからも。ずっと、俊平は言われてきた。

『俊平くんと走ってもつまんない。だって、結果なんて分かってるもん』

:::::::::::::::::::

 高校1年春。
『谷川俊平です! 逢沢先生に指導してほしくて、藤波に来ました! 目標はインターハイ優勝です。志望種目は100メートルと200メートルです。よろしくお願いします!』
 陸上部体験入部の初日、俊平は朗らかな声を張り上げ、深々と頭を下げた。
『谷川って……全中出てた奴?』
 挨拶の後、2、3年の先輩たちが軽くざわつく。俊平の隣に立っていた少年が、挨拶しづらそうにもじもじしている。
『次の1年?』
『あ、は、はい! 高橋大知です。志望種目は……100メートルと200メートルです……。逢沢先生に色々教えていただきたくて、藤波に来ました。よ、よろしくお願いします』
 彼が言いづらそうにしていることになんて、俊平はその時気が付くこともなかった。
 挨拶が終わって、ウォームアップのランニングが始まった。高橋とは隣り合って走ることになったので、俊平は嬉しくてこっそり声を掛ける。
『このへんの中学じゃないよね? よろしくな』
『え? あ、うん。よろしく』
 体験入部初日の緊張からか、高橋はずっとぎこちない調子だったが、その時は笑顔を返してくれた。
 ギッチリ1時間30分の練習を終え、1年組はクールダウンの後、その場にぐったりと座り込んだ。
『……ハード……』
 ぼやくように長距離志望の男子が言い、他の男子たちもついその流れに乗る。
 俊平だけは疲れはあったものの、立ったままで夕空を見上げ、深呼吸を繰り返す。
 筋肉が喜んでいるのを感じる。良い負荷のトレーニングがたくさんあった。あとでメモらないと。心の中で呟く。
『先輩! せっかくなので、一緒に走ってください!』
 ワクワクを抑えられず、俊平は先輩たちの元に駆けて行って、そう声を掛けた。
『あいつ、マジかよ……。まだ、そんな元気あんの……?』
 そんなことを同学年たちが言っていることになんて気が付きもせず。
『谷川、メニューはきちんと組んでいるから、今日はここまでにしなさい』
 当時の部長と話をしていた逢沢先生がすぐに気が付いて、俊平を止める。
『え、でも、まだ明るいし』
『そういえば、中学選抜の練習でも、お前は練習の虫だったな……』
 呆れ顔で逢沢先生は言い、少し考えてから、随分髪型に特徴のある2年の先輩を見た。
『志筑』
 それが志筑部長だった。この時はまだ部長ではなかったが、当時の陸上部で短距離が速いのは彼だった。
『はい!』
『悪いが、一緒に走ってやってくれ』
『全中出場者と走るのは分が悪いですよ』
 茶化すように言いながらも、速い選手と走るのが楽しみだと言わんばかりの表情をしていた。
『シヅキ先輩、よろしくお願いします!』
 俊平はニコニコ笑顔で駆け寄り、スタート地点まで駆け足でついてゆく。
 その様子に苦笑を漏らす志筑。
『……俺はいいんだけどさぁ』
『え?』
『お前、もう少し上手く立ち回らないと、嫌われっぞ? 男子はめんどくせーからさ』
 そこでスタート地点に到着し、志筑がグルグルと首を回し、腕をプラプラさせる。
『逢沢先生も人が悪いよなぁ』
 ゆっくりとクラウチングスタートの構えを取るので、俊平も倣うように並んだ。
 ゴール地点で、逢沢先生がピストルを上に向けているのが見えた。
『俺じゃなかったら、心折れるやつだよ……』
 パーンと音が鳴り、俊平はすぐに飛び出す。少し遅れて志筑も飛び出す。
 左隣、少し後ろから彼の息遣いがした。
 80メートル地点で少しだけ息を吸い直し、スパートを掛ける。
 ゴールして、勢いを殺しながら、ぐるりと回ってゴール地点までゆっくり戻る。志筑も同じような動きで、逢沢先生のところまで駆け寄ってゆく。
 女子陸上部の部員がストップウォッチを逢沢先生に渡してから、部室に戻っていった。
 興味津々な様子で先輩たちが逢沢先生の持っているストップウォッチを覗き込む。
『うっそだろ』
『速すぎんじゃん』
 その声に、遠巻きで見ていた1年生もひそひそと何か言葉を交わしていた。
『やー、速い。特にスタート。反応速すぎてビビったぁ』
 呼吸を整えながら、志筑が特に気にしないように笑った。
『つられて、俺の記録も伸びてたりしません? 先生』
『そんな都合の良いことはないなぁ。11秒32。いい記録だよ』
『まじかー。結構頑張ってついてきましたよ?』
 あくまでも軽妙な口振りを崩さない志筑に、逢沢先生も楽しげに笑ってから、ようやくゴール地点に戻った俊平に視線を向けてきた。
『10秒97。自己ベストか?』
『いえ、全中では10秒95でした』
『なるほど。高校ではもう少し記録伸ばさないと全国は行けないぞ?』
『……はい。知ってます。頑張ります!』
 中学の時は同じ部に俊平についてこられる選手がおらず、1人だったけれど、逢沢先生が指導している先輩たちだから、張り合いのある練習ができる。その時は、そんな気がしていた。

:::::::::::::::::::

