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小林キユウさん『箱庭センチメンタル』読書感想

この本は、7年半の新聞記者生活を経て写真家となった小林さんが、事件があった場所に再度訪れ、写真を撮りながら感じたことを文章に起こした本です。

今回は小説ではなく、ノンフィクションの本について、ネタバレ含みつつ感想を書いてみたいと思います。

この本では、佐賀市少年バスジャック事件や、JR新大久保駅転落死亡事故など、10件ほどの事件を取り扱っています。事件現場にあとから足を運び撮った写真が、この本には多数載せられており、一見普通の写真が特別な意味を持ちながら立ち上がってくる印象を受けました。

特に強く印象に残ったのは、JR新大久保駅で起こった転落死亡事故についての文章です。事故の概要としては、2001年1月に、東京都JR新大久保駅の山手線内回りのホームから、男性が線路に転落しました。たまたまホームで電車を待っていた二人の男性が助けようと線路に飛び降り、入線してきた電車にはねられ三人が死亡した事故となりました。自らの危険をかえりみず他人を救おうとした二人の勇気が、マスコミでも連日大きく報じられたそうです。

この事故の直後、著者に知り合いのA氏から電話があり「今この新大久保駅のニュースって、何だか美談みたいになっちゃってると思いませんか?」と言われたそうです。著者に「反美談」のスタンスで現場を歩いてみたらどうか、という提案の電話でした。著者は正直に「助けようと思う勇気はすごいし、美談でいいんじゃないですか?」と返答しますが、A氏の言った「駅長室に花がたくさん供えられていていました」という言葉を聞き、事故の現場に足を運びました。

新聞やテレビで目にするのは武骨な灰色のホームばかりだった著者が、駅を訪ねてみようと思ったのは「花」の存在が大きかったそうです。

著者は、事件・事故現場の「花」に記者時代から固執する癖があり、現場で見る花ほど美しい花はないと思っていたそうです。こういった感情は新聞記者ならではの目線に感じました。昔、私は幹線道路の近くに住んでいたことがあり、事故が多いのか道路脇に花や酒が置かれていることがあったんですよね。ただ、人工物のガードレールのそばに自然のものである花が置かれる不自然さや、交通事故で人が亡くなった事実の痛々しさを感じることはあっても、その花が美しいかどうか考えたことは一度もありませんでした。

この本にはさらに「花は冠婚葬祭などでも分かるように、人間の喜びと悲しみという相反する感情に無理なく寄り添ってくれる」と書かれており、凄惨な現場を経験した記者特有の、花への感情に触れた気がしました。

花を撮り終えた著者が改札口の方へ出ると、バイオリニストが慰霊のために演奏をしており、その周りにカメラを持った報道陣が大勢いました。数分間のレクイエムが終わると、報道陣がバイオリニストへのインタビューを始めたそうです。メディアが手を組み、美談的な雰囲気を作り上げようとしている中「飛び降りた人の保証、おたく(JR東日本)が払うの?そうだよね。お客さんだもんね」と、ホームレスの男性が質問しました。JR職員は「いや、それはまだはっきりしていませんが…」と言ったそうですが、金銭の話はまったく美談にそぐわないものでした。

ちなみに調べてみたところ、故人が自死の際に鉄道に飛び込むなどした場合、鉄道会社から遺族に対して数千万円や数億円の損害賠償が請求されると言われていますが、多額の請求が行われることは稀だそうです。損害賠償の請求が行われても減額して和解するケースも少なくないそうです。(https://jishiizoku-law.org/problem/train/より)

他のサイトも見たところ、人件費や車両修理費や、その時間に予想された利益、数百万が遺族に請求された事例はあるようです。ただ、遺族が相続放棄で払わない決定になった事例もあり、その場合はJR側がその分を補填するそうです。JRは民営ですし、私もJR東日本の鉄道に乗ったことがあるので、そういう利用者のお金で補填されていることを思うと、自分の日常が事故などの非日常に続いているような不思議な気持ちがしました。

今回は小説ではなく、ノンフィクションの感想を書いてみました。難し&楽しでした。

他の章も興味深いので、また書けたら書きたいです。

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