「宜しくお願い致します。」以外のことば【短編小説#38】
A氏は今週一回も布団で寝れていない。税理士にとって、2月は繁忙期真っ只中。しかも、中堅中小企業向けのM&Aサービスを展開する企業の代表取締役もしているので、24時間フル稼働していた。
十分に睡眠時間も取れていないので、集中がすぐに切れる。深夜12時頃にメールを打っていると、ふと「宜しくお願い致します。」の文字が気になった。
「宜しくお願い致します。」って形式だよな。ここに想いはほぼ込もっていない。何を宜しくお願いしているのか分からない文面もたまにある。これに代替する言葉はないのだろうか。と考え始める。
いけない、いけない。注意力が散漫になってきている。集中集中。しかし、何故かその事が気になって仕方がない。
ええい、ちょっと気分転換も兼ねて、代替することばを考えてやろう。こんなのはどうだろうか。
「明日はもっと楽しくなるよね。ハム太郎。」
書いてみたが、違う。ポップな感じは出るが、急すぎて訳がわからない。ではこれは。
「宜しくお願いいたしますか?」
だめだ。相手が吉本新喜劇の「おじゃましますか?」のクダリを理解していないと、おちょくっているみたいになる。
そもそも、「宜しくお願い致します。」には、「上記の件、お願いします。」という依頼するという意味に加えて、「Good luck」的な、お互い頑張りましょう。という励ます意味もあるのではないだろうか。よし、これならどうだ
「パワー」
だめだ。なかやまきんに君しか使いこなせない。パワーワードすぎて、こちらが負けてしまう。
「明日もまたメール返信してくれるかな?」
いいとも!じゃあない。というか、いいともが終わってもうすぐで8年が経とうとするのか。恐ろしいな。次だ次。
「I'll be back」
いいぞ。何が良いのか段々分からなくなってきたが、執念は感じる気がする。
「倍返しだ!!!!」
おっと、これはまずいぞ。喧嘩腰に見える。しかし、出来の良い資料やデータを送る時には逆にポジティブな意味で捉えてもらえるかもしれない。
そうこうしている内に、30分程経っていることに気がついた。いけないいけない。切り替えて仕事に戻ろう。コーヒーを淹れに席を立とうとした時、深夜にも関わらず取引先のお客様からメールが返ってきた。
「ご依頼のありました資料を添付し、ご送付致します。お目通しいただければ幸いです。"じっちゃんの名かけて。" 」
"じっちゃんの名にかけて"!!!!!!!!!!!
先方も意識が朦朧とする中で仕事をしていることが分かった。
完
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