『おー、谷川。いい記録だなー』
 インターハイ出場は叶わず、いつも通り黙々と練習をこなす俊平に、逢沢先生が優しく声を掛けてきた。
『でも、10月の大会の標準記録に届いてないです』
『……お前なぁ。今の走りはフォームも綺麗だったし、ペース配分も申し分なかったよ。記録にばっかりこだわると、フォームが崩れるぞ?』
『でも……それって、直せるところないってことじゃないですか』
 インターハイ予選で一緒に走った選手たちが、中学の県大会の面子ではなくなっていたことに気が付いた。
 速い選手たちと本番で当たるのは楽しいけれど、中学2年、3年と出場していた全国大会が急激に遠のいた気がして、どうしても焦りが出る。
『谷川、お前はまだ15だし、体も成長途中だ。体が育ち切っていないんだから、高校2年、3年の選手相手に焦るのは良くないよ』
 ――その高校2年、3年の選手を相手に勝ち切らなきゃいけないんじゃないか。
 心の中過ぎった言葉はさすがに声には出さず、俊平は拳を握り締める。
 逢沢先生が目を細め、俊平の肩をポンポンと叩いてきた。
『今日はここまでにしよう』
『え、でも、まだみんな……』
『お前は今日はここまで』
『でも』
『たまには息抜きも必要だよ。早く帰って、友達とでも遊びなさい』
 有無を言わさない笑顔で俊平の背中を押す逢沢先生。
 納得はできないものの、この調子では、この場に留まっても走らせてはもらえないだろう。
『わかりました……』
 ペコリと会釈をして、俊平は踵を返した。
 その様子を見送ってから、逢沢先生が長距離メンバーの練習を見るために歩いていく。
『いいよなー、速い奴は』
『聞こえますよ』
『馬鹿。聞こえるように言ってんだよ』
 走り終わって俊平たちのやり取りを見ていたらしき、2年の先輩と高橋だった。
 俊平はなんとなく声のしたほうを見ただけだったが、睨まれたと思ったのか、2年の先輩のほうがビビったように目を逸らす。
 ――聞こえるようにわざと言ったなら、ビビるなよ。
『谷川、無理すんなよ。また明日な!』
 特に悪口を言っていたわけでもないのに、空気に耐えられなかったのか、きょときょとと2人を見比べた後、高橋がそう言ってきた。

:::::::::::::::::::

 同学年ということもあって、高橋とは一緒に走ることが多かった。
 ゴールラインを抜け、徐々にスピードを落として、呼吸を整えながら腿上げをする。そうして、タイムを計ってくれている逢沢先生のところまで戻る。
 高橋も少し遅れを取るものの、同じようにフォームの確認をしながら、戻ってきた。
『谷川、いいタイムだぞ』
『逢沢先生はいつもそう言うじゃないすかー』
 逢沢先生の笑顔に対して、そう軽口を返し、特にタイムの確認もせずに、スタート地点に戻ろうとする。
 まだ呼吸の整っていない高橋が、逢沢先生のところで呼吸を整えながら、2、3フォームのアドバイスを受けているのが聞こえた。
『高橋、可哀想~』
『もう少し、タイム近い奴と走らせてやりゃいいじゃんな。心折れるってあんなの』
 長距離組が軽いランニングをしながらそんな会話をしているのが聞こえてきた。きっと聞こえていないと思っている。
 俊平は気がつかないふりをしたまま、腕の振りを確認して、駆け足でスタート地点まで戻った。
 ストレッチ、ジャンプ、首回しとコンディションを整える。
 だいぶ遅れて、高橋が戻ってきた。
『谷川、タイム気にしないようにしたの?』
『調子狂うから今は整えようかなって思って』
『そっか。それがいいと思うよ。俺たち、まだ1年なんだしさ』
 俊平が雲に視線を向けて、肩のストレッチをしていると、高橋も同じように肩のストレッチをし始めた。
 夏の空気もありつつ、風も雲も秋になり始める時期。風が心地よい。
『走り終わった後の空、綺麗だよな。この時期はさ』
『ん』
『ここのところ、谷川、元気なかったから、ちょっと心配してたんだ』
 優しい声だった。俊平は高橋に視線を向ける。彼はただ空を見つめていた。
『高橋、下宿してんだよな』
『あーそう。ホントは1人暮らししたかったんだけど、親に猛反対されて、親戚の家に』
『すげーな』
 進路選択の時、せっかく中学2年の頃から声を掛けてくれていたスカウトを断って、近場の藤波高校を選んだ自分には、それは本当にすごいことだった。
 強いところに行けば、強い選手がいて、練習するのに困らない環境を与えてもらえる。
 それは願ってもないことだったけれど、その高校は私立だったし、藤波市からは交通の便が良くなかった。
 運動部特待で入学する場合、仮に陸上を続けられなくなった時のリスクも伴う。
 ただでさえ、陸上を続けるための維持費で家計に負担を掛けてきた俊平には、色々なことを天秤にかけた結果、その進路を選ぶことができなかった。
 手のひらにいろんな理由や前向きな結果、後ろ向きな結果を並べて。自分の可能性が芽吹かなかった時のことを考えたら、怖気づいた。
 そして、”遠くの高校に行ったら、邑香に会えなくなる”ことが最後の最後、ずっと俊平の頭を悩ませた。
『何もすごくないよ。俺からしたら谷川のほうがすごいよ』
『それまでの人間関係をすべてリセットして、親元から離れるって、中学生の選択肢としては、オレはすごいと思うよ』
 前のメンバーが走っていったので、高橋も俊平も、どちらが示し合わせるでもなく、スタートラインに足を踏み出す。
『だから、オレで気がつけることあったら、高橋に言うから、高橋もなんかあったら言ってほしいな』
 無邪気に笑って伝えた俊平の言葉を、彼がどう受け止めていたのかなんて、俊平には微塵も分からない。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)